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11月 12 2010

日本シリーズを観に行って③

不思議なことにその選手は、その試合だけではなく次に観に行った試合でも、その次に観に行った試合でも私の方をチラチラ観ていました。(何で見ていたのか今だに謎ですが〔笑〕)

「どこかで、この選手と会ったことあったっけ?」と私は思いましたが、まったく記憶がありません。

今から考えれば、この選手が私の運命を大きく変える、運命の人だったのかもしれませんが(私と縁が深そうな人は、ゴルフの石川遼君といい、この選手といい男ばかりでまるで色気がありません〔笑〕)、この時は「何でコッチをジロジロ見てんだ、変な奴」としか思えませんでした。それはそうでしょう、プロ野球を観に行って野球選手をジロジロ観たことはあっても、野球選手からジロジロ観られたことなどなかったのですから(誰でもそうでしょうが…)。

しかし、「面白い奴だな」とも思い、それからその選手を応援することにしました。不思議なことにその選手は、私がどこに座っていても、また他の球場(一度大阪ドームに中日×阪神戦を観に行ったことがありますが)に行っても、私のいることに気づき私の方を観ていました。(グランドの方からはよく人の顔が見えるのでしょうか?)

私はそのうちに「これも何かの縁だ、この選手に高橋先生が阪神の選手に話されていた法を伝えよう」と決めました。

が、しかし、伝える方法がありません。直接話しかけるわけにもいかずどうしたものかと思っていると、この年(この年だけだったのか、それとも前もこのようなことをしていたのか知りませんが)ドラゴンズの選手に応援電報を送ろう、という企画をテレビでやっていました。その電報は選手が直接読むとのことでした。

私はこの時「これだ」と思いました。

その選手宛に電報を送れば、その選手は読むだろうと思いさっそく電報を送ることにしました。むこうは私の名前も知らないので、高橋先生が言われたことを書いて電報を送っても、誰が送ったかわからないではないか、と思われる人もいるかもしれませんが、それは私が送ったと分かるように書きました。(現実に私がその選手に送った電報は、私が送ったとその選手はすぐ分かったようです)

電報が中日の選手に直接届くまでには半月から一ヶ月ほどかかります、といわれずいぶんかかるんだなとは思いましたが、それなら半月ほどしたらまた試合を観に行ってみよう、と思っていました。

八月の末にその電報を送り、九月二十日すぎに名古屋ドームに(広島戦だったと思いますが)試合を観に行くと、おかしなことが起こりました。

というのも、それまではその選手だけが私の方をジロジロ見ていただけでしたが、その日は中日のピッチャーからキャッチャーから、出ている選手のほとんどが私の方を見ています(今思うとこの日から始まったようです、こちらが選手を観に行っているのに、逆に選手に見られに行っている、というような逆転現象が〔笑〕)。

「あれ、なんか変だな」と私は思い「これはもしかして送った電報読んだのかな(それをチームメイトに見せたのかな)」とも思って、その日の試合を観ていました。その試合でその選手はたしかホームランを打ったと思います。

この選手はこの年、前半は調子がよかったのですが、後半は調子を落とし確かこの時もあまり調子はよくなかったはずですが、この選手は不思議なことにこの試合から調子を戻し、シーズンの終わりには「今までにないくらい調子がいい」というようなことを言っていたと新聞に書いてありました。

この年中日は日本一になったのですが、それは私が送った電報のせい、とは言いませんが何らかの影響を与えたのではないでしょうか。(法を知らなかった人が法を知ると、よい結果がでるという一つの証拠なのではないでしょうか)

また、この選手とはこんなこともありました。

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11月 10 2010

日本シリーズを観に行って②

前にもこのブログに書きましたが、昭和五十年ころ高橋先生の下にある阪神の選手が「今のままでは成績が悪く首になります。先生何とか助けてください」と相談に来られました。

そのとき高橋先生は次のような質問をその選手にされます。

「君がバッターボックスに立って、相手ピッチャーが君に対してボールを投げてくるが、その投げてきたボールに対して、君はどういう気持ちで打ちにいっているのかね」

すると、その阪神の選手は「私はそのボールをおもいっきり引っぱたいてやろうと思い、ケンカ腰で打ちにいっています」と答えました。

「それがいけないんだ。その飛んできたボールに感謝しなければいけない。野球で一番大事なものは何かよく考えてみなさい。それは、そのボールなのだ。ボールがなければ投げることも打つこともできないだろう、野球はボールがないとできないのだ。その野球で一番大事なボールにケンカ腰で打ちにいって、よい成績が残せるわけがないだろう。相手ピッチャーが投げてきたボールに、ケンカ腰ではなく感謝の心で打ちにいきなさい」

そう教えられた、その阪神の選手はさっそく高橋先生が言われた「飛んできたボールに感謝する」ということを心がけ、その感謝の心でボールを打ちにいくと不思議とヒットがよく打てるようになり、たちまち成績が上がりました。そして高橋先生のところに来て「先生、最近はボールが止まって見えます」ということを話していたそうです。

その阪神の選手が、その後どうなったのかは知りませんが、このことを知っていた私は何とかこのことをプロ野球の選手に伝えたい、と前から思っていました。

すると不思議なことが起こります。

私は地元の中日ドラゴンズのファンではありましたが、わざわざ名古屋ドームまで観に行って、応援するほどのファンではありませんでした。特に応援している選手がいるわけでもなかったし、テレビで観ている方が楽でいいというタイプでした。

ところが三年ほど前に、私の仕事のお客さんが地元出身(その方は愛知県刈谷市の方なのですが)ということで、去年まで阪神で活躍されていた、赤星選手の後援会長をされていて、その縁で赤星選手の後援会に入ることになり、後援会に入ったのなら阪神がきたときくらいは、名古屋ドームに行って応援しないとまずいだろうということで、その年に何年かぶりに名古屋ドームに中日×阪神戦を観を行きました。

知り合いの人と二人で行ったのですが、私たちの席は外野席のセンターの辺りの一番前の席で、非常に見やすい場所でした。

久しぶりに(五~六年ぶりくらいだったでしょうか)ドームに来たな、という感じで試合を観ていましたが、肝心の赤星選手はその試合スタメンで出ていませんでした。

「何だ赤星出ていないのか」と少しがっかりして観ていましたが、しばらくするとレフトの方から視線を感じました。そちらに何気なく顔を向けると、ある選手がこちらをジッと見ていました。

特別、私はプロ野球選手に知り合いがいるわけではありませんでした。

「赤星が出ているわけでもないのに(といっても赤星選手を直接知っているわけではありませんでしたが)、誰がコッチ見てるんだ」と思い、よくよくその選手を観ると、もう十年近くドラゴンズにいるある選手でした。

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11月 08 2010

日本シリーズを観に行って①

園頭先生の話を一気に書いてしまおうと思っていたのですが、思うところがあって、急遽別な話を一つ書いておこうと思います。園頭先生の話はその後で、全部書いてしまおうと思っています。

プロ野球の日本シリーズを観に行ってきました。今年の日本シリーズは中日対ロッテ戦でした。(もうチーム名を書かなくても今年の日本シリーズの対戦チームは、誰でも知っていますのではっきり書きますが)

本当は地元開催とはいえ日本シリーズには行く気はなかったのですが(何しろ金欠病でして…)、第六戦の試合を観ていて(あの日本シリーズ最長試合を記録した)行かないと悪いかな、とも思えてきて行くことにしたのでした。(なぜ、そう思ったのかということは、いろいろ語弊があるといけないので書きませんが)

しかし、いざ行こうと思っても当日券などありませんし、仕方がないので金券ショップに買いに行ったのですが、運のよいことにペア券が一組だけその金券ショップには残っていて、しかも今日の日本シリーズの券をほしい人が私ともう一人いて、その人も自分が行く分が一枚あればいいとのことで、私とその人でペア券を一枚ずつ分けて買いました。(私も自分の分が一枚あればよく、ペアの二枚はいらないと思っていましたので、お金もその人と半分ずつ出しあって半額ですんで、思っていたより安くいけましたのでよかったです)

観に行った日本シリーズは結局ロッテの優勝で幕を閉じたのですが(第六戦で終わっていたようにも観えましたが、語弊があるといけないので何も書きません〔笑〕)、私は長年地元のチームということで、この日本シリーズに出ていた、もう一方のチームである中日ドラゴンズを応援してきました。

しかし、今日を持ちましてそれをやめることにしました。(などと大げさに言うほど私一人が、ファンであろうとなかろうと中日には関係ないでしょうが〔笑〕)

というのも(前にも書きましたが)プロ野球の、どのチームの選手もプロゴルフの選手も私の話しているこの“法”の流布に協力してくれています(笑)。

あくまで私の勝手な思い込みですので書きますが、どのチームの選手(すべての選手がとは言いませんが)も協力してくれているのに、一チームだけ応援するということはできません。それに神は平等を宗としています。私も当然それに従います。(私の話があちこちに広まっているということは、法が拡がっているということだと気づいたとたん、一チームだけ応援する気がまったくなくなってしまった、ということも事実です)

おかげで昨日はどちらも応援することができず(笑)、苦労しましたが、これからはどのチームの選手にも好いプレーにはエールを送りたいと思いますし、(もちろん心がですが)向上しているなと思う選手は、どの選手でも応援したいと思っています。

それで日本シリーズも終わって、とりあえず野球シーズンも終わったということで(ゴルフのシーズンはまだありますが)、今年一年はありがたいことに、野球の選手もゴルフの選手も大いに法の流布に協力してもらえましたし(笑)、最後に野球選手やゴルフの選手がどういう心でプレーすることがいいのか、私があるプロ野球選手(当然中日の選手なのですが)にアドバイスしたことも含めて、ここに書いておきたいと思います。

当然、これから書く心がけでやりたい人はやってくれればいいし、やりたくない人はやらなければいいので、今年一年よく法を拡めていただけました、という私の勝手な感謝の心から書くものですから、聞きたい人は聞いて下されば結構です。

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11月 05 2010

園頭広周師⑭

園頭先生の話が途中で止まっています。もう書いてしまわないといけないと思っていますので、一気に書いてしまおうと思っています。

園頭先生は、伝道先で次々と起こす奇跡が評判となって、将来生長の家を背負って立つ人材として嘱望され、生長の家に迎えられました。

このころ「人間神の子」と宣言しているのは生長の家だけでした。他の既成、新興宗教のほとんどが「人間罪の子」を前提に教義を説いていました。園頭先生は「生命の実相」を読んで、宇宙即我を体験され数々の奇跡も起こされ、その奇跡をご自身でも体験され、また先生が指導された方が皆よくなっていった事実から、この生長の家の教えを普及することが、世界の平和に繋がると信じていられました。(実際にはそうではなく、過去世からの修行の積み重ねが、宇宙即我の体験や奇跡を起こさせたのであり「生命の実相」は園頭先生の過去世の力を引き出す、きっかけにしか過ぎなかったのですが、この時の園頭先生はまだそのことに気づいていられませんでした)

昭和二十七年園頭先生は鹿児島で地方講師として、布教を始められます。すると、それまでは二ヶ所しかなかった生長の家の支部が、園頭先生が行かれて指導されると奇跡が起きて次々と人が救われていきましたので、生長の家の教えは救われると大評判になり、多くの人が生長の家に入信され、わずか二年ほどの間に五十ヶ所くらいに増えてしまいました。

そのことが生長の家本部にも伝わり、昭和三十年、園頭先生は異例の早さで生長の家の本部講師となられます。生長の家の本部講師の中では最年少の若さでした。

しかし、このころから生長の家は言うこととやることが違ってきました。(詳しくは拙著「華光如来」を参照にしてください)園頭先生は会議のたびに「そのような教義はおかしい」と正論を言われ、谷口総裁に意見も言われたのですが、最後には生長の家の総裁はじめ幹部のほとんどの人に嫌われ、生長の家を去ることになります。昭和四十七年のことでした。

しかし園頭先生は、総裁やほとんどの幹部に嫌われながらも、最後まで生長の家が正しい教団になることを願われ、生長の家をやめられる時、二代目総裁であった谷口清超総裁に「生長の家改革意見書」を出されます。

「もうやめるのだから関係ない」ではなく、最後まで生長の家を思われた園頭先生の愛の深さがよく分かります。

それから一年後、園頭先生は縁生の師である、高橋信次先生とお会いすることになったのです。

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11月 02 2010

ゴルフトーナメントでの出来事⑦

トーナメントの二日目くらいからでしょうか、関係者の方々がちらほら私の方を見ている人が出始め、三日目四日目になると大会関係者だけではなく、アルバイトやボランティアの人たちにまでジロジロ見られ(中には私の近くにわざわざ来て見ていく人もあり)、ギャラリープラザに行けば、売店の店員さんやブースで働いている子達からも見られ、まったく人気者はつらかったです(笑)。

一人二人の選手が私の話をしているのか、それとも大勢の選手がしているのか知りませんが、どういう話をしているのかまったく謎です。(それになぜ皆が皆、私の顔を知っているのか、それも謎です)あれだけ大勢の人にジロジロ見られるのですから、よほど大げさな話をしているのでしょうね、余りあることないこと大げさに言われるのも迷惑な話ですが、私は今回二回続けて男子ゴルフのトーナメントを観に行きました。

その前に女子のトーナメントも二回続けて行きましたが、これほど多くの人にジロジロ見られることはありませんでした。(せいぜいテレビのきれいなアナウンサーのおねえさんやら他、大会関係者の数人の人が見ていただけではなかったでしょうか)ところが男子のトーナメントでは前回もそうですが、テレビ関係者から大会関係者、アルバイトに至るまで多くの人にジロジロ見られ、その私を見る人がだんだん増えていき、今回の大会などはボランティアの人たちや売店の店員さんに至るまで、あらゆる大会関係者にジロジロ見られ、わざわざ近くまで来て見ていく人もあり明らかに異常ですね(笑)。

女子選手でも、これだけ多くの人に私のことを話す選手はいなかったはずですから、男子プロの中に、女子プロ選手よりおしゃべりな選手がいるということになります(笑)。

そればかりではなくセカンド地点で観ていれば、そこにパカパカ打ち込んでくる選手はいる、ショートコースで観ていれば私のいる辺りに、グリーンをはずしてまで打ち込んでくる選手はいる、無理にショートカットして打っていく選手はいる、グリーンの近くまで来ないと私が分からないところで観ていても、グリーンのすぐ手前まで来ていたボールを、わざわざピンとは逆の方向で観ていた私の前にミスショットの振りをして、アプローチしてきた選手までいるのですからでたらめですね(笑)。

その選手たち分かっているのでしょうか?そんなことをすればするほど、それをしている選手より、そんなことをされた人に多くの人が興味を持つということを。

私は、つい最近までまるで気づいていませんでしたが、私に興味を持つ人が増えれば増えるほど、それはすなわち法に興味を持つ人が増えるということであり、知らぬ間に法が(浅くではありますが)多くの人に拡がっているということに気づきました。

つまり私のうわさ話をしている人や、私の方にわざわざ打ち込んでいる選手たちは、知ってか知らずか(多分知らないでしょう)法を拡げる手伝いをしていることになるのです。なんと奇特な方たちでしょう、直接話をしたこともないのに私が拡めたいと、ずっーと思っていた法を頼んでもいないのに、勝手に拡めてくれているのですから(笑)。

そのように思うと、プロ野球でも私が観に行くとジロジロ観ている選手がたくさんいますが(最近は審判の人やらチアーガールまで見ていますが)、ずいぶんありがたい話です、そんな多くの人にまでプロ野球選手が、(勝手に)法を拡げてくれているのですから(笑)。最初のころは「なにジロジロ見てんだよ、こっちは試合を観に来てるのであって、観られに来てるのと違うぞ、あくびもできんわ」などと、不遜なことを思っていましたが、ずいぶん罰当たりな思いを持っていたものです。

私が三塁内野席や外野席で観ていれば、近くにパカパカ打ち込んできた選手もいましたが、(少々危険ではありますが〔笑〕)そんな選手にも感謝しなければいけませんね(笑)。法が拡がらないと、心が苛立ってカチコチになっていた時には、まったく気づきませんでしたが、そのような心をすべて捨て、改めて周りを見渡してみると、自分が思ってもみない形で法が拡がっていたとは、まさに神業ですね。油のように薄くても法が拡がっていけば、いつかその油に火がついた時、法の灯火はいっぺんに燃え拡がることになるでしょう。何もしてくれないと思っていた人たちが、実は多大な貢献をしてくれていた、ということがやっと分かりました。

このようなことを考えましても、やはり過去に縁があった方がたくさんいるのだなと改めて思います。まったく縁がない人たちならば、こんな得にもならないようなこと(むしろ損をすることの方が多いのではないでしょうか)わざわざやらないでしょう。不思議なめぐり合わせによって出会う、縁の不思議さに改めて感謝の心で一杯です。

しかし、過去の縁などただのきっかけに過ぎません。今生の努力と精進がなければ、そんな縁など簡単に切れてしまうからです。それは今生、高橋先生や園頭先生と縁の深い方がたくさんいましたが、そのような方々の多くが自分でその縁を切ってしまった、ということでもその事実が分かります。(このような人たちこそ、本当のでたらめな人たちと言わざるを得ません)

今生の心と行いがすべてを決めるのです。

いずれにしましても、今年はもうトーナメントや野球場に行く機会はないかもしれませんが、また皆様とお会いする日を楽しみにしております。

これからも頑張っていただきたいと心から思っています。

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