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7月 13 2014

心の汚れ

この前の話です。道を歩いていると、前から小学校三~四年生くらいの男の子が一人で歩いてきました。

こちらも歩いていると私の顔を見た瞬間、その小学生の顔つきが変わました。そうして持っていた傘を地面にカチカチ叩きつけながら、私の横を通り過ぎたのです。

特別その小学生だけではなく、私の顔を見ると似たような嫌がらせをする人も多いんですが、それでその小学生に「おいおい、神からあの世から人の生まれ変わりから、学校では教えてくれないことを教えてくれた者に、そういう態度しか取れないのか」と私がいうと、その小学生は「ビクッ」として急に態度を変え、私に頭を何度も下げながら帰っていきました。

「ほーう、なかなか素直じゃないか。そういう態度を取ればいいんだよ、そういう態度を取る奴が増えれば奇跡も起きるのに」といって私も歩いていきましたが、珍しいですね、あんな態度を取る小学生もです。

少しは私の辻説法がきいているのかもしれません。(笑)

しかし、学生など(自分たちが先に嫌がらせをしているにもかかわらずです)だいたいは私が何かいっても無視するか、よく聞こえないふりをして「何ですか~」くらいしかいいません。

そういう小、中学生がほとんどなのですが、この前は高校生にそのような態度を取られました。

その高校生とは一人は茶髪、もう一人は頭にパーマをかけた不良っぽい高校生です。(もう一人いたんですが、それは女子高生でした)

その三人が私とすれ違う時に、パーマを書けた高校生が急に足を引きずりはじめ「ザッザッ」と音を立てながらすれ違いました。「またか」と思い「お前ら知らんこと教えられてなんだその態度は」とブツブツいいながら私が歩いていくと、そのパーマをかけた高校生が「何ですか」とか「何かいいました」とかいって、ニヤニヤしながら私に話かけてきました。

私が振り返ると、三人とも私の方を振り返りながら、ニヤニヤ笑って歩いていきます。明らかにバカにしている態度でした。(こういうこともよくされます。小学生にもです。しかも低学年にまでです。凄い態度でしょう。この辺りの学生は平気で大人をバカにします…マァ、私だけにでしょうが)

小、中学生を、あまりしつこく相手にしては変質者と間違われてもいけないのでできませんが、相手は高校生です。しかも明らかに不良と思われる格好もしているんですから、こういう連中ならしつこく相手にしても、回りから変な奴とは思われないでしょう。

それにこのような連中、どうせ親も回りも泣かしているんだろうと思い、ちょっと意見してやろうとも思って、私はきびすを返して「何だお前ら俺のこと知ってるのか」といいながら、歩いて行く不良高校生の後を追いました。

そうしたら、この連中も逃げるように急に足を速め私から遠ざかっていきます。

「エッ」と思いました。こういう格好をしている連中です。私はてっきり「おいおいおっさん何か文句があるのか」とか「けんか売ってんのか」とかいって立ち止まって、私と立ち話くらいしてくれるとばかり思っていたんですが(笑)このような連中まで逃げ出すのです。

「何だ、どいつも一緒だな」と思って、その高校生たちの後を追いながら「お前ら、神からあの世から生まれ変わりから教えてくれた者に感謝くらい出来ないのか」とか「心を救ってくれた者に嫌がらせか」とか「お前ら、その自分の性格棚に上げて人にどうこういうな」とか散々いったんですが、大分先を行っていた高校生は「うるせえ」とか「バカ野郎」とかいってるだけでした。

とても話をしてくれそうもなかったので、途中で諦めましたが、この高校生だけではありませんが、なんで皆私とまともに話そうとしないんでしょうか?そのくせ相手にだけはなってきます。

やってる意味が分かりませんが、どの人も私のことを知っているのは事実のようです。

バカにする学生はいますが、では私のいうことを信じていないのかといえば、そうではないようで要はこのようなこと(サイレン)が起きているので、それを私一人のせいにして「お前がいるからこういうことになる」と嫌がらせをしているのでしょう。

しかし、先ほどもいいましたが、では、そのようにいう人がそれほど善人なのでしょうか?

そんなにいい人が人に嫌がらせをするのでしょうか?そんなにいい人が人をバカにするのでしょうか?そんなにいい人が人の悪口をいうのでしょうか?

このようなことを、悪いことを私一人のせいにしている人たちは皆平気でやっているのです。

「それはお前が悪いことをしているからだ」という人もいるのでしょうが、相手が悪いことをしているからと、それでこちらも悪いことで返すことが善人のすることでしょうか?

では、釈尊やキリストはそんなことをされたでしょうか?相手に悪いことをされたからと、釈尊やキリストも悪いことで返されたでしょうか?決してそんなことはないはずです。

釈尊やキリストは相手が悪いことをしたからと、同じように悪いことで返されるということはありませんでした。釈尊やキリストは相手に悪いことをされたら「そういうことはしてはいけない」としっかりいわれ、そのような悪の行為を善の行為で、愛の行為で返されたのです。

だから、釈尊やキリストは偉大な人といわれ奇跡まで起きたのです。

そのような偉大な人にまでならなくても、自分が本当の善人なら奇跡が回りに起きてきます。それが災いしか起きないということであるなら、それは自分はまだ善人ではないのでしょう。

どこか自分に悪いところがあるから災いが起きるのであり、決してその災いは人のせいで起きているわけではありません。

人に嫌がらせが出来る、そのような人の心は汚れていないのでしょうか?人をバカに出来る、そのような人の心は汚れてはいないのでしょうか?人の悪口をいっている、そのような人の心は汚れていないのでしょうか?

そのようなことをしている人の心は汚れています。その心の汚れは悪いことなのです。

多くの人が思っている“悪いこと”の基準が実は違っているのであり、犯罪を犯さなければいい、ではなく“自分の心を汚している”のも実は悪いことなのです。

心の汚れも悪、ということを多くの人は理解しないから、自分は悪いことを何もしていないのに悪いことが起きる、だからそれはお前のせい、という理論が成り立つのであって、自分の心が汚れているのも悪である、と理解するのであれば、回りに悪いことが起きてきても、それは自分のせいと理解できるわけです。

人に嫌がらせをすることも悪なら、人の悪口ばかりいうのも悪なのです。(十分自分の心を汚します)

こういうことを知り、それでも自分は悪いことをしていない、と胸を張っていえる人がいるのでしょうか?(もちろんそれ以外のことでも悪いことは一杯あります。ただ犯罪を犯さなければ善という思いは間違いなのです)

本当の善人には災いは起きません。奇跡が起きてくるのです。このブログを読んでる皆さんはそれほど頻繁に奇跡が起きているのでしょうか。

もし、自分には奇跡らしい奇跡が起きていない、というのであれば、その人はまだ善人ではないのです。

まだまだ反省すべきところがある、学ぶべきところがある、未完成な人間であるということです。

そのような謙虚な心になってこそ自分の成長があるのです。あまりに傲慢な人が多いのではないでしょうか。(もちろん傲慢も悪です。そういう人が名古屋は多いのではないですか?今日は今日でマンションの連中が〔嫌がらせのように〕網戸をバシバシやっていますが、そのような行為も悪なのです。だからサイレンが止まらないのです。それを人〔私〕のせいにしています。それもまた悪なのです。知らず知らずのうちに多くの人が多くの悪を犯しているのです)

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7月 12 2014

ただの警告

台風が行ってしまったとたん、凄い猛暑となりましたね。(相変わらず極端です)

昨日は特に、関東が暑かったようですが(熱中症患者が続出したそうです)群馬で三十八度を超えたところがあり、栃木や埼玉でも三十七度を超えたところがありました。(東京も三十六度を超えたところがあったようです)

大雨の後はとたんに猛暑となり、そうして今日の早朝には東北から関東にかけて、ずいぶん広範囲で(岩手、宮城、福島、山形、茨城、栃木などで)地震が起きました。

何か極端な現象が起きっぱなしのような気がしますが、しかし、やはり起きましたか、何がって地震がです。

大雨の後に地震ですか。二、三回前に書いた通りのことが起きました。(大雨の後に地震が起きる)

この地震を気象庁は大震災の余震とでもいうんでしょうが、違いますね。天は最初から台風が行った後、地震を起こすつもりだったのです。だから私は、大雨の後に大きな地震でも起きたらそこらじゅうで土砂崩れが発生する、と警告のようなことを九日のブログに書いたのです。

土砂崩れが起きなくてよかったんですが、台風の前に何度か地震が起きていました。(震度4~5のです)それで私は、この台風が過ぎた後に天上界は地震を起こす気ではないかとピンときて、それであんなブログを書いたわけです。

その予想通りでしたが、ただこの地震はただの脅しであり、警告でしかありません。それほどの震度ではなかったからです。

それでも津波の心配はあったようですが、震度は3~4くらいでした。もし天上界が本気で土砂崩れを起こす気であれば、震度5~6くらいの地震は起こしたのではないかと思われます。(それほどの震度であれば、東北や関東は雨がたくさん降っていますので、そこらじゅうで土砂崩れが起きたでしょう…土砂崩れだけではすまないかもしれませんが)

どうされますか?ここに書いた通りのことが起きています。ということは、今日起きた広範囲の地震はただの警告と書いたことも当たっているかもしれません。

次は本気でやられますよ。

心を散々救ってもらいながら(その自覚がない人が多いんですが)感謝一つしない、それが正しいことでしょうか?

昨日あんなブログを書いたのですから、今日は怒りたくっていなければいけない前の会社の人たちが(最初は少々やっていましたが)このブログを書き出したとたんに静かになりました。

なぜでしょうか?

簡単な話です。何か起きたからです。だから静かにしているのです。(でなければ、この連中がこのブログを書くのを邪魔しないわけがありません。さっき確認をとりましたら〔ここで声を出せば即聞こえますので〕その通りだったようです。その後は少し無理して邪魔しています。〔苦笑〕)

昨日のブログも同じように警告であったからです。『これだけ書いても分からなければ、これまで以上の現象を現すぞ』という天からのです。

マァ、それでもされるというのであれば止めません。(というより私では止めようがありません)

同じ態度を続けるというのであれば“どうぞ”というしかありませんが、これは前の会社の人たちだけにいっていることではありません。このブログを読んでる人、及び私のことを知っている人たちにいっているのです。

散々いろいろなことを教えられ(神から、あの世から、人の生まれ変わりから、天変地変の本当の原因までです。それだけではなく現象まで現しているのに)それでも感謝一つしないのです。少しの布施も嫌がるのです。

それはどう考えても人の道を外れているでしょう。

そんなことを平気でしているから、天上界からこんな異常現象ばかり起されるのです。

しかも一番大事なこと(神理)を教えてもらっている者にそんなことをしています。(名古屋の人などそれどころか嫌がらせまでしているのです。どれだけ恐ろしい行為を平気でやっているんでしょうか)

それではいいこと起きないでしょう。それなのに、そのような自分の悪いところは一切認めず全部責任転嫁しています。ますますいいこと起きません。

また台風が出来かけているそうですね。日本の南の海上にです。今日にでもその熱帯低気圧は台風になるといわれていますが、そのような台風の卵が、まだその辺りにはたくさんあるそうです。

ということは、これからどれくらいの台風が出来てくるか分かりません。(まだ七月なんですけど)

皆さんが心を変えようとしなければ、その台風の卵は次々に台風に変わり、日本に押し寄せてくるでしょう。そうなれば当然日本はそこらじゅうで暴風雨が吹き荒れ、ガタガタになります。

その後に先ほどいいました。地震が起こります。(今度は震度5~6クラスのです)

すると日本はどうなるでしょうか?

それは皆さんのご想像にお任せしますが、ここに書いたことは次々に起きているのです。ここに書いてあることをあまり軽く思わない方がいいでしょう。(何度もいっていますが)

あの西之島の新しい島は現在も拡大を続けているようです。どこかの国のようによその国の領土を力ずくで取らなくても、このように勝手に領土が増えるという奇跡も起きることがあるのです。(こんな風に島が広がっていくとは学者も驚いたようですが)

現在の日本は一方では災いが次々に起きていますが、その一方ではこのような奇跡も起きているのです。

こんな奇跡と災いが、同時に起きているということは、日本の人々に、神の心に従えば西之島のような奇跡が、逆らえば現在起きているような災いが起きるということを、天が教えているのです。

神の心に従えば奇跡が起き、逆らえば災いが起きる、これが神理であり、日本の人々はそれを実際に目の当たりにしているのです。

このような現象の起きている本当の意味を、もうソロソロちゃんと理解しないといけないのです。

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7月 11 2014

祈って起きる現象の仕組み

今回の台風はずいぶん広範囲に被害を及ぼしたようです。(今日もまだ東北や北海道など雨が心配ですが)

沖縄はもちろんですが、九州、四国、東海、信越、東北に至るまで、風もそうですが、特に雨が災いしたようです。

まだ七月です。この時期にもう台風の被害です。では、これから台風の季節(八月末~十月)になったらどうなるのでしょうか。

来週は、また台風が出来るのではないかといわれていますが、このままでは同じような台風がまたきかねませんね。こういうことが起きているのに、皆さんが少しも心を変えようとしないからです。

心を変えようとしなければ、また同じ現象が現れます。いつになったらそれが分かるんでしょうか。

何が起きても一切心を変えようとしない、それがどれだけいけないことか、身近なところで例をとって書いてみましょう。

例えば前の会社の連中など、相も変わらず一生懸命私に嫌がらせをしています。(仕事をもう少し一生懸命やればいいのに、と思うんですが〔苦笑〕)なぜ、そんなことを毎日執念のように続けているのか?

それだけこの会社に何か起きているからでしょう。それを皆私のせいにしているのです。お前が祈るからいけないとです。

しかし、この人たちは何も分かっていないのです。祈って何か起きる現象の仕組みがです。

仮に私が祈って、この会社の人たちに癌が続出しているとします。

それで私が加害者で自分たちは被害者であると、この人たちは思い込み、私を親の仇のように思って執念で嫌がらせを続けているんでしょうが、そもそもそれが間違いなのです。

何が間違っているのか?それは自分たちが被害者だと思っている、その思いが間違いであるということです。

例えば、私がこの連中に何かの薬品をまいたり、おかしな薬を飲ましたりして、それで癌になる人が続出した、というのであれば、これは私が加害者でこの会社の人たちは被害者です。

しかし、祈りでこのような現象が現れた場合は違うのです。そのような現象が現れた人が加害者であり、その人が反省しないといけないのです。

それが天の祈りの仕組みだからです。憎しみでどれだけ人を祈ろうと、そんな祈りはきかれないからです。(憎しみをこめて祈っても、きかれるのはきかれますが、その場合は自分も同じ病になります)

何度もいいますが、私は私におかしなことをしてこない人を祈りません。この会社の人たちのように、人に平気で嫌がらせをしてくるような人には、それではいけないと思うから「どうぞこの人を正しくお導きください」と祈りますが、その人を不幸にするような祈りは絶対しません。(そんな祈りをすれば自分が不幸になることを知っているからです)

「正しくお導きください」と天に祈るだけなのですから、そういう祈りをされて癌になる方がおかしいのです。普通であればそんな祈りで癌になるはずがないからです。

では何で癌になる人がいるのか、ということですが、もしそういう祈りで癌になった人がいるのであれば、その人は結局何年か先には癌になったのです。それが私の祈りで癌になるのが多少早まったということです。

その早まったのがいけないと思うかもしれませんが、そうではありません。その人にとっては早まった方がよかったのです。

それはなぜか、ということですが、それはそのタイミングで癌になることが、その人にとって一番自分を反省できる、一番いい時期であったからです。

だから、その時に癌が現れたのです。それがもう何年も後にその人が癌になっても、何で自分がそうなったのかよく分かりません。「年だからしょうがない」で終わらせてしまいます。それでは自分の悪いところをしっかり反省できないということで、私に嫌がらせをしている最中に癌が現れたのです。それが自分の悪いところが分かる、自分が反省が出来る一番のタイミングだったからです。

だから、いっているのです。私の祈りは肉体ではなく心を救うのである、と。

そのような病気になり、反省が出来るか出来ないかは、その人のその後の人生(この世だけでなくあの世も含めた)にとって非常に大きなことであり、そこで反省出来るか出来ないかで自身の心の成長が大きく変わってくるのです。

もちろん反省出来れば心は成長しますし、出来なければしません。お前のせいでこうなったと恨んで死んでいけば深い地獄に堕ちなければいけませんが、しかし、それでもそのような形で病気になり死ぬのであれば、何がしかの気づきはあります。

どちらにしても、ただ癌になって死ぬよりは、私が祈りそのような現象が現れる方が、よほどいろいろな考えが浮かんできて、反省のチャンスは増えるのです。

癌になっていいとはいいませんが、ただ自分たちが被害者と思っているのではなく、まず自分たちがやっていることをよく考えることです。

この人たちは今日もそうですが、私に嫌がらせをすることに必死です。(仕事することより大事なのではないか、とさえ思えるほどです)物を叩きつけたり、ガンガン叩いたり、とにかく音を出して嫌がらせを私にし続けているのです。

そんなでかい音を立てれば、私だけでなく周りの家の人たちにも迷惑です。しかし、そんなこと一切関係ないのです。

そればかりか、この会社の人たちは、そのようなやたらでかい音を立てた(叩きつけたり、ガンガン叩いたり)品物を、平気でお客さんに売りつけているのです。そんなことをした品物など、どこかに傷がついたり、曲がったりしているものもあるでしょう。しかし、そんなことおかまいなしにそれを売り先に売っているのです。

このようなやり方を見ていると、いかにこの会社の人たちは愛がないか分かります。

いってはいけませんが、この人たちは元々このような心の人の集まりなのであり、それでこのような愛のない行為が平気で出来るのです。(愛があるなら、私にはともかく、周りの人に悪いとか、お客さんに悪いとか思うでしょうし、品物だってもっと大切にするはずです)

こうなったのもお前のせい、とこの人たちはいうのでしょうが、それはもちろん責任転嫁以外の何ものでもないでしょう。私のせいでそうなったのだから、周りの家の人たちに迷惑をかけてもいいのでしょうか?お客さんに傷がついた物を売ってもいいのでしょうか?

それとこれとは話が別であり、私のせいでそうなったというのであれば、私だけに嫌がらせをすればいいのであって、周りの家やお客さんにまで迷惑をかけることはないでしょう。まして物に当たるなど言語道断です。(その品物のお陰で自分たちは飯を食べていけるのです。物は何もいわないからと、あまりに感謝のない態度です)

それは分別がない行為なのであり、愛がないことに変わりないのです。

だから私は、この人たちは元々愛がなかった、といっているのです。

そういう人たちが集まっているから、おかしな現象が次々に現れるのであって、今この会社で起きていることは、私が祈ったから起きたことではなく、私が祈らなくてもいずれこの会社の人たちには現れてきたであろうことなのであり、それだけこの会社の人たちは愛がない人たちであったということです。

そこを反省してもらうため、私の祈りにより、そのような現象が次々に現れているのでしょう。だからこの人たちは、私を恨むのではなく、自分たちの愛のなさを反省しないといけないのです。

もちろんこれは例え話です。(それはそうでしょう。だって私は、前の会社の人に癌が続出しているかどうかなど分からないんですから)

ただ、自分のことを棚に上げ、責任転嫁をしている人があまりに多いと思ったものですから、少し分かりやすく書いたまでです。(本当に起きていることと、起きているかどうか分からないことを混ぜてです)

まだ七月なのに台風が来て、その台風が全国に多大な被害をもたらしました。

このような現象が現れるのは、やはり日本の人々の心が悪いからです。一体どこが悪いのか、いい加減自分で気づかなければいけないのです。

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7月 10 2014

愚かな行為とそれで現れる現象

九州の鹿児島に台風が上陸したようです。

すでに九州や四国では、大変な雨になっているところもあるようですが、このような大雨が昨日は新潟や長野などにも降って、現在はどこが集中豪雨になるのか分からない状況です。(山形や岐阜などすでに大雨になっています)

特に今日明日は(風も心配ですが)台風とそれに伴う湿った空気、梅雨前線などで大雨が心配ですね。

そのような大雨の影響で、昨日長野県で土石流が発生したようです。

昨日そんな話を書いたばかりですが、この土石流が発生した時、この辺りは猛烈な雨が降っていたそうです。(長野県南木曽町)しかし、それまではたいして雨が降っていなかったのです。

それが二時間ほど猛烈な雨が降って、その激しい雨の影響で土石流が発生したのです。(何か五ヶ所くらいで一変に発生したそうですが)

それまで雨が降っていなくても、わずか二時間ほどの猛烈な雨が降るだけでも土石流が発生するのです。それを考えれば、これまでの大雨で、この長野より危ない場所はいくらでもあります。これではいつどこに土石流が起きるか分かったものではありません。

台風の勢力は大分落ちたようですが、大型でしかもかなりの雨があちこちに降る予想がされています。これではまだ今日、明日など、どこに何が起きるか分かりませんね。

このような危険極まりない状況でも、このブログを読んでる人は、相変わらず自分のことだけやって、平気で祈りを無視しているのです。まったく気が知れませんね。(何年経っても神の心を理解しようとしない皆さんには呆れます)

沖縄も、台風が近くにいた時はもちろん雨の特別警報が出ていたのですが、台風が行ってしまった後も(台風が大きかったため)台風からくずれた雨雲が次々にかかって、一度解除した雨の特別警報を、また発表するほどの激しい雨が台風が通り過ぎた後まで降りました。(この沖縄の状況は驚きましたね。一日中暴風雨が吹き荒れたのにも驚きましたが、台風が通り過ぎているのに、まだ、特別警報が出るほどの激しい雨が降るのです。〔普通は台風が通り過ぎれば晴れますが〕こういうことがあるんですね。何から何まで驚きです)

その激しい雨で、沖縄のあちこちの川が氾濫し土砂崩れも相次ぎ、かなりの住宅が水につかったようです。(これだけの雨が一度に降れば当然そうなるでしょう)

川の氾濫で、家の中まで川の水が入ってきて、家中泥だらけになった人が多数出たようですが、そういう人の中で泣いている方もみえました。本当に気の毒な話です。このブログを読んでいる人が保証してあげてはどうでしょうか。(お金持ちの人も何人も見ているようですし)皆さん方が何もしようとしないため、このようなことが繰り返し起きているのですから、それくらいの責任はあると思います。

昨日も、帰り道などずいぶん怒っている人がいました。(でかい音を家の中から立てるだけでなく、私が通るのを見計らって、わざわざガタガタ雨戸を閉める人までいるんですから)

こういうニュースを見て怒っていたのかどうか知りませんが、何でもかんでも私のせいにして怒っているだけです。

そのような人たちはまだ気づかないのでしょうか?自分たちがどれだけ悪いことをしているのかをです。(別にこの人たちだけではありませんが)

一体自分たちがどれだけ変わったかお分かりですか?

もちろん外見ではありません。意識がです。

私を知る前の自分を思い出してください。こういう台風が来て、大きな被害があった人をテレビなどで見れば、気の毒に、とは思っても、自然のやることだからそれは仕方がない、で終わっていたはずです。

それが現在は、このような天気になっているのもお前のせいです。二~三年前まででは、考えられないような劇的な意識の変化が起きているのです。

その意識の劇的変化は、それだけではありません。この世がすべて、死んでしまえばすべて終わり、神も仏もあるものか、と考えていた人たちが、神の存在、あの世の存在、人の輪廻転生まで信じているのです。

あまりといえばあまりの変わりようなのではないですか?自分たちの意識がです。

神など存在しない、この世界はこの世がすべてであの世(死後の世界)などあるわけがない、人は死ねばそれですべて終わり、自然現象は自然が起すものだから人の力ではどうにもならない、から、神は存在する、世界はこの世だけではなくあの世もあり、人は死んでもあの世で生活し、またこの世に生まれて来る、そうして自然現象さえも人の意識でどうにかなる、と百八十度考えが変わってしまったのです。

それが一人や二人ではありません。名古屋だけを考えても数万や数十万の人が(あるいは、もしかしたら百万単位の人が)唯物無神論から唯心有神論に考えが変わりつつあるのです。(これは名古屋の人だけの話で、それ以外の地域を考えたら、一体どれくらいの人の考えが変わりつつあるのか分からないくらいです。〔全国放送のテレビの番組の中身まで、唯物無神論から唯心有神論に変わってきつつあるくらいですから〕)

これだけ多くの人の考えを、百八十度変えてしまったのは一体誰ですか?

総理大臣でしょうか?それともテレビに出てくる有名人の誰かでしょうか?(そういう方々なら、影響力も強いのですから、当然それくらいのことはできるでしょう)それとも私に嫌がらせをしている人たちでしょうか?

どの人も違います。それは、その多くの人たちから嫌がらせを受けている私なのです。

私は総理大臣や有名人と違い、多くの人に影響を与えるだけの者ではありません。(それは誰でも分かると思います)その無名な私が、一人でそれだけ多くの人の意識を一変に変えることが出来たのです。

これはなぜでしょうか?

それは私についている神(昔でいうなら、モーゼがいわれたヤハウェ、キリストがいわれたエホバ)が力を貸してくださったからです。

その神(天上界の光の大天使の方々)の力が次々にこの世に現れ、その結果、多くの人が私のいうことを信じ、それで多くの人の劇的な意識の変化がなったのです。(現在の、このような天気になるのもお前のせい、がまさにそれです)

その神の力を実際に現し、多くの人の意識を劇的に変化させた私に嫌がらせですか?そうして無視ですか?(中には法の流布の邪魔までしている者たちもいます。その邪魔の仕方が、自分のところの売り物を床に叩きつけたり、物にぶつけたりしてでかい音を立てて邪魔しているのですが、そんなことをすれば当然、その品物は傷がついたり曲がったりするでしょう。それをそのまま売り物として出しているんですから凄いことやってます。こういうことをする人たちは誰に対しても〔私はもちろんですが、周りの人やお客さんに対しても〕まったく愛がないのです)

それがよいことだと思いますか?

多くの神の業を目の前に見せてもらい、劇的な意識変化(その意識変化で心が救われた人も多いと思います)をもたらしてくれた人に、少しも感謝しようとせず、そんな失礼な態度を取り続けているのです。

そのような人たちを天が(神が)許すと思われますか?

とっくに皆様方は神に滅ぼされていてもおかしくはないのです。それほどの愚かな行為を多くの人は、もう何年も続けているからです。(何度もいいますが、南海トラフがまだ起きていないのは私のお陰です)

ここ数日は凄い天気となり、不幸な現象ばかりが現れています。しかし、なぜ、こんな現象ばかりが現れるかは、今書いたとおりです。

いつまでその愚かな行為を続けられるのですか?

皆様方が自分の愚かさに気づかなければ、ここ数日起きているような、恐ろしい現象は止まりません。

この現象を止め、よい現象を現すには、お前が悪い、ではありません。まず自分が反省することなのです。

いつになったらそれが分かるのでしょうか。(このような恐ろしい現象が現れているのです。それを見て怒るのではなく、反省しないといけないのです。皆さんのせいでこの現象は起されているからです)

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7月 09 2014

祈りを無視する恐ろしさ

昨日は沖縄など大変な天気になりましたね。(宮古島はそうでもなかったようですが、やはり台風の西側と東側では全然勢力が違います。台風の東側に来たところは悲劇ですね)

朝から夜まで暴風雨が吹き荒れ、雨も凄いんですが、風が強くて木やら家やら倒壊して、けが人も続出。物凄い天気になりました。

一日中暴風雨が吹き荒れるなど初めて見ました。(台風の暴風雨って、だいたい二~三時間で終わりますから)今回の台風は進むスピードが遅く大型ですので、暴風雨が長く続くとは思っていましたが、丸一日そんな天気になるとは思いもしませんでした。

特別警報を出すだけあってやはり大変な台風ですね。今度はこの台風が日本本土に向かってきます。多少勢力は弱まっているようですが、そのせいで今度は雨に心配が必要だそうです。

どちらにしてもこんな台風が来ていれば心配はつきません。

それで昨日の天気予報を観ていたらゾッとしましたね。台風の進むスピードがもっと遅くなるといっていたからです。

その理由がまたゾッとするのですが、台風の前に梅雨前線があって、その梅雨前線の前に高気圧があるものですから、その高気圧が台風が進むのを阻み、それで進むスピードが遅くなるというのです。

今度は雨が心配といわれる台風と梅雨前線のダブルパンチです。(しかもまたブロッキング高気圧みたいな高気圧までありますし)本当に大丈夫なんでしょうか。

七百~五百ミリの記録的大雨になるところも出てくるそうです。数日でそんな大雨が降れば大変な被害が出ます。(九州や四国辺りと予想されていますが)

大きな被害が目に見えているところに、そればかりか、昨日また北海道で震度5の地震が起こりました。

最近はこのクラスの地震が頻繁に起きています。大雨だけではなく、地震の心配もした方がよさそうなのです。

大雨が降った後に大きな地震でも起きれば、そこら中で土砂崩れが発生します。ただでさえ水を含んでいる場所がたくさんあるのに(九州や関東、東北など)そこに持ってきてまた梅雨前線プラス台風の大雨です。

それだけでも、あちこちで土砂崩れが起こりそうなのに、その後、大きな地震でも起こされたらもう一発でしょう。そこら中で土砂崩れやがけ崩れが起こり、下手すれば満杯の川の堤防が決壊するかもしれません。

数年前の台風の時のように、また土砂ダムでも出来ていて、それが地震で崩れたらその下にある町や村など、その土砂ダムの土石流でグチャグチャになってしまいます。

何か次々に悪い状況が現れる感じです。このような最悪の予想も今の状態では出来ないこともないのです。(別に脅しではないでしょう。十分起こりえる状況なのではないですか?)

このようになるのです。(今回ちょっとひどそうですが…というか、かなりひどいんですが)

法を知っている者たちが祈ろうともせず、傍観しているとよい状況は現れないのです。というより、かなりひどい状況を現されるのです。

それだけ祈りは大切なことだからです。

特に法(正しい神の教え)を知っている者の祈りは重要なのです。天は、法を知っている者たちの祈りを最優先にきいてくれるからです。

このような日本の状況を見ても、私たち(とりあえずこのブログを読んでいる人たちは、本当の法を知っていますので)が祈らなければ、日本によいことは起きないと分かります。他の高橋先生の弟子だった人たちや、園頭先生の弟子だった人たちが正しい法を勉強していないと分かります。(多分そのような人たちは祈っていると思いますから。それでも、例えば沖縄に比べ宮古島は比較的被害が少なくてすみました。このような部分だけとって〔それは台風の東側と西側の勢力の違いでそうなっただけなんですが〕何々先生が祈られましたので、あの宮古島は被害が少なくてすんだのです、などといいふらして、自分たちの正当性を主張するところもあるかも知れませんが、そこまでやると滑稽です)

私の祈りを邪魔する人は多いのですが(この辺りの人はそういうことをすぐしてきます。夜中に祈っていると「ゴホゴホ」とか声を出したり、音立てたりして祈りを邪魔するのです。よほど私に祈ってほしくないようです)私の祈りは天に届いています。

その天に届いている祈りを邪魔するということは、どれほどの罪となるかお分かりですか?もし、私に協力者がたくさん出てくるのであれば、このような大変な被害が出るであろう大災害も未然に防ぐことが出来るのです。

それほどの祈りを邪魔するのです。それをした人の罪は、大変大きなものとなると想像できないでしょうか。

今日もやっていますが、このブログを毎日邪魔している連中に何が起きているのか、そのような人たちは知っているはずです。

私の祈りを邪魔している人たちは、そのような連中に何が起きているか知っているから邪魔しているのでしょう。コイツが祈ると悪いことが起きると思ってです。

しかし、それは間違いなのです。私は天に祈りを捧げているのですから、普通であるならよいことしか起きないはずです。それが何で悪い現象が現れるのか?

それは何度もいっています。私に祈られる、その人の心と行いが悪いからです。私が祈ると、それを正す現象が現れているだけで、その現象を多くの人は悪い現象(病気になったり、何か起きたりするからです)と見ているだけで、実際はその祈られた人にとってはよい現象が現れているのです。(ただし心にとってという意味ですが)

この世の人は、肉体に起きたこと(現実に起きたこと)しか見ていません。それでその部分だけとって“悪いことが起きた”と決めつけていますが、実はその人の心にとっては大変よい現象が現れているのです。

それもこの世にいる間は分かりません。(理解する人は理解するんでしょうが)しかし、死ねば分かるのです。私の祈りがよいことしか起きていないということは、私が祈って、その皆さん方が思う悪い現象がどれだけ起きても、私に悪いことが起きないということでそれが証明されています。

祈りも力(精神力です)であるのです。そうであるなら、前にも説明しましたが、単独で存在する力はこの世にありません。従ってこちらが人に力を与えれば、同じ力が自分にも返ってきます。

それだけ私が悪い祈りをして、悪いことばかり起きているというなら、その悪いことが全部私自身に返ってこなければいけませんが、私に少しも悪いことなど返ってこないのです。

それは私が(誰に対しても)よい祈りをしているからです。私が正しい祈りをしているから悪いことが返ってこないのであり、私が正しい祈りをしているというこれ以上の証拠があるのでしょうか。

多くの人は、本当の正しい祈りを分かっていないため誤解しているのです。私が悪い祈りばかりしているとです。

しかし、私が祈らなければ、そのように思っている人も神の存在には気づきませんでした。私が祈ったから多くの人が、神の存在に気づき、あの世の存在に気づき、人の輪廻転生に気づいたのです。

そう考えるのであれば、これほどの正しい祈りはないはずですし、また、これほどの祈りの効果もないはずです。

正しい祈りは天に届ききかれるのです。

その正しい祈りを知っている私たちが、このような多くの人が危ない状況である日本で、今祈らなくてよいのでしょうか。

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