3月 25 2015
3月 25 2015
八紘一宇の精神
さて、動物の不思議の動画がやっと出来てきたようです。(早く仕分けしてもらわないと、またウナッシーさんにしゃべられてしまいます。〔苦笑〕)
毎日のように不幸が起きているところもあるようです。(本当にお気の毒です)
私も毎日のように動画にあるようなことが起きています。(ずいぶん起きることに差があると思いますが)
これだけ起きることが違うということは、それだけ心が違うということであり、どちらの心になった方がいいのかは、自分たちで判断してください。
しかし、心が変われば、周りに起きてくることも変わります。まさにその見本のような現象が私の動画でしょう。
自分の心が変われば、周りにいる動物たちはみな自分たちの仲間であると分かるのです。
逆にいえば、この世には仲間しかいないのですが、人間が勝手に自分の小さな我によって、敵味方をつくりだしているだけなのです。
いま『八紘一宇』(はっこういちう)という言葉が問題になっているようですが、この言葉は元々は神武天皇がいわれた言葉であって、世界は一つの家であり、世界人類はみな家族で兄弟である、という意味にしかすぎません。
正法会でも、この八紘一宇を参考にして『神は一つ 宇宙は一つ 世界は一つ 人類はみな神の子の兄弟だ』というスローガンを掲げていました。
この八紘一宇の精神は、この地球だけにとどまるものではなく、この大宇宙から神に至るまで及ぶものなのですから、当然ではありますが、地球にいる生き物全般(動、植物)にまでいえるものであり、だから私はみな仲間であるといっているのです。(キリストがいわれた「汝の敵を愛し、責め憎む者のために祈れ」と同じ意味です)
そのような八紘一宇の精神を忘れることなく、愛ある心で、公開する動画をお楽しみください。
そのような大きな愛ある心にならないと、不幸はなくならないからです。
3月 24 2015
中道への目覚め
もう少し中国のことを書きましょう。
今度中国は、抗日戦争勝利七十周年パレードを大々的に行われるそうですが、そのパレードに安倍総理の出席も打診しているそうですね。
しかし、お国柄の違いと申しましょうか、小国が大国に勝利したというのであれば、そのようなパレードをする理由もまだ分かるんですが、大国が小国に勝利したことを、なぜそれほど大々的に祝う必要があるのでしょう。(勝って当たり前なのですから、かっこ悪いだけのような気がしますが…?)
しかも、その大国が小国に勝った戦勝パレードに、その負けた国の総理大臣を呼ぶというのですから、ちょっと神経が分かりません。
勝って当たり前だった戦争に勝って、なおまだ、負けた国の総理まで呼んで、それで一体何をされようというのでしょう。
そこでまた過去を思い出して、日本の総理をけなそうとでもいうのでしょうか?(まさか褒めるために呼びはしないでしょうから)それとも、総理に頭でも下げさせるつもりなんでしょうか?(かさにかかって、そのようなことをするのもまた、かっこ悪いだけのような気もしますが)
日本は小国でありながら、大国であった清、露に勝利した過去がありますが(どなたもご存知だとは思いますが日清、日露戦争です)特別その勝利を、大々的に祝おうなどとは思いません。
その戦争の悲惨さをよく知っているからです。
自国の多くの軍人が命を落としただけではなく、他国の軍人たちの多くも命を落としたことを悲しみ、とても戦勝の祝いなど出来ないからです。
ずいぶん、中国と日本では、その考えが違っていますが、日本とはこういう国なのです。
自国の人間だけではなく、他国の人間も同じように見て、そうしてその人たちの不幸を同じように嘆き悲しむことが出来る、心優しい人が多いのです。
それはもちろん、日本の国民だけがそうだとは思いませんが、そのような優しい心の人が多い日本を、かさにかかっていつまでも「お前の国は悪いことをしたのだから謝れ」といい続けることが、大国のやることでしょうか。
また、そういういい方をされ続ければ、心優しい人が多い日本ですので、それは謝り続けるでしょう。現に日本は戦後、五十年も六十年も謝り続けているではありませんか。
それなのに、まだ謝れとは、ではどれだけ謝れば気が済むのですか?
いっていること、やっていることが、あまりに度が過ぎていると思われないでしょうか?
中国は大国ではありますが、未だ中華思想がその根底にあるのではないでしょうか。もし、そのような心は少しもないといわれるなら、今度行われる抗日戦争勝利七十周年パレードなど行われるはずがないからです。
大国が小国に勝利するなど当たり前のことであり、それを大々的に祝うなど普通はしないでしょう。自国がどれだけ弱かったか、それを世界に宣伝するようなものだからです。(それとも、日本がそれだけ大国であったと認めていられるわけですか?それなら分かります。そんな大国に勝利することが出来たということで祝うということがです)
それに、そのパレードに負けた国の総理を呼ぶというのもそうです。それは必要以上に自国を誇示したいだけであり、このような態度を知れば知るほど、自国を中心にしか考えていない『中華思想』の発想しか私たちには見えてこないのです。
あまりに日本と中国ではやっていることが違っているのです。しかも極端にです。(中国はあまりに自国に走りすぎ、日本はあまりに他国の言葉を聞きすぎてです)
私は日本も悪いが中国も悪いと思います。
なぜなら、この両国はどちらも中道のやり方をしていないからです。どちらも、やっていることが偏っているからです。
片方は自国に走りすぎ、もう片方は他国の意見ばかり聞いているのです。
こんなの中道でも何でもありません。こんな偏ったことをしているから、いつまでたっても調和しないのです。
釈尊がいわれた『中道』はどのような場面にもいえることなのです。(この世の法則ですから)お互いに中道のやり方をして、そうして初めてそこに調和が生まれるのです。
この中道に沿ったやり方をするならば(それは即ち法則に沿ったやり方ですから)そこに調和が生まれ、そこに調和が生まれるなら、そこに奇跡も起きるのです。
日本中国ともにです。ソロソロ中道に目覚める時が来ているのではないでしょうか。
3月 23 2015
小国日本から大国中国へ
前回の追伸の話をもう少し書きましょう。
中韓両国は、反日政策を取り続けていますが(両国は否定されるのですが)そのような政策が果たして正しいのでしょうか?
どちらにしても大国中国が、小国日本を敵とせねば国内をまとめることが出来ないなど、それが事実かどうかは別にして、そのようなことをいわれること自体、中国の沽券に関わることであり、一番の是正せねばならない点なのであって、中国は日本など全く関係ない、というところを全世界に知らしめねばならないのではないでしょうか。
そうであるなら、日本との外交にいつまでも歴史問題を持ち出してごねるのも(小国であるならともかく)大国中国がされるべき外交方法とはとても思えません。あまりに智慧がないからです。
すでに世界はグローバル化が進み、中国が何かすれば、それが即、世界に伝わるのです。
この(どんな小さなことにせよ)あっという間に世界にニュースが伝わる時代に、それこそ戦前と変わらない外交手法では、世界の人々に笑われるだけでしょうし、世界で笑われるような手法をいつまでも用いていても、決してそれでは中国の益とはならないでしょう。
所詮、時代遅れの手法を用いていては、日、中、どちらにとっても得策ではないのです。
もし、日本の国民性を考え、そうしてこのような外交をされているというのであれば、残念ではありますが、その読みは見当違いです。(中国人と日本人は違うからです)
なぜなら日本人は「お前たちは、悪いことをしたのだからこちらのいうことを聞け」というよりも「もうお互いに悪かったところは忘れて、これから協力していきましょう。どうぞ日本は中国に協力してくれませんか」といわれた方が、力を発揮する民族であるからです。
つまり、日本人は意気に感じた方がより力を発揮するのです。
だから、中国が「先の大戦のことはもういいです。それよりこれからはともに協力して行きましょう」といってくれるなら、それだけで、その中国の度量を意気に感じ、それこそ損得抜きにして中国のために働く人は、日本の中にたくさんいるのです。
日本人とはそのような民族であるからです。
そういうことは損だからしないとか、悪いことをしたから仕方なくするとかいうのではなく(そのような形で日本を従わせても、日本の人たちはそれほど力を発揮しません)日本人は、相手の度量に感動した時(それがどこの国であろうとです)その国のために尽力を惜しまない国民性があるからです。(それは戦後七十年、貴国も含めた世界に対する貢献度でお分かりいただけると思います)
だから、今のような外交方法では、時代遅れでもあるし、あまりに日本の国民性を知らない愚策でしかないのであって、このまま中韓が、このような政策を続けるのであれば、日本との関係はいつまでたってもよくならないのです。
これまではよかったとはとてもいえないでしょう。安倍政権の前でも日本と中国は政冷経熱といわれ、経済の分野では緊密な関係にあっても、政治の分野では疎遠でしかなかったからです。
つまり村山談話を出そうと、小泉談話を出そうと、政治の分野では一向にうまくいかなかったのであり、今度の安倍談話を出すにあたり、村山談話を受け継ごうが何をしようが、結局今のままではうまくいかないということです。
もちろん日本が、中国との関係がこのままでもよいということはあり得ませんし、大国中国とはいえ、世界第三位の経済大国である日本との関係を、このままでもいいとは思わないと思います。
そうであるなら、これ以上、小国日本に何を望まれますか?
日本は何度も書いていますように小国です。これまで出すものは物心両面(金にせよ、いわれるまま書いた談話にせよです)からいろいろ出しております。もうそんなに出せるものもありません。(それとも今度は領土〔尖閣〕まで差し出せといわれるのですか?さすがにそこまでいわれれば日本も黙っていませんが…)
これ以上日本は出すものがないのです。そうであるなら、今度は大国中国が出していただかねばいけないでしょう。
日本は大国中国から何か物をいただこうとは思っていません。いただきたいものはただ一つ『度量』それだけなのです。
その度量を日本にいただけないでしょうか。
それを中国が快く出してくださるなら、日本と中国は(政治の面でも)うまくやれるのではないでしょうか。



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