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11月 24 2010

園頭広周師⑱

 園頭先生が霊道を開かれ、高橋先生がお釈迦様であったと分かられた時の、驚きと懐かしさは大変なものでした。よく生き別れた親子が、その居場所が分かって久しぶりに再開すると、涙、涙で言葉が出ないという光景をテレビで観たことがありますが、この時の縁生の師との再会はそれ以上の感動がありました。

園頭先生の過去世は釈尊の右腕といわれ、釈尊の教えがインドから中国に伝わった時には“智慧第一”と称され、釈尊の十大弟子と呼ばれる弟子の中でも筆頭といわれた、シャリー・プトラーであったことがこの時分かられたのでした。

園頭先生がヘイマカという人を、自分の侍従であった人だ、と答えるのをためらわれた理由は、現在の日本で侍従と呼ぶべき人を身近に持っているのは、天皇陛下だけです。自分の前世がそれほど高貴な身分(シャリー・プトラーはインドの最高位であるバラモンの家庭に生まれました。ですのでそのように呼ばれる人もついていたわけです)に生まれていたのなら、今生どうしてもっと高貴な身分に生まれなかったのか疑問に思われたからです。しかし、過去世は過去世であり今生は今生です。過去に金持ちに生まれたからといって今生も金持ちに生まれるとは限りません。それは高橋先生でも園頭先生でも私たちでも同じです。自分にとってもっとも悟りやすい環境を自分で選んで、この世に出てくるのです。そうしてその環境の中で魂を磨いていくのです。お金があるなしはあまり関係がない、というのはこのような理由からです。(金を儲けるのが大事なのではなく魂を磨くことが大事なのですから)

「ブッダ、ブッダ…」園頭先生は高橋先生の前にひれ伏して泣いていました。その時、突然空中から金粉が降り出しました。すると高橋先生の顔も金色に輝きだし、高橋先生が園頭先生にかざしていられる手も金色に輝いて、高橋先生と園頭先生の周りに、多くの金が降ってきてお二人の周りが金色に輝きだしました。それを周りにいる多くの人が目撃したのです。

この時、園頭先生はなぜお釈迦様の像を金箔で荘厳(しょうごん)するのか、ということの意味が分かられたのでした。

それは、インドでお釈迦様が説法をしていられると、空中から金粉が降ってきてお釈迦様の顔や手が金色に輝きました。それを現したのが、あちこちで見かける金箔で荘厳しているお釈迦様の像だったのです。その事実が現実に目の前で起きたのでした。

本物の如来がこの世に肉体を持たれると、その証明として天はこのような奇跡を度々現します。よく霊能者といわれる人が不思議なことをすると、たまに金粉が現れることがありますが、あの金粉は少し時間がたつと、すぐ色あせてきてしまって本物の金ではないと分かります。(なにせ地獄霊が無理やりそのようなものを現しているからです)しかし、本物の金が降ってきた時は、その金は時間がたっても色あせることなく金のままです。

高橋先生の場合は普通の講演をしていられる時でも、講演中に度々金粉が降ってきて、顔や手が金色に輝きました。高橋先生はその降ってきた金を集められて、自分のネクタイピンを作られていたぐらいですから、本物の金と言わざるをえないでしょう。

このような衝撃的な出来事があった後、園頭先生はGLAに入会されます。

園頭先生は過去世の実績と今生での実績で(生長の家での本部講師の実績など)、GLA入会後すぐ西日本本部長に抜擢されました。

園頭先生はこの時「よし、もう一度やり直しだ、これからは高橋先生の下、心を入れ替えて頑張ろう」と思っていられたのですが、まもなくGLA内の現実を知ることになりました。

高橋先生は園頭先生が高橋先生の下に来られてから、なにかと園頭先生に相談されるようになりますが、そのうちにGLAの講師たちのことについて悩まれているようなことを、度々口にされるようになります。

高橋先生ほどの神通力を持たれた方でも、悩まれることがあるのだろうか、と園頭先生は不思議に思われますが、高橋先生は園頭先生に「僕はこんなつもりでGLAをつくったのではなかった」「GLAの講師たちは僕の後を、金魚の糞のようにくっついて歩くだけでちっとも勉強しない」「こんなGLAなら潰した方がいい」ということを話されるようになります。

高橋先生が園頭先生にこのようなことを話されたのは、高橋先生はご自身のこの世での寿命をすでに知っていられました。

そして園頭先生に対し「あなただけでもしっかりしていてくださいよ」という思いと「あなたが私の後継者なのだから後のことはしっかりお願いしますよ」という思いもあったと思われますが、園頭先生は高橋先生のご存命中、高橋先生の期待に沿うことをされませんでした。それは、やはりご自身が私生子という体験をされ、必要以上に遠慮深くなっていられた性格があったと思われます。

園頭先生もGLAに入会されてから、おかしな違和感を感じていました。高橋先生ほどの偉大な方が主宰していられる会なのだから、さぞ講師の方々も立派な人たちなのだろう(生長の家では講師間でも、妬み、ひがみ、足の引っ張り合いが横行していて、これでも宗教団体の講師なのだろうか、と思われることを園頭先生はたくさんされ、また見られてもきていましたので)と思っていられたのでしたが、何かGLAの講師たちも園頭先生にはよそよそしく、ある講師などは「あなたは西日本本部長なのだから九州のことだけしてくだされば結構です」という言い方もされ、新入りはでしゃばるな、という態度がいたるところで見られたからです。

中には「西日本のことだけではなく、これからいろいろ教えてください」といわれる講師もいられたのですが、その講師が園頭先生のところに何か聴きに来たことは一度もありませんでした。

高橋先生と他のGLAの講師たちの意識の差があまりにも大きく、園頭先生はそのことに大きな不安を感じていられました。

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11月 22 2010

園頭広周師⑰

同じく園頭広周先生著「現代の釈尊 高橋信次師とともに」より抜粋します。

<言葉にならない声だけを出すのは少し恥ずかしいという気持ちはあったが、いわれるままに口を開いて「あー」という声を出した。そのとたんに私の口からこれまで習ったこともない言葉が次から次へと飛び出してきた。その言葉の意味はわからない。だが、高橋先生がなにかをいわれるとそのたびに、言葉よりも先に涙がふき出してなつかしさに胸が一ぱいになり、そうしてつぎに言葉が出る。そうしている私を冷静に見つめているもう一人の自分がいる。「これは催眠術にかけられているのではないか」「暗示に引っかかったのではなかろうか」と、目覚めた私の理性は客観的に自分を見ている。

最初わからなかった言葉の意味が次第にわかるようになってきた。それに対していっている自分の言葉の意味もわかってくる。「あなたはこういう人を知っているはずです」「ハイ、その人はよく知っています」この世では習ったこともない言葉が自然と口をついて出て、そのたびにたとえようもないなつかしさに涙が溢れ出るのであった。

「肉体を持っている人よ、今度は日本語で答えなさい。あなたはヘイマカという人を知っているはずです。その人はあなたと過去世でどういう関係にあった人であるか、日本語で答えなさい」

「ヘイマカ」という人が日本人であるはずがない。どこの国の人でどういう関係にあったのかといっても、私はそれまで海外に出たこともないし、また海外に知人がいたわけでもない。日本語で答えようとして頭の中の記憶を探(さぐ)ってみても少しも思い浮かんでこない。自分でもう一人の自分に向かって、腹の底の方に問いかけるような気持ちで、頭脳の動きを停止して、「この人はどういう関係にあった人ですか」と問いかけた。

一つの答えが腹の底から胸の方へぽっかり浮かんできた。しかし、私はその言葉を即座に否定した。そうしてもう一度問いかけてみた。また、同じ言葉が浮かんでくる。浮かんできた言葉に代わる言葉を頭の中で探したが、それ以外の言葉が出てこない。私の前に坐っておられる高橋先生は、そうした私の心の中の動きをすべて知っておられたのである。「今、思い浮かんできた言葉をそのまま口にしなさい」

畏(おそ)れ多い、と思いながら、「その人は私の侍従(じじゅう)をしていた人です」といった。

「ウパテッサよ」といわれたとたんに、私は高橋先生に向かって「ブッダ」と叫んでいた。あのなつかしさ、さのなつかしさ、このなつかしさに涙がとめどもなく流れてくる。その私の眼にはっきり見えるのは、「お釈迦さま」であった。「ブッダ…、ブッダ…」。そう呼びながら、私はひれ伏していた。

「そなたは二千五百年ぶりの約束をよく果たしてくれました。今生でも、あのインドの時と同じように正しい法を伝えていきましょう。今生でこうして会えてうれしいです」

その声はまことに厳(おごそ)かであった。>

この昭和四十八年当時「ウパテッサ」(シャリー・プトラーの幼名)という人物が誰であるか、などということを知っている人はほとんどいませんでした。(一部の仏教学者くらいのものだったでしょう)

それが高橋先生の口から(高橋先生は高電工業というコンピューター会社を経営していられ、講演ではいつも『私は仏教やキリスト教など学んだことがありません。ただの電気屋のオヤジです』と言っていられました)「ウパテッサ」という固有の名が自然に出てきて、古代語である当時のインドの言葉で話していられるということは、非常に真実性がありリアリティーがあります。

このような箇所を見ても高橋先生の観自在力(すべてのものを見通す力)が、本物である証拠といえますが、高橋先生はこのような方法で多くの人が見守る講演会場でも、多くの人の過去世の記憶を紐解かせました。これはイエス・キリストがこの世に現れ、その弟子たちに起きた現象(使徒言行録に書かれてあるところです)と同じことが、この日本で起きたのです。

それは実に、イエス・キリストがこの世に現れて以来二千有余年、光の大指導霊と呼ばれる方が、この世に出世された時だけに起きる奇跡の現象だったのです。

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11月 19 2010

園頭広周師⑯

昭和四十八年三月、園頭先生は高橋先生と今生初めてお会いされます。その時園頭先生は、高橋先生こそ自分が捜し求めていた師であることを直観されます。

昭和四十八年四月大阪で高橋先生の講演会が行われました。

園頭広周先生著「現代の釈尊 高橋信次師とともに」より抜粋します。

<私が「生長の家」をやめた時、「先生がやめられるほどの『生長の家』ならわたしたちもやめます」といって私と一緒にやめた人の一人に手紙を出して、四月の大阪における高橋先生の講演会を聴きにくるよう誘った。

講演が終わると「園頭さん、宮崎から来られたあの人たちも一緒に生駒(いこま)の三鶴山荘(みつるさんそう)に今夜泊まってください。僕はまだ個人指導があるのであなたたちは先に行ってゆっくりしていてください」といわれたので先に行って待っていた。>

園頭先生はこの日、いよいよ自分が過去世で誰であったのかを知ることになりました。

同じく園頭広周先生著「現代の釈尊 高橋信次師とともに」より抜粋します。

<その夜宿泊を共にしたのは、私と、宮崎から来られた人と、当時のGLA関西本部の本部長以下各理事たちであった。浴衣にくつろいで夕食が終わった。これから教えを受けるのであるから服に着替えようと思っていたら、「園頭さん、ちょっと精神統一をしてみてください」といわれた。私は身長一七五センチ、体重八三キロある。宿の浴衣は私には短かった。正座すると前が合わなくて足がはだけて見える。膝頭(ひざがしら)を合わせて前がはだけないようにして坐ろうとしたら、私の膝を軽く叩いて、「あ、そういう窮屈(きゅうくつ)な姿勢をしてはいけません。正座をすると足が痺(しび)れるでしょう。そうすると足の方に心がとらわれて心は統一できないでしょう。身体が統一するんじゃないんです。心が統一すればいいのです。心を統一させるには、心が身体の方に気をとられないように身体はラクにする方がいいのです。坐禅などのように結跏趺坐(けっかふざ)する必要はないのです。インドの時はあのような姿勢はしなかったのです。ラクにしなさい、胡坐(あぐら)を掻(か)きなさい。胡坐でいいのです」といわれた。

精神統一といえば、日本人は誰しもが正座してするものと思っている。まして「生長の家」では「神想観(しんそうかん)」という観行(かんぎょう)をするのは正座であって、二十年以上も毎日正座して神想観をしてきていた習性があるので、「胡坐をかきなさい」といわれた時はいくら高橋先生の言葉といえども、「これでいいのかな」と少々とまどった。とにかくいわれるままに胡坐して統一に入った。心が統一してくると、もう一人の自分が肉体から抜け出して自分の上にいる。見ている自分と見られている自分がいる。禅宗の坊さんでもそういう境地に入る人はそう多くないといわれているが、私は「宇宙即我」の体験をしてから、精神統一をすると、すぐそういう境地に入ることができる。だから私にとっては別に坐禅の道場に行って習う必要はなかった。

心が統一して澄み切ってくると、高橋先生はどこの国の言葉であるかわからないが、私に向かって話しかけられた。右の手を私の頭上にかざしておられるのがよくわかる。

「一体どこの国の言葉だろうか、どんな意味なのだろうか」といぶかった。そう思っていながら腹の底から今までとは違った思いと感情がこみあげてくる。まことに不思議である。わからないながら聞いているうちに、だんだんわかるような気がしてくる。それにいいようのない、なつかしさがこみ上げてくる。腹の底からこみ上げてくる感情が胸のあたりにふくらんできた。高橋先生のわからない言葉はつづいている。

突然、日本の言葉で、「肉体を持っている人よ、今、腹の底からこみあげてきたその思いをそのまま言葉にしなさい」といわれる。

高橋先生は私の心の動きのすべてをすでに知っておられるのであった。ここまで心の動きのすべてを知られては、この方の前には絶対にウソはつけないと思った。人の心の動きがすべてわかるという教祖は、今の日本にはいない。

言葉にせよといわれても、どういう言葉にすればよいのかわからない。この胸の中にふくらんで、尚後からこみあげてくるこの思いをどう言葉に表現すればいいのだろうか、と思っていると、再び「肉体を持っている人よ、声を出しなさい」といわれた。私はこれまで「肉体を持っている人よ」という呼び掛けで始まるこのような権威のある言葉を聞いたことがなかった。そうして、また、今の日本の教祖で、誰がこのような権威ある言葉を吐ける人があるだろうかと思った。>

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11月 17 2010

園頭広周師⑮

昭和四十八年一月、このころ園頭先生はある教団に迎えられて、その教団の講師をされていました。ある日、暇ができた園頭先生は知り合いの家に出かけられたのですが、そこで運命の本とめぐり会うことになります。

久しぶりに会ったその人は、いきなり「素晴らしい方が出てこられました。この人こそ本物です。ぜひこの本を読んでください」と言われ、二冊の本を先生に渡されます。それが高橋先生の本であったのです。

その本は「縁生の船 神理篇」(えんしょうのふね しんりへん)と「原説・般若心経」で、園頭先生は家に帰って早速読まれました。(「縁生の船 神理篇」はのちに「心の発見 神理篇」と改題されます)

「イエスの教えもゴーダマの教えも神理は一つである。ただ方便が違うだけで、人間としての心のあり方を教えていることには変わりがない、私たちはそのことをよく悟るべきである」「信心とは、お経を上げたり賛美歌を歌ったりするものではなく、片寄らない心と正しい行いを実践することにある」……。

読み進んでいくうちに園頭先生は、この方こそ自分が捜し求めていた人に違いないという気がしてきて、一日も早く会って直接教えを乞いたいと思われ、高橋先生に手紙を出されます。

「今まで宗教界にいて神理を求めてきましたが、疑問ばかりが多くなって、現在の宗教界に失望しているものです。ご著書を読んでぜひ直接ご指導を仰ぎたく……」

と手紙を書かれ、返事がくるのを待たれました。

園頭先生は、高橋先生の著書の中で「神仏の意志こそ神理であり、人間の心の中には誰も、過去世で学んだ記憶が記録されている」という部分にも興味を引かれました。高橋先生の著書の「縁生の船」の中には、いろいろな人が過去世を思い出し、当時の言葉で語っているということも書かれてありました。

今までの宗教家の中には、これほど具体的に輪廻転生のことを書いている人はいませんでした。(最近は私の過去世は誰であなたは誰々であった。などという人があちこちに出て、異言を語る人もいますが、それは高橋先生が一番最初にされたことであり、それまではこのようなことを言う人もされる人もいませんでした。異言を語るといっても、これもやはり正しいものと正しくないものがあり、中にはでたらめを言っている人もあって、そのような不思議な現象だけにとらわれると、正しいものが分からなくなります。よくよくその異言を語っている人や、あなたの過去世は誰々といって、人を集めている人の人格を見極めないと正しい教えにはめぐり会えません。少なくとも現時点でそのようなことを言ったりやったりして人を集めている人たちは、高橋先生のまねをして人を集めているだけであって、法(神理)をよく分かっていないといっても間違いではないでしょう、誰々の霊言などといって教団を作ったある教祖などは、高橋先生の名を利用して人を集めた、でたらめな人たちの中でも最たるものでしょう)

手紙を送くられて二ヶ月ほどした時、園頭広周師①に書きました、二人の方が園頭先生の下に来られ、高橋先生も園頭先生に会いたがっていると言われて、それからお二人は会われることになりますが、私は前にも書きましたが、なぜ、高橋先生は園頭先生の下に二人も人を使わしたのでしょうか?

しかも高橋先生は「こういうところに園頭という人がおられる。この方は私にとって非常に大事な人であるから、電話などで行ってはいけません。一人で行ってもいけません。誰かと二人で行って、私がぜひ会いたいといっていたと伝えてください」とまで言われているのです。

他の弟子たちのほとんどは高橋先生の下に自ら行って、高橋先生の弟子になった人ばかりですが、園頭先生には「電話などして行ってもいけない、一人で行ってもいけない、誰かと二人で迎えに行ってください」とまで言われています。

高橋先生がこれだけ気を使われた弟子は他にいません。

高橋先生はお釈迦様であった方ですので、すべてのことを知っていられました。現に高橋先生は、園頭先生と会われたその日に、園頭先生が高橋先生の下に来られることを、五年前から周りの人たちに話していたということを言われていますし、園頭先生が戦地で体験された奇跡や宇宙即我のことも話されます。園頭先生のすべてのことを高橋先生は、すでに知っていられたのです。

高橋先生は、園頭先生の現在過去未来の三世を見通していられました。

だから高橋先生は園頭先生にわざわざ二人も人を使わして、園頭先生を迎えられたのです。それは「私の法を継ぐのはこの人だ」ということも、知っていたということになります。

高橋先生が、二人も人を使わして園頭先生を迎えられたということは、園頭先生が高橋先生に継ぐ心の持ち主であったということを、知っていられたということであり、自分の後継者となるべき人だということを、暗に他の弟子たちに示し、またそのことも言われていたのですが、高橋先生の弟子たちの中で、そのことに気づいた人は一人もいませんでした。

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11月 14 2010

日本シリーズを観に行って④

こういうことを、あまり具体的に書いていいのかいけないのか分かりませんが、シーズンも終わったことですし、法を拡げるためには仕方ありません(笑)、法を知るとこういうよい結果が出るという、分かりやすい具体例も一つ書いておきたいと思います。(その選手には申し訳ないのですが)

私が少しだけ法を伝えたその選手は、その年から毎年好成績を残していました。(好成績を残したといっても少し成績にムラがあるようです。その原因も分かっていますがここでは書きません。この選手は法を勉強すればもっと成績は上がります)が去年辺りから送球ミスが目立つようになり、去年のオフから今年にかけてのキャンプの時には、かなり守備練習をしていたようでした。

しかし、それにもかかわらず今年の開幕戦に、いきなり二つも送球ミスをしてしまったのです。あれだけ練習したのに送球ミスが直っていません、私はこの時「こりゃイップスか何かじゃないか」と思いました。だいたい送球することなど、中学や高校の野球選手でも正確にできます。それをプロ野球選手がよくミスるなど、普通では考えられなかったからです。

こういう心の問題は(イップスなどは心の問題ですから)私の得意分野です。

私は、さっそくその開幕戦の夜ブログを書きました。もちろんその日の開幕戦のことです。

そして、その選手にボールに感謝して投げろ、と書いておいたのですが、不思議なことに翌日の試合からその選手は、送球ミスがピタリとなくなりました。

私はその選手に直接聞いたわけではないので、これから書くことは仮定のこととして書きますので、読まれる人はそのつもりで読んでください。

この選手は私のブログを読んでいました。そして、私のブログを読んでボールに感謝して投げるようになると、送球ミスはなくなりました。

ボールに感謝してよい結果が出たのは、この選手だけではありません。前にも書きましたが、あるピッチャーにも同じようによい結果が出ています。

つまり少々の心の病など感謝の心を強く待つならば、即座に治ってしまい、そして、一番大事なものに感謝すれば、よい結果が現れてくるということです。感謝して調和の心を持てば持つほど、よい結果が出てくるということです。そしてそれは、人であろうと物であろうと同じことだということです。(すべては神がつくられたものですから…ボールは人が作ったのだろうといわれる人がいるかもしれませんが、ではその材料となる物質は誰がつくったのでしょうか?すべて神がつくられたのであり、そこに神の生命が宿っています)

このように考えるならば、野球選手であれば野球で一番大事なボールに、常に感謝して試合をすれば、たとえば野手であるならバッティングの時だけ、相手が投げてきたボールに対して感謝の心を持つだけではなく、守備の時でも飛んできたボールに感謝の心で取りに行き、感謝の心でボールを投げる、とそのように心がければバッティングだけでなく、守備もよくなり三拍子そろった選手になれるはずです。

実際は得手不得手がありますので、そのような選手になれる人ばかりとは限りませんが、ピッチャーも同じでしょう、ボールに感謝の心を持って投げるのと持たないで投げるのとでは、大きく結果が違ってくると思います。

では、ゴルフの選手はどうなのでしょうか?

ゴルフの選手も同じだと思います。ゴルフにとって一番大事なものはボールでしょう(ボールがなければゴルフはできません)。そのゴルフボールをケンカ腰で打ちにいってよい結果が出るのでしょうか?

やはりゴルフのボールを打ちに行く時、感謝の心で打つならば、もっとよくボールがいうことをきいてくれるでしょう。どのような状況になろうと、常に感謝の心でボールを打てば、よい方向に状況は変わってくると思います。

そればかりではなく、試合の相手は敵ではなく自分の能力を伸ばしてくれる、同じスポーツをしている、縁の深い(縁が深いから、ひとところに集まって同じ仕事をしているのです)仲間であると思い、感謝の心で競い合いともに高めあっていけばいいのです。感謝の心を持てば持つほど、そしてその心が大きくなればなるほど(たとえばゴルフ選手なら当然ゴルフクラブにも感謝の心を持った方がいいですし、いつも踏んづけたり削ったりしている芝にも感謝の心を持った方がいいのです)、よい結果が出てくるということです。

残念ではありますが、スポーツ界で前から言われている「負けず嫌いの心」や「相手を蹴落としてでも自分さえ勝てればいい」などという心はどこにも出てきません。そんな心よりも、ボールや相手に感謝の心を持ち調和したほうがよい結果が出る、ということを私はここに書いておきます。

多くのスポーツ業界に生きてきた皆様と、正反対の意見になりますが、(何人のプロスポーツ選手が、このブログを見ているか知りませんが)私の意見を取り入れてもよいと思われる方は一度やってみてください、昔からの意見に従いその考えを変えないという方は、それはそれで結構です。(ここでも古くからいわれている、肉体中心の唯物論と心が中心の唯心論との戦いですね)

いずれにしましても野球選手には、私の意見を聞いた結果、不思議とよくなった選手が出ています。ゴルフの方でもそのような選手が、出てきてくれることを願わずにはいられません。

法を知り、実践される人のところに天は力を貸してくれます。一人でも多くの方が法を理解してもらえることを願うばかりです。

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