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7月 13 2015

使命

こちらは何か朝から雲行きが変です。

曇っていて風がビュービュー吹いています。台風の影響なんでしょうが、その台風が今週は日本に襲来しそうですね。(この感じだとどこかに上陸するんじゃないですか)

週の初めからずいぶん不穏な感じがします。(大分で震度5の地震もありましたし)

昨日の北海道は異常な暑さとなったようです。(三十五度超え続出です)

北海道は異常に暑かったり寒かったり(今年の一~二月は凄い暴風雪となったり)異常気象が続いていますが、これから台風九号の影響も出てきます。(北海道の方に向かっているんですよね)

勢力が弱まったとはいえ雨には注意が必要でしょう。北海道はどんな悪いことが起きても不思議ではないからです。(日本の進むべき道を、間違わせる可能性があるものをたくさんしているからです)

それに比べて鹿児島は一変に異常気象がなくなりました。

これまでの鹿児島なら、あの沖縄を直撃した台風9号の影響をまともに受けていたはずですが(これまでの鹿児島なら、9号の影響で、そこかしこで大雨になっていたはずです)その台風の影響も少なかったようですし(あまり雨が降りませんでしたよね、鹿児島は)これからまだ少々の雨は降るかもしれませんが、これまでのような大雨が長く降り続くということはないでしょう。

何度もいいますが、鹿児島は原発再稼働に向かい準備を進めているからです。日本が進めなければいけない道を天がじゃまするとは思えないからです。

今回台風11号が日本に向かっていますが、その影響が鹿児島に少なければ、私のいうことを信じてほしいと思います。

日本は原発を進めなければいけないとです。それを天が示しているとです。

だから、北海道などはずっと異常気象が続いているのです。原発を進めるのにじゃまな太陽光発電がたくさんあるからです。(もちろん鹿児島もそれがたくさんあるから異常気象が起きていたのです。しかし、原発を再稼働することにより、その罪が薄まったということです)

そうして沖縄も、台風9号の影響などで一日暴風雨が続いたりして荒れた天気が続いていますが、このようなことは去年もありました。

沖縄も、異常気象が起きているのですが、もちろんこのようなことになるのもたまたまではありません。理由があるのです。

沖縄の件は、もちろん原発が原因ではありませんが、沖縄はあまりに政府と不調和だからです。しかも自分たちの使命の大きさに気づいてません。

だから異常気象が続いているのです。

沖縄は名護市長に続いて、知事選でも辺野古移設に反対の人が知事に当選して、政府に文句ばかりいっています。

あれではいけないでしょう。不調和は災いを呼ぶからです。

たしかに、沖縄に米軍基地が集中しているということは事実ですが、そのお蔭で、日本だけではなくアジアの安定が保たれているということもまた事実なのです。

そうであるなら沖縄の人たちは、自分たちのところに基地があるからアジアが平和でいられるのである、自分たちがアジアの平和を守っているのである、という誇りをもって、米軍と調和する努力をし続けないといけないのであり、いろいろ米軍と不調和が起こるからと文句ばかりいうのではなく、その解決の道をお互いに探って行かないといけないのです。

沖縄の調和と安定が、アジアの調和と安定につながるからです。

そういう大きな使命が沖縄にはあるのに、その使命を自覚することなく米軍や政府に文句ばかりいっています。それではいけないのです。自分たちの大きな使命をもっと自覚すべきなのです。

だから政府にも文句ばかりいうのではなく、そのような使命を果たしているから、予算などもたくさんつけてくれているだし、そうであるなら、まずそのことに感謝し、そうして自分たちの困ったことを相談して、少しでもよくなるよう政府と協力して事を進めて行かないといけないのです。(政府が何もしてくれない、ではなく、してくれる努力をし続けることです。そのような努力がやがて実を結ぶことになるからです)

ところが、今回のような知事が当選してしまうと、とにかく沖縄のことばかりです。(沖縄の大きな使命など全然自覚していません)しかも、移設反対が沖縄県民の総意のようにいわれています。

総意ではありませんよね。移設に賛成している人たちもいるはずです。(そういう大きな使命を自覚している人たちも沖縄にはいると思うからです)それにめぼしい対案もありません。

知事がこれだけ視野が狭くては、それは沖縄も異常気象になります。政府と不調和になるよう不調和になるよう進めているからです。(ということは、アジアが不調和になるよう不調和になるよう進めているのと同じことだからです)

知事はもっと大きな視野を持って、政府と調和するよう調和するよう進めないといけないのに(それがアジアの安定につながるからです)この知事は逆のことをしているのです。

だから沖縄によいことが起きないのです。今の沖縄に感謝も調和もないからです。(それに大きな使命の自覚もないからです)

特別沖縄だけではありませんが、現在の日本にはそのような感謝と調和の心を持つ人が少なく、自分の本当の使命を悟っている人も少ないのです。

だから、日本はこのような災いばかりが起こされるのです。

今週は列島が大荒れの天気となる予報が出ています。今からでも遅くはありません。

感謝や調和する心を持たれてはどうでしょう。そうして自分たちの本当の使命を悟られたらどうでしょう。そのような心を持つ人が増えれば増えるだけ、災いも減るからです。

このような災いから奇跡に至るまで、すべて心の世界が関係しているのです。それを早く自覚すべきなのです。

(沖縄だけではありませんが、原発がある地域もその大きな使命を自覚することです。日本の命運はその原発にかかっているからです。地域だけではありません。すべての人にその使命はあるのです。早く自分の本当の使命を自覚してください。そうすれば災いばかり起きている日本に奇跡が起きだすからです)

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7月 12 2015

神の業

一昨日の話です。

今日はブログを書かない方がいいと天から教えられ、朝から家を出た私は庄内川に行きました。堀川などもそうですが、私は川の近くなどに行けば一日遊べるからです。(笑)

庄内川はまだ未知の生物(キジとカワウソなんですけどね)もいます。そのような動物を撮影したかったからです。

最初はいつも行く辺りで魚を撮っていたのですが、あまり跳ねません。(この前ほど二段、三段と跳ねる魚が少なかったです)それで庄内川の川岸を歩いて行きました。

その庄内川の川岸をずっと歩いて行くと藤前干潟に出るのですが、そこは一面海が広がってはいますが水鳥が多いのです。だから、魚はあまりいないようです。(その水鳥たちに食べられてしまってです)

その日も庄内川から藤前干潟に入るくらいの辺りで、鵜やカモが二、三十羽固まっていました。

「こんなにいたら魚も跳ねないな」と思いながら、藤前干潟に行って海に向かって呼びかけていました。

一時間ほど藤前干潟にいたのですが、案の定、魚は大して跳ねませんでした。(数匹跳ねたくらいです。その間にも、鵜があちらに行ったりこちらに行ったりと飛び回っていました)

これでは動画を撮っても仕方ないなと、帰りかけたのですが、藤前干潟を出る手前辺りで先を見ると、先ほど鵜やカモがいた辺りに真っ黒な塊が出来ていました。

「ン、何だあれ?」と思って、その塊を見ながら歩いていると、その塊は庄内川の川岸と中州に二つあって中州の方は、その塊の中のいくつかが飛んだり跳ねたりしてよく動いています。

その動きを見てすぐに何か分かりました。鵜がそこにたくさんいたのです。

「あの中州にいる黒い塊は全部鵜か。凄い数だな」と驚いたのですが、岸の方の塊がよく分かりません。(あまり動かなかったものですから)

「中州にいるのは鵜だけど、あの岸の方にあるのあれなんだ?」と思いながら、そちらに歩いて行きました。

「大きな石かなんかあそこにあったっけ?」私は本気でそう思っていたのです。その黒い塊が全部生き物であるとは思えなかったからです。(それだけ大きな塊であったのです)

しかし、近づいて行くとその塊が何か分かりました。その岸の黒い大きな塊もすべて鵜であったのです。

驚きました。もの凄い数の鵜がそこにいるのです。

「ハァァ、何でこんなにいるの」「お前らどこから来たんだよ」と声をかけていましたが、まったく不思議なことでした。

来る時は(ほんの一時間ほど前です)二、三十羽しかいなかった鵜が、帰る時には二、三百羽に増えているのです。考えられますか?

しかも、このたくさんの鵜がどこから来たのかも分かりませんし、いつ来たのかも分かりません。気がついたらそこにいたのです。

これだけたくさんの鵜が飛んできたのなら、いくら藤前干潟が広くても目に付くはずです。(しかも私は海に向かって呼びかけていたのですから)しかし(数羽の鵜が飛んでいるのは見ましたが)それだけ多くの鵜が飛んでいるところなどまったく見なかったのです。

多くの鵜が飛んでいるところなど全然見ていないのに、その藤前干潟を出るところにいつの間にか凄い数の鵜がいたのです。

まるで、鵜が急にその場所に現れたようでした。(だから最初私は、その黒い大きな塊を鵜とは思わなかったのです。鵜がそんな近くに大量にいるのなら、絶対にどこかで多くの鵜が飛んでいるところを見ているはずだからです)

本当に不思議でした。まるで神がそこに鵜をたくさん現したように感じたからです。

この前起きたカニの件でもそうですが、同じ奇跡がまた起きたのです。(その時もそうです。神がそこに多くのカニを現したように感じました。あまりに多くのカニを私は目の辺りにしたからです)

それにしても凄い数の鵜が目の前にいます。ビデオを撮っていても逃げようとしません。中には羽を広げて撮ってくれといわんばかりの鵜までいます。

信じられないことが目の前で起きているのです。(自転車に乗ってきたオジちゃんも私の近くに止まり、その鵜たちを見ていました。私が「凄い数ですね」というと、そのオジちゃんも「凄いね」といって驚いていました)

こういうことが必ず起きるのです。

何か面白い動画が撮れないかと出て行って、撮れなかった日はありません。必ず何かこのような不思議な、神が現したとしか思えないことが起きるのです。(撮れても撮れなくてもどっちでもいいやと思い出かけていくと、何も面白いものが撮れないこともありますが)

来る時には二、三十羽しかいなかった鵜が、帰る時には二、三百羽に増えていた。来る時には数十匹しかいなかったカニが、帰る時には数千、数万、とにかく数えきれないくらいに増えていた。あるいは海に向かって呼びかけると、それこそ数えきれないくらいの多くの魚が跳ねた。このようなことを人がやれるでしょうか?

このようなことは人の業なのでしょうか?それとも神の業なのでしょうか?

私は、このようなことは神が現したとしか思えないのです。

そう感じた通り、このようなことはすべて神の業なのであり、ということは、神の力がそこかしこに次々に現れているということになります。

どこかの会社の件でもそうです。神の業がそこに現れなければ、静かにするわけがないのです。

これほどの神の業が次々に現れているのです。

じゃまばかりするのではなく(今日もこの近所やっています)少しは協力されてはどうでしょう。そうすれば、そのような人たちにも神の業が現れることになるからです。

私は、その現れる神の業を逐一皆さんに報告しているのです。このような神の業を知るのであれば、それを知った人たちは、その分また心は救われ軽くなって行きます。

こういう神の業を知れば知るだけ、人間の心は軽くなって行くのです。すべての人間は神の子であるからです。だから神の業を知ると心が軽くなるのです。

私たちは、その神から常に力を与えられているからです。

その人の心が軽くなる、心が救われる仕事を私は日曜日も休まず続けているのです。(これだけしていれば、それは奇跡も次々に起きるはずです。休みなしで人を救っているからです)何度もいいますが、少しは協力されてはどうでしょう。

その方がよほど神の心に叶う(ということは人として正しい、徳が得られる)行為であるからです。

(いうだけ野暮ですかね。それでもいい続けるしかないのです。日本の人々が立ち上がらないと世界は救われないからです)

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7月 11 2015

天に従う

昨日はブログを書かなかったのですが、なぜ、書かなかったのか?

そのようにいわれたからです。今日はやめておいた方がいいとです。

そういう思いが朝からやたら上がってきます。どこかの会社の連中が来たので、そちらの様子をうかがうと案の定、朝から烈火のごとく怒っているようです。(すでにでかい音も立てていましたから)

「ほんと、天のいう通りだな」と思い、早々にブログを書くのを諦めて家を出ました。

どこかの会社の連中も完全に肩透かしをくったようで、切れようにも切れられなかったみたいです。(私が切れる前に家を出て行ってしまったからです。中途半端に出て行くまでなんか嫌がらせをやっていましたが〔笑〕)

そうして今日です。

昨日あれだけ朝から怒っていたのです。一日くらいいなかったところで、何も変わらないだろうと皆さん思われるでしょうが、これが天に従うということなのです。(素直に、その直感に従うと必ずよい方に行くということです。本当に素直さって大事ですね…決して皮肉ではありません。〔笑〕)

どこかの会社、今日は昨日と打って変わって静かなのです。

最初休みかと思いました。こちら側の窓を全部閉めきっていたからです。そうしたらやっているようです。ガンガンやっている音が遠くから聞こえてくるのです。(かなり小さいんですが。〔苦笑〕)

昨日一日でずいぶん恐ろしいことが起きたようです。(一日でこの態度の変わりようです。よほどのことが起きているのでしょう)

それでもまだやっているのです。哀れを通り越し、これほど神に対し、不遜な人々もいません。(神の子の人間とは思えませんね)

もう滅ばされるしかないでしょう。(このままではです)

悪いことはいいません。即刻反省されることです。それほどの神の業が現れているのです。自分たちの不遜な態度を反省する以外、助かる道はないからです。

しかし、自分たちがどれだけ危ない状況であっても、多分この人たちはその自分たちの危なさに気づかないでしょう。

なぜなら、きっと周りも同じような態度をとっているからです。周りにも、この人たちがどれだけ危ない状況にいるのか、それが分かる人がいないと思うからです。(周りも一緒になって「あいつが悪い」と私の悪口をいっているだけだと思うからです)

それだとこの人たちは、最後の一人まで神の業が現れないと気づかない、つまり、滅ぼされないと分からないということになります。

もう少し謙虚になり、私の言葉に耳を傾けたらどうでしょう。私の言葉は神の言葉であるからです。

そのような神の心を伝えているから(その言葉が間違っていないから)奇跡が起きているのです。

昨日もそうでした。出かけて行ったところでまた奇跡が起きたのです。

またそのことはゆっくり書きますが、私以外の人で、これほどの奇跡が起きている人は一人もいないのです。

どれだけいい学校を出ている頭のいい人でも、また、どれだけたくさんの体験をしているお年寄りでも、私のような奇跡が起きている人はいないのです。

ということは、その人たちは、その考えのどこかに間違いがあるということです。

間違いがあるから奇跡が起きないのです。それだけ心が汚れているから奇跡が起きないのです。

そんな心の汚れている、間違っている人の言葉を信じていて幸せになれるでしょうか?

よく考えてみてください。そのような人たちは口だけなのです。しかし、私は口だけではありません。今でも奇跡が起き続けているのです。これ以上の正しいという証拠はないのではないでしょうか。

現在に至るも、釈尊やキリストと同じ奇跡が起き続けているというのですから。(釈尊やキリストは、他の人よりも心がきれいで、いわれていることに間違いがなかったから神の奇跡が起き続けたのです)

何度もいいますが、私は口だけではありません。正しいという証明である奇跡が起き続けているのです。(何の奇跡も起きていない人たちが、このブログを書くのを一生懸命じゃましています。〔この周りは、あの会社だけではありません。そのような人が多いのです〕あなたたちは何の奇跡も起きていないのです。〔ということは口だけということです〕やっていて恥ずかしくありませんか?このブログを書くことで多くの人の心が救われるというのにです。自分たちの方が間違っているという現象も現れ続けているのにです。〔そのせいで災いもよく現れています。それを全部、私のせいにしているのです〕)

災いが起き続けているということは、間違ったことをし続けている証拠なのです。

私は神の言葉を伝えています。いつまで私の言葉を無視されるのですか?

(また、こんなブログになってしまいましたが、とにかく私の周りはいろいろ起きるのです。〔なにせ、神の業が現れまくっていますから〕そういう周りの人たちをほっとくわけにもいかず、どうしてもそちらが優先になってしまいますが、これも生みの苦しみで仕方がないことでしょう。みな、本当の神を知らないからです。とにかく法を知って実践すればするだけ神の業が現れてきます。これほどのよい〔心にですが〕勉強もないのではないでしょうか)

追伸…あの新国立競技場、聞けば聞くほどもの凄いですね。(最近毎日あのニュースです)

それはみなさん心配でしょう。あのままでは巨大な負の遺産を残すことは目に見えているからです。(それは私も同じですが)

だから、オリンピックなどしなければよかったのにと思いますが(私は前にオリンピックに否定的なブログを書いています)今さらそれをいっても仕方ないでしょう。

他国でも、そのような話はよく聞きます。(そのような豪華なスポーツ施設ばかりに金を使い国民のことを考えていないとです)

国の威信やら工期が間に合わないやらいう前に、国民のためになるかならないか、それを第一に考えるべきではないでしょうか。(たしか安保法案はそれが一番の目的ですもんね)

国民のことを一とする、その発想で話し合われたらどうでしょう。そうすれば天も味方してくれると思うからです。

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7月 09 2015

天の意志

なんか週間予報を見ると鹿児島は一変に天気がよくなったようですね。

一昨日までは、二、三日天気がいいだけでまた雨が続くような週間予報でしたが、昨日の週間予報を見ると、鹿児島は急に雨がなくなって晴れの天気が続くように変わっています。

天罰覿面(てんばつてきめん)ですね。(あれっ、使い方へんですか?)ねっ、だからいったでしょう。早く原発を動かせとです。(マァ、ここまで極端に天気が変わるとは思いませんでしたが。〔笑〕)

とにかくよかったです。あの鹿児島の雨の降り方は尋常でなかったですから。もう半月ほど原発を動かす準備が遅れていたら、鹿児島はやばかったですね。(あのような異常な雨の降り方が、あと半月も続いたら、そこらじゅうで冠水して土砂崩れも相次いだでしょう。土石流も発生したかもしれません。本当に危ないところでした)

鹿児島は原発を動かす方に動いています。よほど鹿児島の人たちの心が悪ければ別ですが、とりあえず鹿児島は、これまでのような異常気象にはならないと思います。

北海道は異常な冷え込みとなっているようですが、北海道の異常気象は未だ続いているようです。なぜ続いているのかはお分かりであると思います。(鹿児島同様、太陽光パネルがたくさんあるからです)

北海道も早く原発を動かした方がいいでしょう。このままではまた異常な大雨など降りかねないからです。

日本は日本の、他国は他国の目的と使命があります。

日本は原発技術を進めるということが使命の一つなのですから、積極的に原発はやって行かないといけないでしょう。

これ以上、原発を進めるのをじゃまするのはおやめください。日本が危うくなるからです。(原発を進めるための改善論は大いに結構ですが)

福島原発の事故を恐れるのではなく、その事故に学び、原発を発展させなければいけないのです。

とにかく原発を進めてください。それが日本の異常気象を減らす(減災)一つの方法であるからです。

こういうことは、法を理解していないと分からないことなのですが、これだけ不思議なことが次々に起きているというのに、法をまったく理解しようとしない人たちもいます。

本当に困ったものです。

こちらはこちらで相変わらず大変です。そういう理解力ゼロの人が多いからです。というより我の強い人が多いのでしょう。分かっていても神の力を認めたくないようです。

相変わらずどこかの会社がパニくっています。(次々に恐ろしい現象が起きているようです。今日も朝から血相変えてやっているようです)それ以外のところでも、何かいろいろ起きているところがあるようなのですが、今の状況を例え話でお話ししましょう。(安倍総理ではありませんが。〔笑〕)

あるところに一つの小学校があったのですが、その小学校の生徒たちは、同じ学校の一人の生徒をよってたかっていじめていたのです。

そうしたらです。その小学校の生徒たちが病気になったり、けがをしたり、不幸になる生徒が出始めたのです。(これこそ天罰覿面です)

すると、そのような不幸な出来事を、この小学校の生徒たちは皆そのいじめている生徒のせいにして、そのいじめをやめようとしませんでした。

そうしたら、そのいじめられている生徒と同じクラスの(ということは、一番、その生徒をいじめている人たちということです)生徒たちが次々に病気になり始めたのです。

そのような激しい現象が現れても、それでも同じクラスの生徒たちは、そのいじめている生徒に謝ろうともせず「こうなったのはお前のせい」と、罪を全部そのいじめている生徒にかぶせ、べそをかきながらも、その生徒へのいじめをやめようとしなかったのです。(小学生なのですからべそをかくのも仕方ありません。〔笑〕)

そうしたら、もっと激しい現象が現れてきて、そのクラスの生徒たちはパニック状態になっているのですが、それでもいじめをやめようとしません。

この場合、悪いのは、いじめている生徒たちなのでしょうか?それともいじめられている生徒なのでしょうか?

私は、明らかに、いじめている生徒たちが悪いと思うのですが、名古屋の人たちはいじめられている生徒が悪いと思っているようです。

他の地域の皆さんはどう思われるでしょうか?

普通であればです。「そのような悪いことが起きてきたのは、一人の生徒をよってたかっていじめていたせいで、そのようなことをしていた生徒たちに罰があっているのだから、早くいじめをしていた生徒たちは、そのいじめていた生徒に謝って、その生徒へのいじめをやめなさい、そうすれば、そのような恐ろしい出来事は起こらなくなるから」と、爺ちゃんや婆ちゃんたちが、その小学生たちに諭すはずなんですが、残念ではありますが、名古屋にそのような爺ちゃん婆ちゃんはいないようです。(なんせ、そのような爺ちゃん婆ちゃんまで一緒になっていじめをしているのです。話になりませんね。〔苦笑〕)

これだけ分かりやすい例え話をしているのです。いい加減ご理解ください。

『自分が悪いということをです』

現に、私が原発を動かした方がよいといっていた鹿児島は、その原発を動かす準備を始めたとたん、天気が回復しました。(このブログを読んでいる人は、このようなことをもう偶然とは思わないでしょう)

この法は、そのように天まで通じているのです。

悪いのはあなた方なのです。早く反省してください。

(もう興奮しているのがいてダメですね。よほど恐ろしいことが起きているようです)

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7月 08 2015

偏向報道と歴史観

昨日は鹿児島も雨が降らなかったようですね。(全国的には雨になったのにです)

今日、明日も大丈夫そうですが、もちろん、なぜ雨が降らなかったのかはお分かりであると思います。昨日から川内原発の核燃料の搬入が始まったからです。

原発の再稼働を急がれた方がいいでしょう。その方が異常気象も和らぐと思うからです。

そのような原発の話はまたにして、昨日の歴史問題の話をもう少し書きます。

昨日書いた、左翼の人を祈るというのはもちろん冗談ですが(下手に祈って、民主党や共産党の議員がバタバタ倒れて病気にでもなったら、殺人宗教といわれかねません)国会議員に言論弾圧だの、言論統制だの、言論の自由を守れだのいうのなら、少しくらい歴史観が違うことをいったくらいで、その議員を辞めさせるようなことはしないことです。(それは言論弾圧とはいわないのですか?)

日本は、近代の歴史に関することを政治家が発言すると異様な騒ぎになります。(異常にマスコミが騒ぎます)何でこれほどの大騒ぎになるのでしょうか?

それにテレビでいう歴史観は、とにかく日本は悪いことばかりしたの一点張りです。それに異を唱える政治家は議員を辞めさせられます。(マスコミによってたかって叩かれてです)

その政治家が、何か問題を起こして辞めさせられるというのなら話も分かりますが、歴史問題について「日本は悪いことばかりしたわけではない」その一言をいっただけで辞めさせられるのです。

これは異常なことなのではないでしょうか。(あまりに過敏過ぎませんか?やっていることがです)

これこそ人権弾圧、言論弾圧の最たるものなのではないでしょうか。

しかし、こと歴史認識に関しては、このような人権弾圧も言論弾圧も不思議と通ってしまうのです。(誰もそうとは思わないのです)

この日本の(特にマスコミの)歴史認識に対するおかしさは、とてもまともとは思えないのです。

その歴史認識が、正しいものであるなら別にそれもかまわないのでしょうが、例えば植民地政策一つとっても、日本と西洋の植民地政策では大違いのはずです。

それが分かっている人たちも多いのに、なぜ、そのような検証を少しもせず(あの検証好きなマスコミがです)日本は韓国を植民地支配し、韓国の人たちにひどいことばかりしたの一辺倒なのでしょう。(しかも台湾のことはわざといわずにです)

大東亜戦争を決断するに至った、アメリカが日本に突きつけた最後通牒であるハルノートでも、あれはアメリカ議会を通っていないはずです。(議会を通せば絶対に通らない内容のものであったからです。それだけ当時の日本にとって過酷な内容のものであったということです)

アメリカ議会を無視して、議会を通りそうもない過酷な内容の通牒を突きつけられたら、日本も立たざるを得ません。

しかし、そういう事情など一切無視して、あの戦争は軍部の暴走だの、政治家が止められなかっただのしかいわないのです。

なぜ、こんな単純な放送の仕方しかしないのですか?これでは、あまりに正確さを欠いた放送の仕方なのではないでしょうか。

一つ二つ例を書きましたが、少し書いただけでも、こと近代の歴史に関することはおかしなことばかりなのです。

こういう放送は正しい放送といえるのでしょうか?(明らかにおかしいと思いますが)

この前の、あの言論弾圧だの、言論統制だの、言論の自由を守れだの、烈火のごとく怒っていたマスコミの人たちは、では、そのような近代の歴史に、少しでも異を唱えた政治家をことごとく辞めさせたことや、分かっているのに意識的に間違った歴史を流し続けていることなどは、悪いことであるとは思わないのでしょうか?

「罪なき者、まず石を投げうて」とキリストにいわれたら、石を投げられる人はいるのでしょうか?

これまで何人(それではきかないですね。何十人、もっとですか)もの政治家を辞めさせて(もしかしたら、その政治家は何の罪もなかったかもしれないのにです。間違った歴史観を持っていたのは自分たちの方だったかもしれないのにです)平気でいられる。あるいは意識的に偏った歴史を放送し続けても平気でいられる、それはもう罪をつくっていることになるのです。

今年は戦後七十年にあたります。

もうこの辺りで、特に歴史観など、これまでのような一方的な(日本だけが悪いという)間違った放送の仕方ではなく、その当時の世界情勢や時代背景、日本の立場、そうして他国の立場なども考えた、正しい放送をしていくべきなのではないでしょうか。

なぜなら、これまでのような放送は、戦前や戦中と同じような偏向報道であるからです。必要以上に日本を貶める放送としか思えないからです。(いつまでも放送の世界は変わらないのですね。日本を必要以上に貶めるか、持ち上げるか、必ずどちらかに偏ります)

戦後七十年もたったのです。ソロソロそのような偏向報道は卒業していただかねばと思います。

そうしなければ、本当に自由な正しい報道などいつまでたっても出来ないからです。

今年は、日本の歴史観を変える節目の年にしなければいけないし、もう偏向報道など続けていては、それこそ自分たちにも何が起きてくるか分かりません。(そのような時代です)

それに、いつまでもそんな一方的な報道を続けられては、日本を守ってくださった英霊や先人の方々に顔向けも出来ません。

もう一度しっかり日本の歴史観、そうして、そのような報道の仕方を見直す時が来ているように思います。

戦後七十年、この年は、これまでの(間違った)歴史観を払しょくし正しい歴史と偏向報道をなくす、そのような記念の年としたいものです。

そのためにも、安倍総理が出される七十年談話は、しっかりしたものを出していただきたいと願っているのですが、その報道の仕方もまた、正しいものであっていただきたいと切に願っています。

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