8月 26 2014
庄内川での奇跡
今日の早朝、父の夢を観ました。(葬儀の夢です。実際にやった葬儀とは少し違っていましたが)
その夢を観ている最中に目を覚ますと、午前四時を少し回ったくらいの時間でした。まだ朝も早かったので、寝ながら父のことを考えていましたが、フッと気づくと、今日八月二十六日は父の誕生日であったのです。
「ハハ、不思議なものだな」と思い少し父を祈りました。
父の誕生日の日に父の夢を観る、とても偶然とは思えませんでした。
神の存在や天上界の存在、そこに住む光の天使の存在を信じるのであれば、このようなことも別に偶然でもなんでもなく、必然に起こされているものであり『父のことをもう少し思ってやれ』と天上界が思ったのなら、起こるべくして起きていることであると思うのですが、その神の存在や天の存在を証明するような奇跡がまた昨日起きました。
それを少し書いておきましょう。
昨日私は庄内川にまた行ったんでが、一昨日ああいうブログを書きました。そうすると私がちょいちょい庄内川に顔を出すことを知って、嫌がらせに来る奴もいるんじゃないかと思ったら、案の定来ている奴がいました。
ちょっと驚いたんですが小学生です。(五~六年ですかね?)
私が庄内川に行くと、二人の小学生がいたんですが、その小学生たちが打ち上げ花火をしていたのです。でかい音をパンパンたてていました。(まだ他にもいたようですが)
それまで何度か庄内川に行きましたが、昼間から花火をしている連中などいませんでした。それが昨日に限っていたのです。「たまたまか?」とも思いましたが、それにしてはタイミングがいいです。
「小学生がブログなんか見ているのかな?」とも思いましたが、ためしにその小学生の後ろを通る時に「なんだ、わざわざ嫌がらせに来たのか」といったら、一人の小学生が「ビクッ」としました。
それで嫌がらせに来たと分かりましたので、早速後ろから辻説法をしました。そしたら少し遠くに行ってやっていたようです。
「小学生が花火まで買ってわざわざよく来るわ」と思って、呆れて三日前いた場所で川を見ていました。
そうしたら三日前とは違い、ちらほら小魚は寄ってくるんですが、こちらを意識してきているのかどうか、いまいちよく分かりませんでした。
いくら離れたところでとはいえ、横で花火の音がパンパンしてくるのです。
ちょっと魚も落ち着きがないな、と思って見ていたら、急に雨が降ってきました。「アレッ、さっきまで晴れていたのにな」と思って「アホな連中が来ると天気まで悪くなるな」とブツブツいいながら、橋(大当郎橋)の下まで歩いていきました。
橋の下でしばらく雨宿りをしていたんですがすぐに雨はやみました。
雨がやんだので、三日前とは場所が違いましたが、その橋から少し歩いたところで川を見ていました。
そうしたら、そこでもまた不思議なことが起きたのです。
川岸に腰かけて川を見ていると、少し沖の辺りのあちこちでさざ波がたっていて、そこに数匹から数十匹の小魚が群れているようでした。
私が座っていた前の川の辺りには、全く魚がいる気配がなかったんですが、しばらくすると、その小魚がいるであろうさざ波がたっている塊のいくつかが、段々こちらに近づいてきたのです。
いつの間にか私が座っている場所は、そのさざ波の塊のいくつもに囲まれていました。
そのさざ波が立っているところをよく見ると、確かに何匹もの魚がいるのが分かります。
それで私が、そのさざ波が立っている方に向かい「おう、お前ら元気か」と声をかけたのです。
そうしたら、それまでじわじわとしか寄ってこなかった塊が、いっぺんに動き出して、何匹もの小魚がこちらに寄ってくるのが分かりました。(口を水面に出している魚もいたし、飛び跳ねる魚もいたからです)
私が声をかけると、急に元気がよくなって泳ぎ回っていましたが、三日前とは違って、その場所の魚たちは私のすぐ前までは来ませんでした。
二メートルくらい離れたところを、魚たちは泳ぎ回っているのですが、その数は数百匹はいたのではないでしょうか、それくらいその辺りの川のあちこちでさざ波がたっていたからです。
あちこちで小魚が跳ね、少し離れた沖の方では大きな魚まで跳ねています。その大きな魚(鯉かなんかですかね?)が、私が座る岸のすぐ近くまで何匹か泳いできました。(すぐに行ってしまいましたが)
この場所は小さな魚から、大きな魚まで、いろいろたくさんの魚が集まってきているようでした。
私が座っている岸の前の川に、魚が固まってたくさんいたということは、その大当郎橋を渡る人には分かったはずです。橋の近くに私は腰を下ろしていたわけですから、川のうねりや川の中にいる魚が、橋を渡る人たちにはよく見えていたはずですから。(そういえば、こちらをちらちら見ながら橋を渡っていく人もいたようです)
その橋を通る、バスやトラックの運ちゃんたちも分かったんじゃないですか。私が座る川の前の辺りは、ずいぶんさざ波やうねりがあったはずですから。(私がその場所にいることなど皆知っています。私がどこを歩いていても、すぐに多くのトラックに気づかれますから。無線かなんかで連絡しあうようです)
数百匹の魚が私が座る岸の前の川に集まっているのです。考えられますか?
しかも私は、その魚たちに餌をやったわけではありません。何もしていないのです。ただ、その場所に座っていただけなのです。それだけで数百の魚が集まってきたのです。
嘘でもなんでもありません。そういう奇跡が昨日現実に起きたのです。
本当に不思議なことですが、しかし、不思議なことはそれだけではありませんでした。
あまりにたくさんの魚が回りに集まってきたので、私はその魚たちに「お前ら元気いいな」とか「元気か」と声をかけました。すると、本当に元気に泳ぎ回る小魚が何十匹もいます。
そうして「お前たちも神の子なんだから頑張れよ」(人間だけでなく、すべての物は神につくられたのですから、神の子であるのです)というと、その神という言葉に反応して喜んでまた泳ぎ回ります。
それだけではありません。「しかしお前ら、なんで俺のこと知ってんの?天に聞いたのか」といったら、一番近くにいた小魚の数十匹が、一斉に嬉しそうにこちらに向かって泳いでくるではありませんか。(その小魚たちは、私がいる川岸から一メートルくらいのところまで近寄ってきて、泳ぎ回っていました)
この魚たちは、私がいっている言葉が分かっているかのように反応するのです。これもまた不思議なことでした。
この『神』という言葉と『天』という言葉には、特に反応が良かったです。魚たちは神の存在も天の存在(あの世、天上界)も知っているようでした。
この魚たちの態度を見ていると(もちろんすずめなどの鳥たちも同じですが)神や天上界は実在するんだな、と改めて思いました。
それにしても、ずいぶん不思議なことが起きたのですが、しかし、不思議なことはこれだけでは終わりませんでした。
この後、もっと不思議なことが起きたのです。



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