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6月 21 2013

このブログの意味

やはり昨日など六月としては記録的な大雨となりました。(心配していたとおりですね)

各地で土砂崩れや川の氾濫など起きて、浸水被害や田畑が流される被害など起きていますが、今日はまだこれから台風が来ます。(どうやら九州直撃コースですね)どれだけ被害が拡大するか分かりませんね。

それもこれもすべて皆様のせいなのですが(などと書くものですから、それに怒って朝からガンガンやってるとこもありますが…相変わらず反省しません)一向に考えをかえようとする人が現れません。誰も神の運動を手伝う人が現れないというのであれば、このような状況は続きます。(このブログ書くのを邪魔したくっている人もいますし、ほんと神の運動を邪魔する人しかいません。最悪ですね)

それしてもどう書いたら、もう少し自覚を持ってもらえるのか、もう書きようがないとこちらも匙を投げたくなりますが、それをしてしまった時点で日本も終わってしまいます。分かってもらえるまで書くほかありません。(こうしてる間にも大雨被害は出ています。少しでも早く理解してもらうためにも書くしかありません)

いい加減ご理解いただけませんかね、このブログを読んでいるということの責任の重大さを。(興味本位で読まれていても困るのです)

私は民主政権(共産主義政権)ではいいこと起きません。だから早く政権をかえないといけないと再三このブログに書いたのです。そうしてかえるなら自民党政権にしないといけない、総理は安倍総理にしないといけないということも、早くから書いているのです。(前のブログを読み返していただければ分かります。いった、いわないではなく、証拠がちゃんと残っているんですから、これ以上確かなものはありません)

そのとおりになったではありませんか。民主が政権を降りて総理が安倍総理に代わったとたん、景気は上向いて日本は復活しつつあります。(G8の首脳会議から昨日安倍総理は帰国されましたが、日本の回復は世界からも注目されていました)

日本がこのようになるなど、民主政権時に考えられたでしょうか?

あの当時、そんなことを思う人など一人もいなかったはずです。自民党に政権がかわろうと誰がやっても同じだ、このような景気低迷のデフレ状態は続くと、思っていた人がほとんどだったんじゃないですか、あの民主政権末期は。

しかし、私は自民党政権になり、安倍総理になれば日本は復活すると、ちゃんとブログに書いています。(ただ、これだけ急激によくなるとは思いませんでした。これは安倍総理が総理を辞められた後、よほど勉強していられたのでしょう。だから、安倍総理になったとたん、次々に奇跡が起きて日本がよくなっていったのです。そういう陰の努力をしていたか、それともしていなかったかということは、このような現象で分かります)

そればかりではありません。私はあるスポーツ選手なども(いい時に)この選手はこれから悪くなって、もうよくなることはないと書いて、それもそのとおりになっているではありませんか。(それも前のブログを読んでもらえれば分かります。法に縁があるのに、法の流布の手伝いをしようとしなかったからです)

よいことも悪いことも、ここに書いたとおりになっているのです。この法の手伝いをしないとよくないことが起きると書いて、それもそのとおりになっているではありませんか。

ここに書いていることが、次々に実現しているのです。そういうブログを読んでいる人が、ただ読んでいるだけで何もしなくてよいと思われますか?(よいと思っている人ばかりだから、よいこと起きてないんですけどね)

一方では私がいっていることが実現しましたので(自民党政権、安倍総理)その部分だけはよくなりつつありますが、他方、誰も法の流布を手伝おうとせず、邪魔ばかりしていますので、当然その部分はよくなることはありません。(天変地変は続くということです。天気ばかりでなく、風疹なども今年は異常な流行り方をしています。〔すでにこれまでで最も多い患者数を記録しています〕次々に天災が起き疫病が流行るなど、典型的な天罰そのものですね)

どれだけ景気がよくなろうと、異常気象が続けば日本はダメになります。(それはそうでしょう、天気が安定しなければ、どれだけお金を儲けても、自分や自分の家や会社が災害に遭えば何もなりません。その儲けた金などあっという間になくなります)

どちらにしても、このような異常気象が続けば平穏な生活など望めないのです。

それもこれも皆様方が、神を無視し神の運動をしようとしないからです。

では神が、太陽の光熱費を請求されたらどうされますか?あるいは雨が降るごとに、その水の代金を請求されたらどうなるでしょう?神にそんな請求をされたら、すべての人は破産するということです。

そのようなものすべて私たちは、神から“ただ”でいただいているのです。

そうであるならば、その神に対し少しくらいのお返しは、人として当然するべきことではないでしょうか。そのお返しとは、本当の神の教えを勉強し、それを多くの人に伝えることです。それが神に対する唯一の私たちができるお返しなのです。(だから、それをしている私には次々に奇跡が起きているのです)

自分たちは、何も悪いことをしていないといくら言い張ったところで、そのようにいう人に何の奇跡も起きないのです。では、何もいいことをしていないのではないでしょうか?私たちはいいこと(神の運動)をしないといけないのです。(そのためにこの世に生まれたのですから)いいことをしないということは、それはすなわち悪なのです。(だから、そのような人たちにも悪いことが起きるのです。私に嫌がらせなどしている人はもう完全な悪ですね。何が起きても文句いえません)

いつまでも悪いことが起きているのを、無視したり人のせいにしていても何もかわりません。

そのようなことが分かる、このブログの重要性をもっと認識してください。(だから私は、何もやる気がない人は、このブログを読まない方がいいと再三いっているのです)

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6月 20 2013

唯物無神論の恐ろしさ

やっと雨が降ったと思ったら、各地で大雨となって(石川県など一日で、例年の六月に降る雨の量を超える量の雨が降ったところもあるそうですね)浸水被害に遭うところまで出てきているようですが、これからまだ台風も来ます。川の氾濫や土砂崩れなどの大雨被害には気をつけないといけませんね。

それにしても、先月から続いていたカラカラ天気が、やっと解消されるかと思えば今度は大雨の心配です。どう転んでも天気はいい方にいってくれないようです。皆様方の心がけの悪さがモロに出ています。(笑)

笑い事でもありませんね。先月から続くカラカラ天気で、多くの農家の作物がだめになり、それが終わるかと思いきや、今度は梅雨前線や台風の影響で大雨被害を心配しなければならないとは、どれだけ罰当たりな人が多いのか、と一昔前の感覚ならそう謙虚に思う人も多かったのですが、いかんせん最近は、唯物無神論という恐ろしい思想に毒された人ばかりです。まったくそんなこと思わないばかりか(そのような思いがかけらもないのですから当然)自分たちの行いを反省しようともしません。

こんな両極端な天気が続くのも道理でしょう。

しかし、私が何をいっても反省しようともしなければ行いをかえようともしません。(そんなこといってる私が、嫌がらせされるくらいですから)罰当たりな(それはすなわち気づきの)現象は、まだまだ続くことになります。

ずいぶん前から、おかしなことが起きているこの辺りの人でさえ、どれだけ恐ろしいことが起きても、それはおまえのせいと相変わらず私に嫌がらせを続け、絶対に自分たちが悪いとは思わないのですから、どれだけ全国規模で異常気象が起きていても、個人的に何も起きない人が、自分が悪いと思うのは至難の技かもしれません。(そんな自分が悪いとは絶対認めない人たちが、自分の国である日本は悪い国であると認めているとはこれいかに〔笑〕)

しかし、恐ろしい現象がこれだけ続いているのです。いい加減私がいっていることが理解できませんかね。もう唯物無神論など間違いであるとお分かりいただけてると思います。(もうこの理論は破綻してるでしょう)

であるならば、少しは神の心に従順になられたらいかがでしょうか。

このブログを読んでる人(または私のことを知っている人)以外は、気づこうと思っても気づきようがないのです。(まだ、そのような人たちは唯物無神論の人か、間違った教えに騙されている人が大半だからです。このような天気と人の心が関係あるなど考えもしません。高橋先生の弟子たちでさえそうなのですから)

気づいている人が心と行いをかえないと、そのような人たちの心と行いはいつまでたってもかわらないのです。

とりあえず、この運動に少しで結構ですからご協力願えないでしょうか?それに、ただでいろいろな知識を得るということを、厚かましいと思われないでしょうか?もし「そんなことなんとも思わない、ただ人のブログを読んでるだけではないか」と思われる人が多いというのであれば、そのような思い自体、神を冒涜するものなのです。(それはそうでしょう、ここに日常の起きたことを書いているだけではありませんからね、神の教えを書いているのですから)

半分は唯物無神論を否定し、もう半分はまだ唯物無神論の心のままでは(だから、自分が何かしても同じだと思って何もしないのです。神の教えを説いている者に、布施することの大事さが分からないのです。それくらいのことと軽く考えているのです。その者に嫌がらせなどしている者が、どれだけ恐ろしい目に遭っていてもです。その事の重大さが分からないのです)その間違いを気づかせようと、よけい天からの御業が次々に降りることになります。

このままではまた各地で大きな被害が出ます。少しは心とは行いをかえられてはどうでしょうか。皆さん方の心と行い一つで天気など、どうとでも変わるのです。

このように考えるのであれば、唯物無神論などという思想に、いつまでも毒されていることが、どれだけ恐ろしいかお分かりいただけると思います。

何度もいいますが、このような日本の状態を救えるのは、唯物無神論という悪の思想から脱しつつある皆様方だけなのです。

追伸……昨日兵庫県の高校で、体調不良の女生徒十八人が病院に搬送されたそうですね。

最初に体調不良を訴えた女生徒は、生徒の間で霊感が強いということで有名な生徒だったそうです。

その霊感が強いといわれている女生徒が、泣きわめくなどのパニック状態となって、しばらくして、そこにいた他の女生徒も、次々に同じようなパニック状態となって(中にはケイレンを起こすなどして症状が悪化する生徒もいたそうですが)十八人が病院に運ばれたそうですが、これなど、おかしな霊に憑依された典型的な例でしょう。

精神科医だか誰だか知りませんか、感受性が強い年頃だから、それが伝染しただの何だのいっていましたが、霊の存在をまったく知りませんので、ああいう言い方になるのでしょうが、そのような子がいるところは非常に危険ですね。

そのような霊感が強いなどといわれる人は、まず地獄霊が憑いています。(その地獄霊が観えないものを観せたり、耳元で何か教えたりしているのです)その地獄霊の作用でこのようなおかしな現象が起きるのです。(このような地獄霊は仲間もたくさんいます。おかしな霊がたくさんよってきたのでしょう。そう考えるとゾッとしますね)

このような事件を知れば知るほど、早く法を多くの人に知らせないといけないとつくづく思います。このような事件だけでなく、無差別殺人や異様な事件を起こした犯人が、よく「そのような事をやれと誰々にいわれた」などと口走っているものも、百パーセント地獄霊です。その地獄霊にコントロールされ、おかしな事件を起こしてしまうのです。

このようなおかしな事件を減らすことも、この法が拡がるのであればできるのです。

法の流布を急がねばならない、そう思えてなりません。

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6月 19 2013

時代錯誤

前回、前々回に関連したことをもう少し書きますが、最近の日本は、右傾化している、右傾化しているといわれ、それを批判する人も多いのですが、では、そのようにいう人は、これまでどうりの連合国からいわれたままの(それはすなわち洗脳されたままの)歴史認識で、中国、韓国から何かいわれれば謝って、いいなりになり卑屈な態度をとり続ければいいといわれるのでしょうか?(それでは奴隷とさほど変わらないと思うのですが、これが洗脳の怖さです)

それでもいいと思われる人は、せいぜい右傾化、右傾化といっていればいいのでしょうが、私はいやですね。だから、そのような歴史認識や日教組の偏向教育(前々回書きましたが、アメリカ人のマイケル・アームストロング氏まで、それを認めているのですからそれは事実でしょう)に異を唱え、考え方を変えないとダメだといっているのです。

だから私は、日本の今いわれている歴史観はおかしい、日本は侵略国家でもレイプ国家でもない、よい国であったのであり、韓国や台湾を補助発展政策(韓国や台湾に対しての“植民地政策”という言い方は、明らかにおかしいと思いますので勝手に言い方変えました…アレレ、何か外交逆なでしてますか?別にいいでしょう、一民間人がブログに何書こうが)で成長させ、他のアジアの国々の西洋諸国からの植民地支配打破のため、あの大東亜戦争を日本は戦ったのである、といい続けているのです。(別に日本を美化しているわけではありません。それが事実だからそういっているに過ぎません。もちろん私は、戦争賛成論者でもありません。戦争など大反対です。しかし、日本はあのような状況でやむにやまれずたったのだ、ということをはっきりいいたいだけです)

そのような(善い)国であったから、お釈迦様はこの国を再生の地として選ばれたのです。(結局これが一番いいたいわけですが)

よく右傾化しているといわれる人を、時代錯誤といわれますが、それはまったく逆ですね、このような事実をしっかり見ようとしない、左傾化している人こそ、もう時代錯誤の人なのです。なぜなら、そのような左翼思想など二十世紀の唯物無神論思想とまったく同じで、神を認めない、事実を事実として認めない、国を滅ぼす、人を滅ぼす思想でしかないからです。

つまり末法の思想そのものであるということです。(それはもう時代錯誤でしょう、すでに正法の時代となっているのですから)

だから、今度の自民党の安倍内閣には期待しています。時間はかかっても、事実は事実として認識できる、そのような普通の国(それが普通ですよね、今のように洗脳された人々がたくさんいる国の方が異常です)をぜひつくっていただきたいものです。

期待しています。

(前回、元自民党の長老の話を少し書いたのですが、それで思い出しました。そういえば園頭先生は、自民党の国会議員の方のお一人と親交を持っていられました。〔たしか選挙の時に正法会の会員の方が、その方の選挙事務所に手伝いに行ったこともあったと思います〕その方は「国会議員の仕事に命を懸けている」と園頭先生はよく誉めていられました。その園頭先生と親交のあった自民党の議員の方とは、島村宜伸氏です。そのような方が国会議員を引退されたのは、本当に惜しいです)

追伸……今日の新聞に出でていましたが、動物の体内で人の臓器をつくる研究を政府が容認したそうですね。

しかし、この研究は明らかにやりすぎです。動物の体内でつくった臓器を人に移植するなどしては、その人は人か動物か分からなくなります。これは人の尊厳を貶めることにもなり、このようなことをしてはならないのです。ある程度の研究でとどめるべきでしょう。

前にも書きましたが、不自由な体で生まれてきた人は、その不自由な体でこの世を渡っていかないと、自分の心の勉強にならないのです。この世からだけ見て、肉体を健康にすればよいという問題ではないのです。人には人の心の勉強の仕方があります。もっと、人としての心を重視すべきでしょう。

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6月 18 2013

歴史の真実

前回のブログの続きになりますが、秀吉、家康が天下統一を果たした当時、それではなぜポルトガルは、日本に攻め入ってこなかったのでしょうか?それを書いておきましょう。(現在の日本とも非常に共通点が多いですから)

それには次のような理由があるからです。

同じく園頭先生のご著書「正法と現代宗教」から抜粋します。

<家康が天下を取ってまっ先にやったことは、朝鮮との修好であった。

ポルトガルの東洋管区長だったコヨリテは、当時のポルトガル艦隊の前線基地であった寧波から、武装艦隊を率いて平戸に現れ、秀吉を恫喝した。これに激怒した秀吉は、一転してキリスト教追放に激変し「宣教師は出て行け」とシュプレヒコールをあげる。

その後ポルトガルが直接軍隊を持って来なかったのは、1543年にポルトガル船が種子島に漂着してからわずか四十年間に、おびただしい数の鉄砲が日本で製造されて武装されていることを知り、武力による支配はできないことを知ったからであるという。

家康は、全知全能を傾けてポルトガル=キリスト教会の世界支配の脅威を払いのけ、日本国の独立を守り抜いた。家康は、秀吉以来の伝統と危機意識を継承し、国内戦争の激化にもかからず、しっかりと国そのものの独立を守った。国内では商業を奨励し、交易を広め、金銀鉱山を管理し、経済改革を推し進めた。

家康が日本の独立を守りぬくことができたのは、豊かな国際感覚をもって、絶えず内外の情報を収集していたからである。>

この当時は、日本全体で百万丁の鉄砲があったといわれますが(実際はそんなにはなかったと思いますが)それに一人一人の戦国武士が勇猛果敢であり、その戦闘力の高さを知って、他のアジアの国々を侵略しまくっていたポルトガルも、この当時の日本を植民地にするのは諦めたようです。

この戦国時代の日本が、なぜ西洋諸国に侵略されなかったのか、このようなことを知れば分かります。

戦闘力が高かったから、それが抑止力となり、日本は西洋諸国の植民地化をまぬがれたということです。(武力が抑止力となったのです)

このような事実があるにもかかわらず、現在の日本は防衛費を削れというのです。(安倍政権になり少し増えましたが)その方が戦争にならないというのです。その方が日本は守られるというのです。(まるでいっていることが逆なのです)

そういっていて、アメリカの追従はやめろというのです。真の独立国家となれといっているのです。(でも憲法改正は反対らしいです。いってることが支離滅裂に近いです)武器を捨させて味方をなくして、皆さん平和な世界にしましょうなど、まるで戦国時代のキリスト教の宣教師のようです。(そのあと他国から侵略を受けるのですが)

こういう人を売国奴というのです。

このようなことをいっている人が、いかに愚かか分かります。社会、共産主義者(神の心から最も遠い人)とは、こういう人のことをいうのです。

これは何も、民主や社民、共産党の人ばかりとは限りません。そのような人は自民党の中にもいます。先ごろ中国を訪問した、元自民党の長老といわれる人たちもひどいものです。日本のためにやっているといわれますが、どこをどう見ても、あの人たちの発言は、中国のためにやっているとしか思えません。(だから平気で、共産党の赤旗のインタビューなど受けれるのです。普通なら自民党にいた人が、赤旗のインタビューを受けるなど考えられないでしょう。〔恥ずかしくないのでしょうか?〕このような人たちは自民党にいたというだけで、所詮は共産主義者だったのです)

本当に戦争を起こしたくないのであれば、現政権である安倍政権を応援すべきでしょう。この自民党の長老といわれる人たちは、自分たちは実際に戦争を体験しているからと、二言目にはそれをいわれますが、私は実際に戦争で出征されて、大尉として部下を指揮し戦われた、園頭先生から戦争のことから歴史から学んでいるのです。そのような長老連中など、ただ戦争中にいただけで、何で日本は戦争を起こしたのか本当の理由も分からず、ただ連合国からのいわれたままの歴史を、信じているだけの人たちではないですか。(それはつまり連合国から洗脳されている、ということです)

そんな人たちが、真に日本のために働けるわけがないのです。あの大東亜戦争の真の意味など分かるわけがないのです。

戦国時代の秀吉や家康の言動を見れば分かります。大東亜戦争時も、その戦国の時と状況は変わっていなかったのです。だから、秀吉や家康がやったように、韓国や台湾を植民地とし(ただし、日本がやった植民地政策は西洋とはまったく違っていました。搾取どころか、その国に日本の金をつぎ込み発展させたのです。〔これは事実です。少し調べてもらえばすぐ分かることです〕だから、植民地という言い方はおかしいのではないでしょうか。もっと別な言い方をした方がいいと思います)中国にも出て行ったのです。

しかし、それは秀吉の朝鮮出兵と同じ理由であり、そのまま手をこまねいていては、西洋諸国から日本が侵略されるので、日本の祖国防衛のためそうしたのであり、侵略のためにそうしたのではありませんでした。(そればかりではありません、日本はアジアの国々のことも考え、そのような行動をとっていたのです)

これが歴史的事実であり日本の本当の歴史なのです。(だから、中国、韓国、北朝鮮などの国以外のアジアの国々は、日本に感謝してくれているのです)

歴史は表面上だけ見ていても真実は分かりません。なんでもそうですが、より深く知ることが事実を知ることになるのです。

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6月 17 2013

歴史の見方

檀家制度が始まる頃の時代背景をもう少し詳しく書いておきましょう。

園頭先生のご著書である「正法と現代宗教」から抜粋します。

<日本人は総合的に判断する能力に欠けている。その一つが歴史の見方である。たとえば、徳川家康が天下を取った時、隣の中国はどういう状態であったか、西洋はどうであったか、という見方、教え方はされてこなかった。

日本の学者と西洋の学者の、ものの見方がどんなに大きく違うかということを、見事に教えてくれる本がある。『アメリカ人のみた徳川家康』(マイケル・アームストロング著、宮崎正弘訳、日新報道出版)、この本は、当時の国際状勢の理解の上に立って、なぜ徳川幕府が檀家制度をつくらせるに至ったかということを、明確に示してくれている。

まず、アームストロング氏は、日本人の歴史観の欠陥が何に起因しているかを次のように述べている。

〔結局、日本人が日本の歴史を客観的にみることができないのは、日教組偏向の歴史教育もさることながら、教科書を「日本史」と「世界史」とに分けているからである。この二つを分けて教えては、日本人に鎖国根性があったと思い、未だにそれが残るのは当たり前である。世界史の中での日本史を教えてこそ、客観的な日本の歴史について、虚心に学ぶことができる。〕

この見解は大いに注目する必要がある。

日本が鎖国した理由

さて、1479年(文明十一年、蓮如上人が山科に本願寺を建立した頃)イスパニヤ(以後スペインと書く)とポルトガルは、ローマ法王の仲裁によってアルソバァス条約を結ぶが、この時のローマ法王は、ポルトガルに対して、日本を植民地にするよう許可を与えた。これを機に、スペインとポルトガルは、片手に聖書を、片手に鉄砲を持って、侵略を開始した。

スペインはアフリカから中南米へ、そうしてフィリッピンへと侵略の手を伸ばし始めた。

それぞれの民族が、数千年の歴史の下に築きあげた、大切な独自の文明と文化を破壊した。キリスト教の猛威は、すべてを破壊し尽くし、現地住民を否応なく、ヨーロッパの風習に従わせた。マヤやインカの文明は消滅し、スペインはこの国の財宝をことごとく本国に持ち帰った。

フィリッピンにカトリック信者が多いのも、約三百年間スペインが統治したからである。

ポルトガルはアフリカからインド洋へ出て各地を植民地にし日本侵略の拠点を中国のマカオ、寧波に置き、そこからまずカトリックの宣教師を送り込んだ。

ポルトガル人たちは、猫なで声で異文化の贈り物を持ち込んで大名をオルグした。その結果平戸、天草、大分から山口をはじめとし、キリスト教は、はしかのように日本中に伝染していく。

それ以前にもポルトガルとの接触はあった。種子島に漂着したポルトガル人が持っていた銃が、日本に初めて鉄砲を伝来させたことである。この銃を見て、薩摩で鉄砲をつくり、さらに織田信長も鉄砲をつくらせた。

豊臣秀吉は最初堺の商人に海外貿易を許していた。当時、内地で志を得なかった武士達が海外で貿易したり、時には略奪したりしたが、彼らが集めた情報が秀吉の耳に入った。

日本の歴史家は、秀吉の朝鮮出兵は、老いぼれの権力支配欲が引き起こしたものだといっているが、フィリッピンを占領したスペインは、明の侵略を狙い、明はまた朝鮮半島の支配を狙っていた。当時の朝鮮は少しもその危機に気づいていない。秀吉が明に修好の使節を送っても受け付けずに、追い帰した。朝鮮出兵は、当時の日本としての自衛戦争、祖国防衛のための戦争であったのである>

最近は、グローバルということをよくいわれますが、歴史の見方こそ、そのような感覚が必要であり、日本史、世界史と分けて考えてしまうと、正しい歴史認識はできないのです。

秀吉や家康が天下を取った戦国時代でさえ、西洋からこれだけの侵略の魔の手が伸びていたのです。(キリスト教の牧師を先に侵略する国に送り、そうしてその国の国民にキリスト教を説いて、武器を捨てさせたあと侵略する、というのは西洋諸国の侵略する時の常套手段でした。だから秀吉、家康はキリスト教を禁止したのです)

このように考えるのであれば、あの大東亜戦争を行った時の昭和の時代はどうだったでしょう。この戦国時代からの、西洋のアジア侵略の構図は変わっていませんでした。この当時も次々に、アジアの国々は西洋諸国に植民地化されていたのです。

そんな時に日本だけが西洋の植民地化を逃れることができるでしょうか?できるわけがないのです。その当時の世界情勢を少し勉強すれば、日本はやむにやまれずたったということは、誰でも分かることなのです。

この当時の、世界の歴史と日本の歴史を同時に勉強するのであれば、日本が侵略国家であったのか、それとも西洋諸国が侵略国家であったのかは、おのずと答えが出てきます。

歴史を見る時には、世界史と日本史を同時に知らなければ真実は分からないのです。

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