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10月 24 2011

大阪都構想

大阪の橋下知事が辞表を出されました。“大阪都”実現のために今度は大阪市長となって、大阪市をぶっ壊し二重行政の解消を目指されるとか、鼻息が荒そうです。

賛否両論あるようですが私は賛成です。よいことではないでしょうか、愛知の大村知事と河村市長もそれを目指して頑張っていられるのですから、応援しないといけませんね。

ここ二、三日のテレビなど観ますと、橋下知事が「この国の政治に足らないところは独裁です」と言われているところばかり出てきますが(よほどこの部分がマスコミは気に障るのでしょう〔笑〕)では、マスコミの方々にお聞きします。

よくマスコミは、強いリーダーシップを持つリーダーが必要だ、と言いつつ、それらしい人が出てくると、すぐ独裁はいけないと言われます。

強いリーダーシップを持つリーダーと独裁者の違いは何でしょう?

それを分かりやすく教えていただきたいのですが…。(こんなの簡単な質問ですよね、マスコミの方々からすれば。だってあれだけ普段から言われているのですから)

中東の独裁国家ではあるまいし、少し一人の人が何かやると、すぐ独裁だ、独裁だ、と言われますが、それほど大袈裟に言うことでしょうか、一人の人が独断でやってしまうといけない、という風潮が日本には昔からありますが(江戸時代の五人組制度が影響していると思われます。また、そのことはくわしく書きます)それだと釈尊もキリストも独裁者であった、ということになってしまいます。

要は何をするのか、その中身の問題なのではないでしょうか。

しかし、橋下知事は少々きつい言い方をしてもいいんじゃないですか、だって大阪は橋下知事が知事をやられる前までは破綻しかけていたのです。それを立て直されたのは橋下知事でしょう。この大阪都構想が失敗しても元々ではないですか。(どっちみちあのままでは大阪は破綻していたでしょうし)

少々無責任な言い方かもしれませんが、橋下知事もそれくらいの気持ちでやらないと、そんなに簡単に(都の実現など)やれるものではないのですから、開き直ってやられるほかないのではないでしょうか。

橋下知事は、あの超問題であった大阪を(ちょっと失礼ですか)黒字化したという実績があるのです。こんなこと誰にでも出来ることでもないでしょう、なぜ、このようないいところをもっと多くの人は評価しないのでしょうか?(園頭先生は、人の悪いところより、よいところを見ないといけない、とよく言っていられました)橋下知事の手腕は確かなのですから、このようなこと(大阪都構想)にもチャレンジしていただいて、どのような結果が出るのか見てみたいとは誰も思わないのでしょうか?

重箱の隅を楊枝でほじくるような、あまり細かいことばかり言って、このような人を潰してしまっては、いつまでたっても新しい人は出てきません。それでは日本の損失です。もう少しおおらかに見て、人を育てるということも大事なことなのではないでしょうか。(最近“おおらか”などという言葉は死語ですね…ほんと小さな人が多くなりました)

子供は親が育てなければいけませんが、大人は社会で成長するという部分は当然あるのですから、細かいことばかり言って(ましてどこかの国会議員のように人の言葉尻つかまえて)文句を言っていては、よい芽も摘んでしまうということになりかねません。結局それでは自分たちが損でしょう。大所高所にたった見方が大事なことであると言えるのではないでしょうか。(自民も、もう少し政策で勝負していただきたいものです。でないと、自分たちが今度与党になった時も同じことをされます。政策で勝負しているのであれば、逆の立場になった時「そんな小さなことを国会で言うより政策で勝負しなさい」と堂々と言えるのではないでしょうか。いくら同じことを昔されたからとはいえ、同じことをやっていては進歩がありません。自民は違うというところをぜひ見せていただきたいものです)

しかし、橋下知事にも一つだけ残念なことがあります、もちろんそれは法を知らないということです。

法を知っていれば正しい祈り方が分かるでしょうし、正しい祈り方が分かれば、当然、天の協力が得られます。心が正しければ天の協力は得られますが、正しい祈りをしながら進まれた方が天の協力は桁違いです。(ありえないような奇跡が普通に起きるのです…現在の日本のように)

橋下知事は祈りの仕方を知りません。それが残念といえば残念ですが、しかし、それは法が拡がっていないのですから仕方ありません。(なんなら教えましょうか、祈り方を)

どちらにしても橋下知事には期待しています。地方はこれからどうあればいいのか、その一つの政策としてよい結果が出ることを祈っております。

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10月 22 2011

続、法を継ぐということ

法を継ぐという意味をもう少し詳しく書いておきましょう。

高橋信次先生の後継者は園頭広周先生でした。しかし、このことを言う人は現在誰もいません。高橋先生の弟子たちはもとより、園頭先生の弟子であった人たちも、それを言う人はほとんどいないのではないでしょうか。

高橋先生の弟子たちは、園頭先生も同じ高橋先生の弟子の一人であり(肉親である娘が後継者になることは認めても)自分たちと同じ高橋先生の弟子たちの中で、他の人が高橋先生の後継者となるなどプライドが許さないのです。(ただそれだけの理由です。法の理解度や人格など一切関係ないのです。〔逆に言えばそれだけ観る目のある人が少なかったとも言えますが〕とても法を勉強していた人たちとは思えません。だから園頭先生が高橋先生の後継者である、と認めるはずありません。このような理由でどっかのオバちゃんも私を認められないのです)

園頭先生の弟子たちも同じです。園頭先生が亡くなられると、もう他の人を先生と崇め、法とは違うことを言われていても分からないのです。法を浅くしか理解していない人が多かったからです。(それは正法会で東京支部長をやっていた人が、園頭先生が倒れられると途端に不遜な態度を園頭先生に取られた、ということでもその事実が分かります)

その中ではっきり“高橋先生の後継者は園頭先生であった”と言っているのは私くらいなものです。

それは高橋先生が「私が説いたことを一から十まで全部分かっているのは、園頭さんが一人だ」と言われた言葉で分かります。

そうはっきり高橋先生が言われていても、他の人は高橋先生の後継者が誰か分からないのです。(園頭先生は、高橋先生のお言葉どおり、それから二十年近くの間、多くの人を奇跡的に癒し、法をより分かりやすく私たちに教えてくれました)

では、園頭先生が亡くなられた現在、法は誰が継いでいるのでしょうか?(あちこちに後継者と自称している人はいますし、法は弟子だった人たちが皆で継いでいるので〔ほんとに正しく継いでいるのでしょうか?〕それでいい、と言っている人もいますが)

園頭先生は自分の後継者が誰とは言われませんでしたが、ご自身が倒れられる三ヶ月ほど前に、正法誌に不思議な手紙を書かれています(こんなことを一人の人宛に書かれたのは後にも先にもこの時だけです)それが“ある人への手紙”でした。

「あなたとの出会いによって、日本の運命を替えることになりましたことをお互いに祝福いたします。忘年会へのご出席ありがとうございました」

という、書き出しから始まるこの手紙は、園頭先生がこれまで歩いてこられた道と正法会の現状が書かれ、園頭先生ご自身が、これからアメリカに法を拡げていくことが書かれてあります。そうして最後に、

「あなたとの出会いも不思議でしたが、ともにそれぞれの立場で、日本、そして世界を救うことに力を尽くして行きたいと思います」

という言葉で締めくくられています。

つまり園頭先生は、この年の忘年会の出席者の中に、日本の運命を替えることが出来る人がいる、ということを知っていて、このような手紙を残されたということが分かります。

園頭先生はこの手紙を一体誰に向かって書かれたのでしょうか?

前から何度も忘年会に出席していられた人に、この年に限ってこんな手紙をわざわざ書くというのも不自然な話です。ということは、この年に初めて忘年会に出席された誰かに向かって書かれているのです。日本の運命を替える人が、この年(1995年)の忘年会に来ていられた、ということになります。(だとすれば、対象は数人から数十人の人でしょう)

現在、高橋先生や園頭先生の教えを継ぐだの後継者だの言われている人に、この条件に当てはまる人がいるのでしょうか?当てはまらないのであれば、その人が法を継ぐということは無理ということになりますし(高橋先生の教えを継いでいる園頭先生に、ここまで言われる人がいるのですから)まして、後継者などではあるはずがないのです。

とりあえず、私はこの条件に当てはまるのですが…。(私はこの年、初めて園頭先生が参加される正法会の忘年会に参加しましたから)

どちらにしても園頭先生に“日本の運命を替える”と言わしめた人がいたことは確かなことであるのですし、それほどの人がいるのであれば、当然何らかの形で世に出てくることになります。(というか、必然的に多くの人にその人は知られるようになります)

私は、四十日の断食から始まり(今思うと、このようなモーゼやキリストがされた同じ修行を、今生、私はさせられた、と思えるのですが)それからこのブログを再開したのですが、不思議なことにここに書いたことが次々と現実化されていきました。

地震にしろ、大雨にしろ、実際にここに書いた通りのことが起き(祈っても起きましたが)台風でも“直撃します”と書けば、その通り台風は日本を直撃し(そればかりか早くから私は、このままでは福島に台風が直撃します、と書いていたのですが、それもこの前の15号台風が福島を直撃して、その通りのことが起こりました)私が“祈ります”と書いて祈ると、急に異常な暑さとなったり、異常な台風(12,15号)が日本を直撃したり、また秋なのに雪が降り、桜が咲き、夏のような気温になって大雨が降る、という不思議な現象も起きました。

そればかりではありません。例えば中日の森野選手など、私が言ったとおり(去年一昨年は調子がよかったのですが)今年は調子が悪く成績が上がりませんでした。(ただし森野選手の場合、成績が悪いのは今年だけではありません。このままでは来年も再来年もそうなるでしょう。つまり森野選手のプロ野球生命は、あと二、三年で終わるということです)

ここに書いたことはすべて当たっているのです。

私が高橋先生と園頭先生の法を継いでいないのであれば、なぜ、こんなことが起きるのでしょうか?

ブッダの法を私が継いでいるから、その証明として天が次々に、ここに書いたことを現象化しているのであって、天上界より高橋先生と園頭先生が協力していただいているから、このようなことが起きているのです。(もし、園頭先生が書かれた“ある人への手紙”のある人が私なら、園頭先生は1995年の時点で、現在の日本にこのようなことが起きる、ということをすでに知っていられた、ということになります)

高橋先生と園頭先生が説かれた教えを継いでいるのは私です。だから、天は私に協力してくれるのであり、ですから、私に協力していただかないと、本当の神の教えは拡がらない、ということになります。(現在の高橋先生や園頭先生の弟子たちでは法は拡がらない、ということです。何度も言いますが、私が楽をしたいから協力してほしいといっているわけではないのです。本当の神の教えを世に拡げなければいけないから、協力してください、と言っているのです。それが私たちがこの世に出てきた一の目的であるからです)

これだけ不思議な現象が次々と起きているのです。それに対し、いつまでも無視を決め込むことは心の世界から観れば罪になるのです。それを多くの人は気づいていないのです。

何度でも言います。どうぞ私に協力していただき、この法を勉強し、拡げていただきたいと思っています。

そうしないと災いは繰り返されることになるからです。(今日も各地で大雨が降りそうですが、東京もおかしな天気が続いているようですね、さんざん私のことを馬鹿にして、ここに書いていることをでたらめと言っているオバちゃんがいるからです。この人のコメント内容が変わってくれば私は本物ということになりますが…これから東京に何が起きてくるのか、見守ることにします)

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10月 20 2011

法を継ぐということ

前回、夏のような暑さになったと書いたら、今回は関東だけずいぶん寒くなったようですね。昨日は東京が十一月中旬の気温になったとか、相変わらず極端な天気です。

その東京など、ホットスポットも次々と見つかり災難続きですね、東京も変な人いるから仕方ありませんね。(立川のオバちゃんですが、まーだメールよこしています〔笑〕興味がなくなったので読みもしませんが〔一つ、二つ読んだかな…相も変わらず内容は噴飯ものです、笑〕)これから東京は、こんな人いますので、少々おかしなことが続くかもしれません。(今日も東京だけ天気が悪いそうですが迷惑なことです)

このような現象を見ても、私は自分の祈りが次々にきかれている現在、改めて“法を継ぐ”ということの偉大さ大事さを思います。

私が四十日の断食をしていた時に観た夢(高橋先生から園頭先生へと受け継がれていた宝刀〔法灯〕を、私が受け取ることになったという夢です)は、やはり霊夢であり、このようなことが起きるということを暗示していた夢であった、と今改めて思います。

あまり自分のことは書きたくありませんが、自分のことをまったく書かないと、法を継いでいるといっても、一体コイツは何者なのか、とも思われてしまい、得体の知れない人間が法を継いでいるのか、と思われてもいけません。園頭先生が私にどのような態度を取られていたのか、少し書いておきましょう。

特別、自分をよく書くつもりもありませんが、だからといって自分を必要以上に低く書けば、それはすなわち高橋先生から園頭先生、そうして私にという形で受け継ぐことになった法灯(ブッダの法)の偉大さを貶めることになり、それは神をも貶めることになります。私と園頭先生との間に何があったのか、実際あったことなので、その事実を事実のままに書きます。(当然これから書くことは嘘ではありません、嘘などここに書けば、即、私の祈りはきかれなくなります。嘘などこのブログに書けるわけがないのです)

では、一体、私は誰であったのか、そのことを知っていたのは園頭先生がお一人でした。それは次のような園頭先生の取られた態度で分かります。

私は園頭先生が主宰される正法会(後に国際正法協会に改称)にいた時、何で園頭先生は私にこのような態度を取られるのであろう、と不思議でしたが、それも今このように私の祈りが、次々に現象化するということを思うと、園頭先生の取られていた態度の意味がよく分かります。園頭先生は私が過去世で誰であったのか、それをすでに知っていられたのでした。

私が正法会に入会し、一~二年過ぎた頃でしょうか、それまでは園頭先生はなんら私を気にするそぶりなど見せられなかったのですが、ある名古屋で行われた講演会の時でした。

その日、私は一人で園頭先生の講演会を聞きに行きました。その会場は金山にある名古屋市民会館(現、中京大学文化市民会館)でした。

園頭先生が講演を行われた場所は大ホールではなく、少し大きめの会議室のようなところで、百人前後の人が聞きにきていただけだったと思います。ですから園頭先生のお顔も近くでよく見れたのですが、その講演を聞いていた時、何か知りませんが園頭先生とよく目が合うのです。「?、園頭先生、今日はよくこっち見ていられるな」と思いながら、私はその講演を聞いておりました。

一時間ほどの講演が終わり休憩に入ったのですが(園頭先生のご講演は始めに一時間ほど講演され、そのあと休憩を挟み、また一時間ほど質疑応答の時間がありました)その休憩時間でのことです。講演会場の後ろに園頭先生の本が売っていて、多くの人がその本の売り場に集まっていました。私も園頭先生の本を一~二冊買おうと思い、その売り場で園頭先生の本を眺めていたのですが、フッと気がつくと園頭先生がこちらに歩いて来られます。

後ろを通ってしか外には出られないのですから、園頭先生は外に出ていかれようとしていたのだと思います。

「あっ園頭先生だ」と私は思いながら、先生の方をジッと見ていたのですが、その歩いて来られていた園頭先生が急に立ち止まられたのです。(それも私のすぐ横でです)

いや驚きましたね「ドキッ」として私は園頭先生のお顔を見ていました。(多分顔は引きつっていたと思いますが〔笑〕)すると、園頭先生も私の顔を驚いたようにジッと見ていられます。少しの間、私と園頭先生は顔を見合わせていました。「何で園頭先生、私の顔を見ていられるんだ…?」あせっていてよく意味が分かりませんでしたが、その時の園頭先生のお顔は今でもはっきり覚えています。不思議に思いましたが、私も「ハッ」と気づいて園頭先生に向かい少し頭を下げました、すると園頭先生も私に向かい少し頭を下げられました。

その後、すぐ横にいられた方が、園頭先生に話しかけられ園頭先生はその方と話し出されたので、私はその場を離れましたが、さすがにあの時はあせりました。「???何で園頭先生あんな態度をとられたんだろう」と、その時は不思議でしたが、タマタマだろうとさして気にも留めませんでした。

ところが、それからの園頭先生は講演のたびに私の方をジロジロ見られ、休憩時間には、わざわざ私の座っている横を素通りされて外に出て行かれる時もあって、明らかに私を意識しているようでした。

そのようなことが何度かあり、あの「ある人への手紙」を正法誌に書かれた時(私はちょうどその年の忘年会に初めて出席していましたので)あっこれは私だ、私に充てて書かれたのだ、と直感したのです。(あれは君に向けて書いたのだ、と私に言われた方もいました)

その園頭先生が書かれた通りのことが(日本の運命が変わる)今起きようとしています。(よく変わるか悪く変わるかは知りませんが)いずれにしても、これだけの異常現象が次々に起きているのです。もう日本に住む多くの人が考え方を変えないと日本は立ち行かなくなるでしょう、日本は変わらざるを得ないと思います。

その私が誰であったのか?例えば私が、どこかのバカ教祖のようにエル・バカターレだのアホターレだの言っても(こんな名ではなかったですか?)このブログを見ている人たちが引くだけでしょう。

私が誰であったのか、それはこれからでて来られる方々が知っています。その方々こそ本物の救世主であり、天の使いです。私は、その方々が出てこられた時に、法を説きやすいよう、法が拡がりやすいようにしているだけの、ただのその方々が来れられるのを伝えにきた者に過ぎません。

しかし、法を説く権限は与えられています。(だから祈ると様々な現象が起きるのです)法を継ぐ、ということは、それだけの権威と責任を神から与えられている、ということです。

これから法は大きく拡がって行くことになります。

私の過去世の名を知ることよりも、一人でも多くの方が法を知り、それを実践することの方が先なのではないでしょうか。

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10月 18 2011

続、不思議な現象

前回ブログに、夏のような雨が降り、今日も暑そうです、と書いたのですが、そのブログを証明するかのごとく、本当にその日は暑かったですね、群馬県の高崎市や静岡県の静岡市では、今まででもっとも遅い真夏日が観測されたとか(また新記録ですか)各地で夏のような暑さとなりました。(一体この観測史上最高とか最低っていつまで続くんでしょう?)

東京も三十度近くになり暑かったそうですが、東京では暑いだけでなく桜まで開花してしまったとか、まったく不思議なことが続いています。なぜ、このような現象が続いているのか、いいかげん東京の方々も、その本当の理由を理解して開花していただきたいものです。

しかし、不思議ですね、何で今月、雪が降ったかと思えば(しかもこの時、山は紅葉していて、紅葉と雪が同時に楽しめた、などとテレビでは言っていましたが)桜が咲き、桜が咲いたかと思えば、今回のように急に暑くなって夏のような天気になってしまったのでしょうか?

しかもわずか半月ばかりの間にです。

ということは、めまぐるしく天気が変わったということになりますが、こんなことあるんですね(実際起きたのですが)冗談抜きに今回のこの天気は、気象庁はどのように説明されるのでしょうか?

よく分からないことは無視を決め込みますか、それともまた、こじつけ発言をするのでしょうか?しかし、もう、こじつけ発言はたくさんです。

こんな現象は起きたことがないので分からない、とはっきりテレビの前で宣言し、現在、異様なことが起きているということを認め「神が存在するから、このような不思議なことが起きるのです、これも神の御業です」と本当のことを言ってくれないでしょうか。(そんなこと言えば気が違ったかと思われてしまいますね、現在の日本では〔笑〕)

しかし、気が違ったかと思う人が多いこと自体おかしいのであって、神の存在がなければ、なぜ、大宇宙は存在しているのでしょうか?なぜ、地球には私たちにこれほど適合した環境が整えられているのでしょうか?(たとえば地球の空気中には酸素が21パーセント含まれています。これより数パーセントでも、酸素が多くても少なくても私たちは生きられません。なぜ、これほど私たちが生きるのにちょうどよい量の酸素が、地球上に存在しているのでしょうか?)その私たちの存在も、神が存在しないのであれば、どこからきたのかまるで分からないではないですか。(そのようなものが勝手につくられた、などという人の方がお笑い種です)

少し深く考えるならば、神の存在を否定する人の方がよほど気が違っているのです。

これだけ不可思議なことが続けて起きているのです。もう神を認めてもいいのではないでしょうか。(というより、共産主義でもないのに、無神論などという神を冒涜した不遜なことを、いつまでも言っているからこんな目に遭うのです)

いつまでも唯物無神論ではいけないでしょう、その考えを改めなければならない時が来ているように思います。

私は先月末「今月も必ず異常現象は起きる」とこのブログに書いておきました。なぜ、私はそう書いたのか。

私はずっと祈っているのです。その私の祈りを天が無視するはずがない、と信じていたからです。私には一片の天を疑う心もありませんでした。

その心の通り天は考えられないような奇跡を起こされたのです。

私は自分が祈る時には、これから祈ります、と堂々と宣言し祈りをしてきました。そう書いて何も起きなければ、このブログを読んでいる人たちは「何だ、祈っても何も起きないではないか」と思われ、私のブログを読まなくなる人もいるでしょう、そのようなことが続けば、何をいい加減なことばかり書いているのかと、最後は私のブログを読む人はいなくなるかもしれません。しかし、私はそうなってもよいと思いながら、敢えて祈る前には必ずここに“祈ります”と書いて祈りを始めていたのです。

そう書いて何も起きないのであれば、それは私に法を説く資格がないということでしょう、その時は潔く法を説くのは止めようと思っていました。(法を曲げてもいけませんので)しかし、私がここに、これから祈ります、と書いて祈ると、不思議なことにことごとくその願いはきかれ、様々な現象が起きたのです。今回でもそうです。考えられないことが起きているのです。

秋の紅葉の時期に雪が降り(これくらいはまだありえるかもしれませんが)桜が咲いて(ここまで来るとちょっとありえなくなります)夏のような気温になり大雨が降る(こうなるとさすがに漫画の中にもでてきません)こんな起こりえないことが現在起きています。

キリストは、芥子種(からしだね・ほんの小さな心でもという意味です)ほどの信があれば、山に海に入れと命じても山は立ち上がって海に入るであろう、と言われました。

それほど神を信じる心は尊いものであり、どんな奇跡をも起こすのです。

神の御業は私たちの想像を遥かに超えています。その神の実在を知り、神の心を知った時、私たちは大きな果報を得ることになります。

現在タイでは考えられないような大雨による洪水で、四百社以上の日系企業が大きな被害を受けています。これから月末にかけてまだその大雨は続くとのことです。このような洪水被害はタイ以外の東南アジアの国々や南米でも起きています。

多くの方が神の存在を認め、神の心に目覚めるのであれば、あるいはタイをはじめとする東南アジアや南米の人々も救えるほどの、大きな奇跡が起きるかもしれません。

一人でも多くの方が、神を信じ、法の正しさを知り、そうしてこの法を拡めてくだされば、日本だけに止まらず世界をも救えることになるのです。

ブッダの法とはそれほど偉大なものなのです。

これまで、ここに書いてきたことはことごとく起きています。それは、神の存在、そうして、ブッダの法の偉大さ正しさを証明していることになるのではないでしょうか。

どうぞ一人でも多くの方が、この法に気づき、行動を起こしていただきたいと切に思っています。

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10月 16 2011

不思議な現象

今回の雨もあちこち大雨になったようですが(奈良の土砂ダムかなり危なそうですね)しかし、ずいぶん不思議なことが起きるものですね、私のブログを見ている方々は、賢明な方が多いですのでもちろんお気づきだと思いますが。(笑)

笑ったら失礼ですね。今回の雨、夏のような雨であったと気象庁は言っています。(南風が吹き込んで気温が上がり各地で大雨になったからです。今日も暑そうです、皆さん熱中症には気をつけましょう…って、夏じゃないんだから〔笑〕)

いくら不思議なことが起きているとはいえ、これは少々度が過ぎています。私のブログを見ている皆さんはそう思われませんか?ずいぶん変わったことが起きたのですね、私は人生五十年生きてきて初めてです、こんなこと。皆さんはどうでしょうか、ご経験ありますか?(もちろんお分かりいただいてますよね、現在起きていること?)

もう賢明な皆様方はお分かりいただいていて(決して皮肉ではありません〔笑〕)こんな分かりきったことをここにわざわざ書くなと、お叱りを受けるかもしれませんが、私は天が行ったことを、すべて記しておかなければなりません。お叱りを受けようとあえて書かせてもらいます。

今月に入り初雪は降る、桜は咲く、夏のような大雨は降るということで、もう十月中旬で完全な秋だというのに、春(桜)夏(大雨)冬(雪)の出来事がすべて起きているのです。

つまり今月だけで(まだ半月しかたっていませんが)普通なら春夏秋冬、それぞれの季節で起きなければならないことが一変で起きてしまった、ということです。

これ、どーゆうわけでしょうか???(気象庁の方ぜひ分かりやすくご説明ください…何か、わざと説明のつかないことを、天が起こしているように私には見えるのですが、そう思うのは私一人でしょうか)

不思議なことが起きるものですねぇ、現在生きていられる人は幸運なんじゃないですか、こんな不思議な出来事体験できて。(そういう不思議なことが起きている、ということが理解できなければ、不思議もへったくれもありませんが〔笑〕)

まだ、信じていただけませんか?ここに書かれたことを。

私はずっーと祈っています。私が祈り(私はこれから祈ります、とちゃんとこのブログに書いていますから)異常な暑さとなった時もありました。おかしな発達の仕方、動き方をする台風が来たこともありました。(12、14、15号)それに今月に入り、またまたこんな不思議な異常現象が起きています。

先月、私は「このままでは来月もまた必ず異常現象は起きる」とこのブログに書きました。

その通りのことが起きました。(もう何度目でしょう?私は預言者を自認してもよいのでしょうか〔笑〕)

私は「神よ、このブログに書かれたことを様々な現象を通し証明せしめ給え」と祈っているのですが(そして、このような現象を通し、神の実在、法の正しさ、法を拡げることの大事さ、を多くの人々に理解させ給え、とも祈っています)その祈りがきかれているのでしょうか?

このような不思議な現象が続けて起きているのです。もう私の言うことを、少なくともこのブログを読んでいる人は、理解していただかなくてはいけないのではないでしょうか。

それとも、まだ、そんな戯言(たわごと)お笑い種だと一笑に付され、このようなことはすべて偶然で、地球温暖化のせいで起きている、とでも主張されるのでしょうか?

初雪が降ったから今日は寒いな、桜が咲いたから春でもないのに季節外れだな、気温が高く大雨が降ったから夏のようだな、とその時だけの判断で、ただ単にそう思うだけでそれ以上考えの及ばない人をバカといいます。

やはり、何でこんなことが続けて起きているのであろうと、疑問に思うのが普通の人の考えであり(あくまで普通の人です)そこからより深く考え正しい答えを導き出すのが、智慧のある人の考えだと思います。(その智慧もピンからキリまであり、ただの知識を智慧と勘違いしている人もいますが…知識には間違った知識もありますが、本当の心の奥から出てくる智慧に間違いはありません)

今、タイでは大変な洪水に見舞われています。

このままではどれだけタイに被害が出るか分からないし、日本から進出している企業の損害も莫大になります。いくら物金を送っても、大雨がやまなければザルで水を救っているようなものです。どうですかタイに進出している企業の皆さん、私に協力し共に祈りませんか?それに奈良の土砂ダムも、昨日までの雨で水があふれ出しているとのこと、このような問題はいくら科学が発達しているとはいえ、今すぐ解決できる問題ではないでしょう。これ以上、雨が降らないよう祈るのは大事なことだと思います。(私はそれが一番被害を少なくする方法だと思いますが…)

こんなこと書くとまた笑われますかね…では、どうぞ好きなだけお笑いください。

しかし、どちらの言っていることが正しいのか(現時点では)分かりませんが、私は、このような現象を通し、神の実在、法の正しさ、法を拡げることの大事さ、を知ってもらうために、祈るのみです。

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