>>ブログトップへ

10月 11 2013

共産思想の恐ろしさ

それにしても、今日はやけに朝から救急車のサイレンが響きますね。(つい今しがたもしていました)もう何度も聞こえてきますが一体何が起きているんでしょうか?

まるで分からないんですが、週刊誌などよいネタになりそうですがどこも書こうとしませんね。「救急車のサイレンが何度も響く名古屋の怪」とか何とか題名つけて記事にしてもらえませんかね。それはそれで興味を引く内容になると思いますよ。(週刊誌にでも書かれないと、このブログに書いているだけでは誰もビビりませんからね。一人で心配していて段々アホらしくなってきました)

これだけサイレンが響いているにもかかわらず、いくら私がいっても誰もなんとも思わないようです。しばらくほっておきましょう。

昨日も書いたのですが、どうせ今の世相とこのブログは相容れません。世相に逆らいついでに、もう少し今の世相のおかしさを書いておきましょう。

現在の教育が男女平等、同権などと教えるものですから、男の仕事も女の仕事も区別がなくなり、何でもかんでも一緒にやろうとしていますが、男も女もそれぞれ特性があり、その特性を生かさないと自分の能力も出ません。

そのそれぞれ自分の能力を生かすには、男の仕事は男がやり、女の仕事は女がやり、ともにできる仕事は一緒にやればいいのであって、そのように区別した方がいいと思います。(その区別を差別にしてしまったのが間違いなのです)

例えば、最近は妻の出産に立ちあう夫が増えましたがあれはどうなのでしょう。

現在はもう子供の出産は病院で行うのですが、昔は嫁が産気づけば産婆さんが来て、男連中は外に出てくれといわれ、女たちだけで子供の出産を行いました。夫は子供が生まれるのを、外でハラハラして待っているだけで、それを行うのはすべて女の仕事でした。

結局、子供の出産とは女のそれこそ一世一代の大仕事なのです。それに男がしゃしゃり出てそれを見ているというのは、やはりおかしいのでないかと思えてなりません。

妻を信じて女の仕事は女に任せ、そうして、それを立派にやりとげ元気な赤ちゃんを産んでくれたのなら、その子供の誕生とともによくやってくれたと、妻が女としての仕事を立派に果たしてくれたことを褒め、共に喜び合えばよいのではないでしょうか。

それをわざわざ妻の出産に夫が立ちあうのでは、それでは、夫が仕事をしているのを横で妻がジッと見ていることと同じで、やはりおかしなことといわざるを得ません。自分の仕事は自分でしっかりこなさなければいけないし、その仕事にいちいち夫や妻が立ちあわなければいけないということになれば、その人は、自分の仕事を自分一人ではできない半人前に見られてしまいます。

それではいけないでしょう。自分の仕事は自分でやる、そのように互いを信頼し、任せるものは任せた方がいいと思います。そうしないと、それぞれの能力も伸びないということです。

このように、最近は一事が万事、一緒にやるとか、夫が何もしてくれないから家事育児ができないとか、いろいろ言い訳がましく自分の仕事ができないのを棚に上げ、責任転嫁していますが(ここでも得意の責任転嫁です)しかし、自分の仕事は自分でこなさないと心の勉強になりません。(また自分の使命も果たせません)

それには男の仕事、女の仕事をはっきりさせ、一緒にやれるものは一緒にやるが、男として自分でやらなければいけないことは自分一人でもやる(つらいです。〔涙〕)そうして女としてやらなければいけないことは自分一人でもやる、という区別は必要ではないかと思います。

最近はそのような区別もなければ順序もなくなりました。それが最近の世相の混乱と不調和の原因と思えてなりません。

そうではないでしょうか。昔からいわれているように夫婦になったのなら、妻は夫に従えということになれば、そこに順序ができます。そうなれば、夫のいうことを妻が聞き、という風にスムーズにことが運びますが、それが男女平等、同権では夫婦となっても、夫婦がすべて同じ考えということはありえないのですから、互いに自分の意見を主張して、意地の張り合いにしかならないのではないでしょうか?(そうなるとたいがい妻の方が勝つのですが)

現在のように、我の強い方のいうことを聞くでは、正しい夫婦のあり方にはなりません。

昔からいわれる、妻は夫のいうことを聞く(妻は夫を一とする)ということは神理なのです。(つまりそのような順序、法則がある、ということです。ということはそれに逆らえば不幸になるということです)

昔からいわれている、夫婦のあり方は実は神理であったものが多かったのです。昔からの言い伝えとは、やはり、そのような偉大な人の言葉を元にしたものが多いからです。(また、そのような正しいことでなければ長く言い伝えられないでしょうし)

しかし、それを壊してしまったのが戦後の共産思想です。

戦前の考えは古くて人々を縛るものでしかない、というデマを流し、男女平等、同権を唱えました。しかし、この共産思想をよく考えれば、この思想こそ悪魔の思想でしかないということが分かるのです。

先ほどもいいましたが、夫婦の序列をなくせば当然もめます。夫婦でさえもめるのです。この思想を親子、兄弟、そうして周りの人たちに拡げるのであれば、その不調和は周り中に広がるのです。(一頃よくいわれた友達のような夫婦、親子というやつです。しかし夫婦は、夫は夫としての立場があり、妻は妻としての立場があります。それを無視しては混乱するだけですし、親も親としての立場、また威厳がなければ子供をしっかり教育できないでしょう。そんな夫婦や親子が友達のようになってしまって、それでお互いのいうことを聞くでしょうか?自分に都合のいいことは聞いても、都合の悪いことは聞きません。しかし、それではまともな夫婦生活や親子の生活はできなくなるのです)

夫婦はもちろん親子は平等で同権でしょうか?学校の先生と生徒は平等で同権でしょうか?会社の上司と部下は平等で同権でしょうか?この組み合わせのどれ一つとっても平等で同権のものなどないのです。

それを無理やり平等、同権を当てはめようとしているのですから、もめないわけがないのです。(そこへ持ってきて、個人の自由の尊重まで入れるのです。百パーセントもめます)

このように世間はすべて不平等で、序列があったのに、それをすべて悪と決め付け自由、平等、同権の最初からまとまらない思想を入れて、バラバラにするのが共産思想です。

現在はその悪魔の思想である、共産思想の天下であり、それが男も女も区別をなくさせ、一人立ちを阻害させ、不調和を広げている原因ともなっています。

しかし、私たちはその悪魔の思想にいい加減気づかなければいけないのです。共産思想をいつまでも信じていては、まとまるものもまとまらず、自分たちも成長していかないのです。

やはり昔から伝えられていた夫婦、親子のあり方こそ正しかったのであり、神理であったのです。それを私たちはもう一度思いださなければいけないのです。そうして、釈尊、キリストが説かれた慈悲と愛を忘れてはならないのです。

共産思想に愛も慈悲も調和もありません。そのような思想を信じていては不幸になるだけなのです。

0コメント

10月 10 2013

神の教育

昨日はまた暑かったですね。(名古屋はそうでもなかったんですが雨も降りましたので)

新潟では気温が三十五度を超えたところがあり、十月で三十五度を超えたのは史上初らしいですね。最近はこんなことばかり起きますので、大して驚きもしませんが、しかし十月は十月です。明らかに異常なことが起きています。

現在の日本は連日異常現象が起きているのです。(ここらもサイレン止まりませんし)このような日本でいいのか、それとも昨日書いたような調和と安らぎがあり、それでいて繁栄している日本がいいのか、どちらが皆さんよろしいのでしょうか?

マァ、聞くまでもないと思いますが、昨日書いたような国にしたいなら、一にも二にもまず法を知らねばなりません。それには法の実践をするしかないのですが、相変わらず皆さん腰が重いようです。

しかし、腰が重いのならこの異常現象は止まりません。今日も暑くなるらしいのですが、この真夏のような暑さは完全に異常です。このような、異常現象を起こされている恐ろしさを早く自覚することです。そうしなければ、もっと恐ろしい現象が現れてくるからです。

いいですか、法を知る人が増えるのであれば、今ニュースでやっているようなストカー行為も減るのです。悪いことをする人も減るのです。(それはそうでしょう、そんなことをすれば地獄行きと分かりますからね)

それに法を知って、実践する人が増えるのであれば、あの悪魔のような迷える霊たちさえも、そのような人々の心と行いを見て反省し浄化されるのです。(ということは、悪魔も自分たちの間違いに気づき天上界に昇るということです)

悪魔たちが減れば(無差別殺人やら異常な事件やら)おかしな事件も減り、世の中もずっと平和になるのです。

そうして、この法を教育の部分に生かすのであれば、いまのような男女同権、平等というバカげた思想もなくなり、男は男らしく、女は女らしく育つことになります。そうなると男本来の力、そうして女本来の力が現れ始め、本当の平和で繁栄した世の中が現れてくるのです。

現在の世の中の混乱と停滞は、神は人を男と女、別々につくられたにもかかわらず、それを同じにしてしまい、同じようなことをさせていることに問題があるのであり、そのような教育を廃し、男の役割、女の役割をはっきりさせる教育に変えていくのであれば、それぞれその人が持つ力が目覚め、自分の本当の使命を理解し、それを果たすことの大事さもよく分かってくるのです。

男と生まれた人には、しっかり男としての生き方を学び、そうして男らしく生きることによって、その男と生まれた人は自分の本来の力を発揮し、その自分にしか果たせない使命を自覚するのであって、それをしないと自分の本来の力も出てこないし、自分の本当の使命も果たすことができなくなるのです。

これは女も同じであり、この本来の力が出せない、ということが如実に現れているのが現代の女性なのです。本来の力が出せていないから、昨今の女は、たった一人の自分の子供の教育さえできないのです。

自分の子供一人教育できないで、うつなどになる母親がいますが、これなど女に家庭のあり方、役割をしっかり教えていない証拠であり、昔の女など、十人、十五人の大家族を、たった一人で平気で切り盛りしていたのです。それも洗濯機やら掃除機やらなかった時代でさえです。

それが現在はそんな便利なものがあり、一家族の人数も減っているのに、その数人の家族の面倒さえ見れない女が増えたのです。これはなぜか?昔の女より、現在の女の方が能力が劣っているのか?違います。能力は同じでも教育が戦前と戦後では大きく変わりました。その教育の差が、現在の女の能力の差として現れているのです。つまり、女は女としての教育の仕方があるのであって、その女としての教育をしないと、女としての本来の力が現れてこないのです。

男と生まれたら徹底的に男らしく、女と生まれたら徹底的に女らしく生きないと、自分の力、使命は果たせないのであって、それを現在の教育は同じようにしてしまったため、逆に男と女の力を出せなくし混乱を招いているということです。

今の教育は、人の個性を生かすといっていますが、実際はその個々の個性、一人一人が持つ力をそいでいるのです。

人の頭で考えた教育とはこんなものです。だからいじめも増えるのです。やはりその根底に“神の心”これがないと正しい教育などできないからです。(そういう意味でいえば、今有名タレントが高速道路で車にはねられ亡くなったということで、話題になっていますが、あのタレントも男なのに女装などして仕事をしていました。あのような男が女の格好などしていては、たとえ仕事といえどもいけないのです。男は男らしくということは、すべての面でいえることだからです。そうしないと、あのような災いにも巻き込まれるということです。やはり男が女の格好などしていれば神の光がその人に降りないからです)

このように、まず小さい時からの教育を、しっかり神の心に沿った教育とすることです。そうすれば、それぞれの男女が神の子としてのすばらしい能力が現れてきて、昨日書きましたように、天才少年、少女が続出するということも起きるわけです。

しかし、現在の教育では、人の特性を生かすといいながら、逆に殺しているのです。(所詮は人の頭で考えた教育に過ぎないからです。そこに神の心などないからです。そうすると男としての偉大性、女としての偉大性がまるで分かりません。そのそれぞれ男と女の偉大さが分からないと、現在のような男女平等、同権という教育が生まれるのです。しかし、この教育ではまったく男と女の本当の力を現せないのです)

現在は細かいことばかり気にする女のような男や、大雑把で細かいことにまるで気づかない男のような女が増えました。それではよい世の中になるわけありませんし(完全に不自然ですから)世の中が益々悪い方向に進むことになります。

世の混乱のすべての元は、この教育の間違いにあります。現状の異常現象をなくすには、今現在の人々の心が大きくかかわってきますが、先の日本の混乱をなくすには(そうして繁栄を望むには)これからの教育にかかっています。

今の教育方法は早々に改められた方がいいと思います。

0コメント

10月 09 2013

神の心を第一とする

その日本を半永久的に繁栄させる具体的方法とは…その第一はもちろんこの法を拡げることです。

またそれか、と思われる人もいるのでしょうが、それはそうです。昨日も書きましたが、第一念がこの世を支配しているのですから、その最初の思いが神を思うのであれば、その神の心がこの世を支配します。そうなれば何をやってもうまくいきますし(それが自分の考え通りに行くかどうかは分かりませんが、結果的にこの方がよかった、という結果が現れるのです)自分が考えてもいないようなことも浮かんできて、予想以上によい結果が出るのです。(これが天啓です。本当の天の導きというやつです)

だからまず、この法を知り、その法の心に従って何でも行わなければいけないということです。

そうして、現在安倍総理が進めている経済政策です。法を知って、それを実践できる人を多く抱えていればいるほど、その企業の業績は上がります。(右肩上がりなどというレベルではありません。そんな企業は天がまともに協力するのですから、考えられないような奇跡が次々に起きて、信じられないような業績を上げる企業も出てくるのです)

そのような企業がたくさん出てくるのであれば、当然日本は富むということになりますので、その富で科学技術をドンドン進めるのです。

この科学も、科学者に法を知る人が出てくるのであれば、それこそどんなことを思いつくか分からないのです。現在の世界中の原発国の悩みの種である、核廃棄物の完全処理技術とか、ほとんどエネルギーを使わないで動かせる乗り物とか(例えば地球上にすでにある、磁気や重力や水や空気で動かせる車や電車、飛行機など)医療技術の考えられない発展などです。(不治の病といわれるガンや白血病なども治してしまう薬の開発とかです)

そのように経済や科学が発展するのであれば、仕事は当然出てきますし、災害の復興なども早まりますし、不便な地域も便利になります。(当然、法を知る人が多く出てくるのであれば、異常現象も収まります)

そのように形が整ってくるのであれば、法を中心とした教育を行い、当然ではありますが法を中心の教育をするのであれば、いじめもなくなり教育現場にも奇跡が起きることになりますので、そのような子供たちから、どんな天才が現れるか分からないのです。天才少年、少女が続出するという現象も起きてくるわけです。

そうして、それだけ法が拡がり奇跡が起きるのであれば、今度はこの法を世界に拡げます。そうなれば、黙っていても世界中の人たちが日本に来るようになるのです。日本には如来が生まれられたのです。高橋先生の生まれ故郷の長野や主に法を説かれた東京、大阪、園頭先生の生まれ故郷の鹿児島や、住んでいられた福岡など、如来のゆかりの地を多くの外国人が訪れ、巡礼の旅をされるのです。(法が世界に拡がるのであれば、このような多くの巡礼者は、釈尊が正法を説かれたインドや、キリストが福音を説かれたイスラエル同様、半永久的に日本を訪れることになります)

そうなれば(高橋先生や園頭先生は日本中を周られ、法を説いて奇跡を起こされたのですから)それこそ法を知った外国の人たちが、日本の隅々まで訪れ高橋先生と園頭先生を偲ばれるのです。

そうであるなら、日本のような狭い国、どこに過疎地など生まれるでしょうか?

過疎地のような大自然の中に、近代建設をほどこした超近代的な建物を立て、大自然に囲まれた近代建設の中で、心を安らかにされ法の勉強ができるのであれば、そのような場所には日本人はもちろんのこと、他の多くの国々からも人が集まってきます。そうしてその場所で心の勉強をされるのです。(逆に過疎地のような静かな場所の方が、心の勉強にはいいのです)

そのような場所を、過疎地といわれるあちこちに立てれば、これは自治体がつくる無駄な箱物と違って、世界中の人々が対象となるのですから、そうは無駄にならないでしょう。

日本中のいたるところに、多くの外国の(それも神を信じるまじめな)人たちが集まってくるのです。

法を多くの人が知り、それを実践し次々に日本に奇跡が起きるなら、それを世界に伝えるだけで、それこそ日本は半永久的に繁栄するのです。これ以上のありがたい話はないのではないでしょうか。

これを例えば、経済だけとか、あるいはオリンピックやカジノなどに限定してしまうと、必ずひずみが出てくるのです。

経済だけだと好不調の波は必ずありますし、オリンピックはその時は好調でも後で必ずその反動が出ます。(そうですよね、オリンピック景気の後は、必ずどこの国も不況が来るのではありませんか?結局オリンピックは景気の先取りに過ぎないからです。持続性がないからです)それにカジノなどやれば当然治安は悪くなります。そうして外国人も確かに日本に来るようになるかもしれませんが、それこそどんなガラの悪い外国人が来るか知れないのです。(先ほどとはえらい違いです)

このような経済やオリンピックやカジノなどは、負の遺産も大きいのです。

しかし、神の心を一にして物事を進め、そうして最後はその神の教えを説かれた方々(高橋、園頭両先生)を中心に物事を進めるのであれば、それこそ日本は半永久的に繁栄し(それも隅々まで)それに負の遺産などないときているのですから、これ以上のやり方はないわけです。

どうですか、これ以上の最善の策があるとは思えませんが、これが、神の力でそれをする、という意味です。少しはその意味がお分かりいただけたでしょうか?

すべてこの世界のものは神がつくられたのです。

それなのに、その神の心を無視してあれこれ行おうとするから、うまくいかないのです。(そんな勝手なことをしてるから、次々に異常現象を起こされるのです)

神の心を第一とすることです。そうすれば今と逆の現象が現れてきます。

次々に奇跡が起きて経済は上向き(今以上にです)復興は早まり、悩みの種の原発事故も奇跡が起きて収束が早まり、そうして今一番日本は元より、世界中を悩ましている、温暖化の影響といわれている異常気象も収まるのです。(もちろんこの辺りで起きている異常現象〔救急のサイレン〕も収まります)

そのような多くの悩みも、皆様方の心を少し変えるだけで、よい方にかわるのです。

どうですか、神の心を第一とするなら、これだけよい世界が広がるのです。しかし、現在はそれをしていません。すると、今のような地獄にも似た世界が現れてきます。

多くの人が法を学ばれるのは大事なことだと思われないでしょうか。

0コメント

10月 08 2013

奇貨居くべし(きかおくべし)

十月に入っても、連日の真夏日と台風など異常気象は止まりません。

台風二十四号の影響で、沖縄など暴風と大雨が襲い、大きな被害が出ているようで、その台風が次は九州方面に向かっているようです。

この台風二十四号は、今年日本に近づいた台風の中で一番強いらしいですね。(ほんと最悪です)それにこの秋は、台風が異常なペースで次々に発生しているようです。理由は海水温が高いだの温暖化だのいわれますが、そういう条件はこれまでにもありました。そんなことより、なぜ今これだけ次々に異常気象が日本に起きているのか?

その本当の理由を、多くの人が自覚しなければいけないのです。それまではこの異常な状況は続くのです。

中国を統一した、秦の始皇帝を育てた呂不い(りょふい・すいません、いの漢字がなかったのでひらがなで書きました)は、その始皇帝の父になる人を“奇貨居くべし”(将来値が上がる商品)と見越して、多くの投資を行います。

その結果、呂不いは秦国の宰相にまでのぼりつめるのです。

この“呂不い”のような人物は日本にいないのでしょうか?自分でいうのも何ですが、現在の日本で私以上の奇貨はいないと思いますが、誰も投資をしてくれません。

私など昨日でも道を歩けば、上空からはヘリの音、トラックやバスが横を通ればブシュブシュやられ、あちこちの民家からはドン、ガンというでかい音を立てられ、すれ違う人にまでジャリとかガサとか音をたてられ、うるさいことこの上なしです。

もう多くの人が私のことを知っているのです。これ以上の奇貨が他にあるでしょうか?

それなのに、どれだけ私が呼びかけても、私に投資をしてくれる人は現れないのです。ずいぶん先を読む目がない人が多いと思わざるを得ません。

そうではないですか?現在安倍総理が、一生懸命日本をアピールし経済再生を目指していても、それだけで日本が復活するのでしょうか?いくら日本の技術力が高いとはいえ、他国もそれに追いついてきています。もう日本は技術力だけでは食えないのです。

それは多くの人が自覚していることでしょう。だから、カジノなど他のことをして(オリンピックもそうですが)何とか多くの外国人を日本に呼ぼうと、あれこれ考えているのでしょうが、そんなこといくらやっても無駄ですね。そのようなことで一時はよくなったとしてもすぐまた悪くなります。そのようなことは、所詮は限定的、一時的なものにしか過ぎないからです。

経済でもダメ、それ以外のものでもダメ、では日本はこの先どうやって飯を食べていけばいいのでしょうか?

このような先が見えているというのに、それでも脱原発をいう人がいるのには驚きますね。原発事業をやったところで、日本の先細りは明らかなのです。それなのに、その原発さえやめろというのです。原発事故を見て、リスクの方が大きいと判断してのことでしょうが、このような意見の人が多いということが日本の現状を現しています。

今の日本の(経済的にも)苦しい現実は、やはりそのような人の心がつくっているといわざるを得ません。つまり、多くの日本人が小粒になってしまったということです。

だってそうでしょう、原発事故でもそうですが、昔の日本人ならこういう考えをしたでしょうか?

昔の日本人なら、このような原発事故を目にすれば「よし、もう二度とこんな事故が起きるような原発などつくらない」とファイトを燃やしたでしょうし「事故が起きない安全な原発をつくる」という思いとともに「世界中の原発のある国が困っている核廃棄物を、なんとしても処理できるようにしよう」と考え、その研究を進めたでしょう。つまり昔の日本の人々は、プラスプラスに考え、そうして自分の国のことだけではなく、他国のことも考えて行動を起こしたということです。(あの大東亜戦争でも、日本一国のためにしたわけではないのですから)

ところが最近の日本人は、マイナスマイナスに考え(原発事故でもそうです。事故が起きたらどうするのか?その考えが一番最初に来ます)その後にプラスの思いを付け加えるのです。それでは、マイナスのことしか生じてこないのです。なぜなら、思いは実現するのですが、その物事が実現するのは一番はじめの想念が一番影響するからです。

つまり一番はじめにマイナスの思いを持つと、マイナスの現象しか生じてこないということです。

現在の日本がなぜこんな状況なのか?(経済的にもです)この事実を知るのであれば、お分かりいただけると思います。

多くの日本の人々が、マイナスの思いを一番最初に想念しているからです。これではよくならないのです。

このようなことを考えるのであれば、呂不いのような人物が、日本に現れないというのもよく分かります。やはりマイナスの思いを持つ人が多いということと、そうして部分的にしか物事を見れない人が多いということです。

呂不いは先を見る目もありましたが、人より大きく物を見る目もありました。そのような大きく見ることができる心が、後に中国統一を果たすことができる、秦の始皇帝という人物まで生み出すことになったのです。

そのような大きな心で見るのであれば、私ほどの奇貨はないと思われないでしょうか?

私は日本を経済大国などにしようとは思っていません。(もう無理でしょう)もちろんカジノや何やらで人を呼ぼうとも思っていません。(そんなの限定的ですから)

では何で日本を繁栄させるのか?ということです。

それを私は神の力でそれをするといっているのです。

そこだけ聞くと、そんなことできるかと思われるでしょうが、その神の力とはすべてをさしていっているのですから(この世界はすべて神がつくられたのです)限定的ではありません。もちろん一時的でもありません。半永久的に日本が繁栄する方法をいうのです。

その具体的方法とは……次回に続く。(笑)

0コメント

10月 07 2013

神の業の記録

昨日は暑かったですね。(昨日も、と書いた方がいいのでしょうか?)

神戸では、史上最も遅い三十度以上の真夏日が記録されたようですが、昨日の近畿地方は真夏日のところが続出したようです。

昨日は名古屋も真夏日だったのですが、昨日の真夏日で名古屋は、年間のこれまでの真夏日の記録を更新したようです。今年は(今日も暑そうですし)真夏日の記録がどこまで延びるか分かりませんね。

宮崎では突風が吹いて、多くの家屋が強風で破損されたそうですが、まったく秋なのか夏なのかよく分からない気象です。

それも台風の影響らしいのですが、その台風二十四号が日本に向かっています。その前の台風二十三号も、沖縄などに被害をもたらしていますが、この二十四号はそれより強いようで、ほんと日本に来る台風は強いか大きいかのどちらかです。あまり発達しない台風はいくらでもあるのに、本当に運が悪いです。

というより、皆さんの心がけが悪いからこうなるのですが、多くの人が何でもかんでも人のせい(最近の台風は温暖化のせいですか)にしていますが、昨日のブログを読んでもらえれば、お分かりいただけると思います。

「善因善果、悪因悪果」は神理です。

このような悪い現象ばかり続けて起きているのは、皆様方に原因があるのではないでしょうか?(自分たちが不幸の原因をつくらなければ、自分たちが不幸になることはありませんから)

自然現象は仕方ない、ではなく、自然現象さえ悪の原因を私たちがつくらなければ、悪い現象を現さない(あまり大きな台風は来ない)ということです。この「善因善果、悪因悪果」という法則は、すべてのことにおいて作用しているのです。

その悪因悪果の現象が、まともに現れているのがこの辺りなのですが、どうしても皆さんそれを認めたくないようです。(前の会社の連中は相変わらずだし、バスの運転手なども意地になってブシュブシュやっている人いましたし)

しかし、それでは救急車のサイレンは止まらないし(さっきも聞こえていましたし、今日だけでも朝から何度も聞こえていました)また今度の台風で大きな被害が出るんでしょうね、日本中で。(それもこれも多くの人が悪の原因をつくっているからです)

こう誰も変わろうとしないと、こちらもほんとやる気がなえますね。(同じことの繰り返しですからね)人の顔を見れば、怒るか顔を引きつらせるかして、やることといえば嫌がらせです。昨日など、私の顔を見た小さな女の子が、顔を引きつらせて固まってしまい、私がそちらに歩いていくと、泣きそうな顔になって足早に私から離れていきました。まったく泣きたいのはこちらの方です。

一体何がこの辺り起きているんでしょうか?(誰も教えてくれないものですから全然分かりません)

ですから、このブログを見ている賛助会員の方々にお願いしておきます。(といってもわずか数人ですが)もし、住んでいられるところで、私の噂など聞きましたらぜひ教えてください。そうして、また何か異常なことが起きはじめましたら(例えば名古屋で起きているような、毎日救急車のサイレンが何度も聞こえてくる、というようなことです)それも教えてください。(メールに起きていることを、できるだけ詳しく書いていただけるとありがたいです)そうしていただければ、こちらも非常に助かります。

なぜなら、今起きている神の業をできるだけ正確に記しておくことは、神をなんとも思わない、現在の多くの人たちへの反省を促すとともに、後世の人たちへの記録となるからです。

この時代の多くの人が、神を神と思わず神に逆らい続けたばかりに、次々にこのようなことが起こされた、という記録は、後々世界中の人々に大変な衝撃を与え(神を認めている国は世界中にたくさんあるからです。また、神を認めていない国でも〔共産国家など〕このような事実を知れば、神を認めざるを得なくなるからです)そうして後世の人たちへ神への大きな戒めとなるからです。(つまりこのブログは、後々は今ある聖書や仏典のような役割を果たすことになるのです)

だから、神の起こされた業をできるだけ詳しく知りたいのです。その一つ一つが後の人たちに大変大きな衝撃を与え、心の成長を促すことになるからです。(神を強く思えば思うほど心の成長は早まります。神の心を知ることが、私たちの心を成長させることになるのですから。だから、神の心を知ろうとしない、現代の人々は心が成長しないのです)

この辺りの人たちは(特別この辺りの人たちだけではありませんが)私の邪魔をするだけでなく、そのような後の人たちにとっての、大変大切な記録さえも残そうと思わないのです。そのような考えもまるでないのです。これではあまりに考えていることが違いすぎて、うまくいくはずがありません。(というより、あまりに神のことも人のことも考えないのです。少なくとも私は、神はもちろんのこと、現在の人、そうして後世の人のことまで考えて、このブログを書いています)

しかし、分からない人にそれをいくらいっても分からないでしょう。分かる人だけでやるしかありません。

そのようなわけで、賛助会員の方々には、ぜひご協力をお願いしたいと思います。(別に他の方々も協力していただければ結構ですが、誰も協力してくれそうもありませんので)

しかしこのブログは、後の世界中の人々に大きな衝撃を与え、神の存在を知らしめることになります。そのためにも今起きていることは、できるだけ正確に記しておきたいと思っています。

0コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。