8月 31 2014
正法の世に変わったから起きる出来事
何ですか?午前中、急にこのホームページの送受信ができなくなりましたが、こういうことがあるんですね。これはこれで驚きました。(こんなこと初めてです)
それはともかく午前中に書きかけたブログを書くことにします。(今日はもう書くのをやめようかとも思いましたが、緊急事態なので書きます)
昨日は、ずいぶんサイレンが聞こえてきましたが、一昨日あんなことがあればそれも仕方がない話でしょう。(天も怒っています。バカにした子供の一人が、救急車のサイレンなど聞いたことがないといいましたからね。アホなこといいます)
天が怒っているといえば、やはり前の会社、ずいぶん恐ろしいことが起きているようです。
毎日法の流布を一生懸命邪魔しているのです。それでは恐ろしい現象は止めようがないでしょう。
ブログにも書いたんですが、昨日、前の会社があまりにうるさかったので「いまさらジタバタしたって、もう癌は止めようがないんだ。最後くらい潔くせい」とでかい声を出したのです。(実際はもう少しゴチャゴチャいったんですが、簡単にいえばです)
そうしたらです。あれだけうるさかった前の会社の連中が、急にシーンとなって物音一つしなくなったのです。
その態度のあまりの変わりように驚きましたが、私のいったことが図星だったようです。
どうも、癌になる人が毎日のように出るので(嘘みたいな話ですが)それで一昨日は少し静かにしていたようなのです。(だから私は一昨日のブログで、今日はやけに静かだ、と書いたんですが)ところがそれでも癌になる人が出たのでしょう。
それで昨日は、あの会社の皆が切れて、またガンガンやりだしたんじゃないかと推測できます。(ヒステリックになっているのもいたようですし)
どこまで当たっているのかは分かりませんが(この連中私に何もいってきませんので)当たらずといえども遠からずだと思います。態度を見れば分かりますし(特に最近は前の会社の雰囲気が毎日のように変わりますから)天からも、そのようなことになるということを知らされていたからです。
私に詫びをいれないと、その恐ろしい現象は収まりません。少々おとなしくしていたぐらいではもうどうにもならないでしょう。
私は再三、法の流布を邪魔してはいけない、といい続けてきましたし、そんなことをしていれば恐ろしいことが起きてくる、そういうことはやってはいけない、と何度もいっているにもかかわらず、この会社の連中は私のいうことを一切無視し、このブログを書く邪魔をし嫌がらせを続けているのです。
これではどうしようもありません。
それに私は、園頭先生に悪口をいった人たちに何が起きたのかも何度も書いています。
恐ろしい現象が起きた例も書いて、そういうことをやってはいけないと再三にわたり、書いているにもかかわらず(もちろん口でもいっています)それでもやるのです。これでは救いようがないのではないでしょうか。
それだけでなく「私に詫びを入れれば助かる」という自分たちが救われる道も何度も書いています。(これだけ現象が現れだすと、さすがに天が許してくれるか微妙ですが、それでも詫びた方がいいでしょう。今のままなら多分全員に恐ろしい現象が現れるからです)
それを知っていながら、それでも詫びようともせず、同じことをヒステリックに繰り返しているのです。
一体このヒステリックに、でかい音を出し続けている皆さんは、この先どうされるおつもりなのでしょうか?(このまま全員癌になるつもりですか?)
釈尊が説法をしている横で、毎回大騒ぎをして釈尊の説法を邪魔している人たちがいたならば、釈尊はその人たちをどうされるんでしょうか。
「そういうことはやめなさい」と口で注意をし、それでもきかないというのであれば、当然その者たちを祈られ、あとは天にその者たちの処遇を任されるでしょう。
だから私も同じことをしているのです。
皆さんが認めようが認めまいがそれは自由ですが、私も釈尊と同じように法を説いている者です。
そうであるなら、私の法の流布の邪魔をするということは、釈尊の法の流布を邪魔していることと同じなのですから、釈尊の法の流布を邪魔して起きる現象と、同じ現象が現れることになります。
それが前の会社に連続して起きている現象でしょう。
それが何かは、はっきり分かりませんが(私の想像通り、癌が続出しているのかもしれませんが)もし、二千五百年前のインドで、釈尊の法の流布を毎日のように邪魔した人がいたとしたら、今起きているようなことが起きるということです。(そんな愚かな人、二千五百年前はいなかったようですが)
昔の人の方が現在の人よりも愚かであった、と思っている人も多いのですが、それはある部分だけ取ってそう思っているだけであり(例えば科学の発達などです)こと心の部分、特に神のことを考えますと、現代の日本人ほど本当の神を知らず、神の業に疎い人たちもいないように思います。
そうであれば、神の業が作用していても、それが神の業であると全然理解できない人もいるように思います。
そのあまりの神に対する無知さが、前の会社の人たちのように、次々に不幸になる人を生んでいるように思えてなりません。(普通、神の業が自分たちに現れていると知ったら、恐れおののいて自分が悪かったと反省するからです)
現在現れている現象をよく理解してみてください。すでに世に現れている現象が全然違っているのです。
その違いはお分かりいただけると思います。異常気象一つとっても五~六年前と、今とでは起きる現象の激しさが違っているのです。その原因を私は神の業だといい、科学者は温暖化だといっているのです。
しかし、温暖化が原因だというのであれば、ここ五、六年、あるいはこの一、二年で、それほど地球の気温が急上昇したとでもいうのでしょうか?
地球温暖化というのは、ここ百年~二百年の間に、地球の温度が一~二度上がったにすぎないのです。その気温の変化と現在起き出している激しい現象とでは、どう考えても起きる現象のレベルが合わないのではないですか?
それなのに、最近起き出した異常な気象現象を、どうして温暖化と結びつけることが出来るのでしょうか?
無茶苦茶な理論としか私には思えませんが、そこはどうなんでしょうか?
この一、二年の世界の激しい異常気象はどうでしょう。(アメリカのハリケーンやフィリピンを襲った台風、各地の大雨や干ばつなど)異常なほど世界各国に、激しい現象が現れているのです。
それは日本を見ても同じです。ここ三~四年の超大型で猛烈な台風の数々、ゲリラ豪雨やカミナリの激しさ、今年だけでもそうです。異常なほどの局地的大雨など、ここ一、二年で始まったことなのです。(一時間に百ミリ前後の大雨など)
どうして、ここ数年の激しい現象と地球温暖化が結びつくのでしょう、どう考えたって時間のスパンが合わないではないですか。
だから私は、最近起きている激しい現象は温暖化が原因ではない、神の業であるといい張っているのです。
どちらが原因にせよです。起きている現象が違ってきているのは事実なのです。二十世紀までは現れていなかった現象が、二十一世紀には現れているのです。
それは事実なのですから、起きる現象が違っている、ということはそれはお分かりいただけると思います。
世紀が変わり起きる現象も違ってきた。これは何を意味するのか?
これが私のいう末法の世から正法の世に変わったという意味なのです。
そうして時代が変わったから起きる現象も変わった、という意味なのです。
時がそれだけ流れているのですから、起きる現象も当然変わってくるのです。これまでのように、悪いことを思っていても、あるいはしても、それがかなり時間がたって自分に現れる時代(末法の世)から、悪いことを思ったりしたりしたら、それが比較的すぐに自分に現れる時代(正法の世)に変わったのです。
だから起きる現象も激しくなり(それだけ悪い心を持っている人が多いからです。その多くの人の悪心が、激しい異常気象となって現れているのです)また名古屋など見てもそうですが、時代の変化により、いろいろなサイレンや先ほどの前の会社に起きている恐ろしい現象など、起きるようになったのです。(決して私のせいではありません)
そのような現象すべて、自分たちの心が現れているだけなのです。
名古屋になぜこれほどの現象が現れているのか?
それは唯一法を説いている私に、少しの感謝もせずに一方的に嫌がらせを続け、そうして起きてきた天罰をすべて私のせいにしているからです。(それはもうこの辺りの人はお分かりであると思います。辻説法でいつもいっているからです)
法を説いている私に少しの感謝もしなければ、当然時代が変わったのですから、そのような悪い心に対し何らかの悪い現象は現れてきます。(天変地変などそうです)その現れた現象に腹を立て、あいつが悪いと私に嫌がらせをたくさんの人がしてきました。
その責任転嫁の嫌がらせのような悪い態度が、すぐに現象に現れ、それが名古屋に今のような現象が現れる原因となったのです。(救急車のサイレンがよく響く病人などが続出する現象)
そうしたら、そのようなもろもろの現象を名古屋の人たちは、すべて私のせいにしました。(すべて自分たちが原因であったにもかかわらずです)それが前の会社のように癌の人が続出するというもっと恐ろしい現象を生んで、その現象さえも激しさを増しているのです。
このように考えれば、起きる現象が激しく現れだしたのは、時代が変わったからであり、その原因はすべて、各自各々の心が原因である、ということが分かるはずです。(どれだけ否定してもそれが事実です。だから私に嫌がらせをしても恐ろしい現象は消えないのです。私に原因があったわけではなかったからです。私に嫌がらせをしているその人に原因があったからです)
何度も書きますが、自分の心が自分の周りに現れているのです。そのような自分の心がすぐに現れる時代となっているからです。
その時代の変化に気づかず、いつまでも末法の心のままでいてはその人はもう滅びる他ありません。
すでに時代は変わっている(ということは起きてくる現象も変わっている)ということを自覚できて、その時代に合った生活ができる者だけが、この時代、生き延びることが出来るのです。
正法の世は奇跡もすぐに起きれば、災いもすぐに起きる、そのような時代であり、すべて自分の心次第という時代なのです。(現在は災いだけ起きているわけではありません。私には奇跡が次々に起きています)
この時代、現れてくる現象が自分のすべてを物語っています。それ以外のどんな言い訳も通用しないのです。



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