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5月 12 2019

史上最強の傲慢さ

宮崎で震度5の地震が起きたようですね。

そうして、マイクロバスが山の斜面を転落して十数名の重軽傷者を出したようですが(また、こんな事故ですか…)こういう運の悪い(神のご加護がない)ことばかりが続いています。

皆さん早く手を合わせて神に頭を下げ、この正法神理を実践してください。そうしないことにはこのような災いは止まらないからです。

ずいぶん怒っている人がたくさんいますが(昨日はまた凄かったですね。この近所は。そこらじゅう〔の会社〕で怒っていました)そういう人たちにいっておきます。

皆さん方は、これまでそんな人がいないというほどの超傲慢な態度を取り続けているのです。

これまでの歴史で、これだけ長い間(もう十年)本当の神の教えを伝えられ続けていて、少しも感謝しなかった、嫌がらせしかしなかった人たちなどいません。

仮にそういう人がいたとしても、ごくわずかでしょう。本当の神の教えを伝えられた人は誰だって少しくらいの感謝はするはずだからです。(自分たちはずいぶん心が救われ、本当の神のことも知ることが出来たでしょうから)

もちろん、たくさんの感謝をする人もいたでしょう。(布施などたくさんしてくれてです)本当の神の教えを伝えられるなど、それほど稀有で有難いこともないからです。

しかし、このブログを見ているほとんどの人たちは、その価値を認めようとせず、少しの感謝もしないのです。

自分たちは、心が救われるだけ救われ、これまで知らなかった本当の神のことまで知らされていて、感謝もせず、嫌がらせをし続けているなど、ありえないほど非常識な態度だと思うんですが、残念ではありますが、こちらで怒っているような人たちなど、そういう態度を非常識とはまるで思わないようです。

昔なら、本当の神の教えに出会えたのなら、感謝してもしきれないくらい感謝してくれる人もたくさんいたと思いますが、しかし、現代の人たちは、まったくそうは思わないようです。

本当の神の教えに出会えていても、それほど喜ぶわけでもなく、特別なことを知らされているという意識もなく、何か普通のことを知ったようにしか思っていないようです。

そういうところが、史上最強の傲慢さといえる所以であると思います。

どれだけ有難い教えを教えられたとしても、まったく感動することもなく、深く感じ入るということもなく、そうしてへりくだるということもないようだからです。

人としての奥ゆかしさをまるで知らないようであるからです。

そういう(史上最強の傲慢な)人たちであるなら、あまり自覚もないのでしょうが、しかし、それだけの傲慢な態度は世に存在しないのです。

いっている意味が分からないかもしれませんが、それほど傲慢な態度を取る人たちは世に存在し得ないということです。

だからそれほどの罰が当たるのです。

この世からいなくなるほどの罰がです。存在し得ないほどの傲慢さなのですから、存在し得なくなるのも道理であるからです。

つまり、それだけひどい態度を取っているということです。それほど現在の人たちの傲慢さは群を抜いているのです。

これは、決して大げさな言い方ではなく、皆さん方の態度は、どれだけ傲慢と書いても、それでも書き足りないくらい傲慢な態度なのです。

それだけこの世で本当の神の教えに出会う(如来の教えに巡り合う)ということは、もう稀も稀、ありえないほど幸運なことであるからです。(ずいぶん前に、このブログに「一眼の亀の浮木の穴」という題で本当の神の教えに出会うことの困難さを書きましたが)

それほどの幸運に巡り合えたにもかかわらず、それにはまったく感謝せず、超傲慢な態度を平気で取り続けている、これでは天罰がくだらない方がおかしいのです。

そういう態度自体、悪も悪、それだけ大間違いな態度もないからです。

だから、その天罰がくだっているだけの話なんですが、残念ながら、史上最強の傲慢な人たちには、自分たちのしている超傲慢で、超不遜な態度がさっぱり分からない。だから、自分たちに悪いことが起きる意味が分からない。だから、悪いことはすべてお前のせい、とそういうことになるのでしょうが、全然違います。

それは天罰以外の何ものでもないのです。自分たちの超傲慢で超不遜な態度に対するです。

例えば、私に嫌がらせをして病気になった人がいたとします。すると、その病気になった人は「あいつのせいで病気になった」と思うわけです。

しかし、その人は先に私に嫌がらせをしているのです。

それだけで病気になったのなら、確かに私がその人を病気にしているのかもしれませんが(単に嫌がらせをしただけで病気になっていたらみな病気になるはずだからです。世に嫌がらせをする人はごまんといるからです)しかし、その嫌がらせをした人は、実は私のブログを読み、本当の神の教えを教えられ、自分の心を散々救われているのです。(ここが違うのです。単に嫌がらせだけをしている人と私に嫌がらせをしてくる人とではです)

その恩が実はさすまじい有難さなのです。本当の神の教え、即ち如来の教えに出会うことの有難さは、この世に比べられるものがないからです。

それほどの恩を私からこの人はすでにいただいているのですが、それにもかかわらず、そのことには一切感謝せず、そのような嫌がらせを平気でするわけです。

となればです。その反動はすさまじいものとなります。私から受けている恩がまたすさまじいからです。

だから、簡単に病気にでもなってしまうのです。

受けた恩が大きい分だけ、それを仇で返すなら、その仇はすさまじいものになるからです。

そのような大きな恩知らずが、自分に大きな災いを招いているということを知ってください。

それをどれだけ否定しても、事実だからしょうがありません。実際にその通りのことが起きているのだし、私は正しいことをいっているから奇跡が起きているのです。

その恩の大きさを昔の人たちはよく分かっていたのです。だから如来の教えを説いている人を大切にもされたのだし、その恩にもよく報いたのです。

しかし、現代の人たちは、何度も書いていますが、超傲慢です。決して、その偉大な教えを偉大と認めようとはしないのです。

だから間違うのです。傲慢な心では正しいことは分からないからです。

だから、この辺りで怒っている人たちなど、何で、少しばかり嫌がらせをしたくらいで病気になるのかと、だからお前が人を病気にしていると、そう思わけでしょうが、その中身が全然違うのです。

それだけ大きな悪事をその人たちは働いているということです。だから、それだけ大きな悪いことが起きるのです。

それだけ如来の教えを伝えられるということは、普通ではありえないような幸運であるということです。

それだけの幸運を得ているから、それだけの悪運もつくわけです。善因善果、悪因悪果です。

そう考えるならです。もし、私にいいことをするなら(恩を恩で返すなら)どれだけのよいことが(幸運が)得られるでしょう。

そういうことはまったく考えようとしませんが(このブログを見ているほとんどの人がです)これだけ災いが起きているのです。

そのようなよいこともされてはどうでしょう。(ドーンと布施でもされませんか?そうしたら運命も開けてくるからです。〔笑〕)自分たちのことばかりを一生懸命しているのではなくです。

そういう自分本位なことしかされず、神のことを(本当の正しいです)考えようとしないから、それだけ(日本に)災いが起きるのです。

何度もいいますが、このブログに書かれた神の心を(少しは)実践されることです。そうすればよいことは起きてくるからです。

よいことも悪いことも、それだけ起きるのが、この本当の神の教え、即ち如来の教えであるからです。

これだけ(長々と)解説してもまだ自分たちが悪い(超傲慢である)とは認めませんか?

しかし、もう認めるしかないのです。認めて自分たちの悪かったことを反省しない限り、災いは止まらないからです。

いつまでも私のいうことをきかなければドンドン災いは増えていきますが、逆に、如来の教えはです。

きけばきくだけよいことが起きてきます。(実際に私やウナッシーさんはそうですから)

それほどの教えに今生、巡り合っているのです。

自分たちのこれまでの行いを反省し、正しく如来の教えを実践しませんか?

それをするなら、どれほどの幸運が与えられるか知れないからです。

追伸…何ですか。今度は一転して自民党も公明党も大阪都構想の住民投票を認めるんですか…大阪もいろいろありますね。(ほんと自分たちの政策や信念はどうなっているんでしょう。そんなに住民投票ばかりして、大阪市民が真っ二つに割れて反目し出したらどうするんでしょうか)

しかし、都構想はいいんですが、アメリカと中国の貿易戦争が本格化し(アメリカが、対中関税二十五パーセントを発動するらしいですから)これで日本も大きな影響を受けることになります。(中国などへの輸出入がもうずいぶん落ちているんですよね)

北朝鮮もまたミサイル発射が始まりましたし(これからですか?本格的な北朝鮮との話し合いはです)すでに起きていませんかリーマンショック級の出来事がです。

次の総理が動き出し始めましたし(もう菅総理で決まりですか?〔苦笑〕)安倍総理も、ここで総理の威厳を示しておかないとお立場もなくなるでしょう。

消費税減税で衆参ダブル選挙、もうやるしかないですね。(苦笑)

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5月 09 2019

前代未聞の愚行

もういい加減にしませんか。神と本当の神の教えを感謝もせず無視し続けるのはです。

間違っているのです。(しかも大きくです)そういう態度はです。

昨日もやたら怒っている人たちがいましたが(何をいっても自分が悪いなどとは思わないようです。お前が悪いの一点張りのような人ばかりでした…今日も朝からいますが、そういう人たちがです)しかし、その間違っていることをこのブログを見ている人たちがし続けている間は、災いは止まらないのです。

どれだけそれを認めなくても、その自覚がなくても、本当の神の存在をこれだけ教えられ(現れる現象と合わせて)本当の神の教えもこれだけ知らされているのに、平気で、神も、神の教えにも感謝せず(ほんとまったくしません、この辺りの人たちはです)無視し続けているというのですから、これでは災いが起きない方がおかしいのです。

これだけ前代未聞の愚行もないからです。(本当の神の教えを教えられていて、まったく感謝せず無視している人たちなんていないでしょう。これまでならです。現在の人たちは、多分、史上最強の超傲慢な人たちです。〔苦笑〕)

だから、そのような「信じられないほど傲慢な」罰当たりな行為はもうやめることです。そうしない限り、起きる災いは激しくはなっても止まることはないからです。

しかし、この辺りの人たちはもちろんなんですが「反省」ってしないんでしょうか?このブログを見ている人たちはです。

私が何をいっても一切、自分たちのしていることを変えようとしないのですが(特にこの辺りの人たちなどすさまじいまでの頑なさなのですが)何度もいいますが、もはやこの辺りだけではないのです。

不幸な現象が起きているのはです。

日本全国で、天変地変が激しいのはもちろんのこと、癌のような大病を患う人はドンドン増えている(そればかりでなくインフルエンザやO―157のような疫病も凄く増えています)そうして、おかしな現象もドンドン増えて(電車が止まったり、大きな火事が起きたり、暴走事故で多くの人がはねられたり…昨日もありましたが)不幸が続出しているのです

次々に不幸なことがこれでもかと起きているのです。

いくら何でもおかしいでしょう。戦争が起きているわけでもないのに、これだけ不幸ばかりが増えていくのはです。(多分、日本に起きている多くの不幸をグラフ化したら右肩上がりでしょう。誰かそういうグラフもつくってくれないのでしょうか。経済関連のグラフばかりでなくです。〔苦笑〕)

このような災いが、現在の日本にはドンドン増えていっているから、私は反省してくださいと、そうしないとこのような災いは止まりませんよと、そういって(いい続けて)いるわけです。

このようなことはすべて(すべてをこのブログを見ている人たちのせいとはいいませんが)日本の人々が、神に対する態度が悪いから起きているからです。

前回も書きましたが、神に対する態度が間違っているため(しかも大きくです)日本の多くの人たちが神のご加護をもらえていないのです。

昨日のあの園児たちに車が突っ込んだ事故でもそうです。わざわざ園児たちが信号待ちしているところに車が突っ込みますか?

ああいう事故を見ても分かるのです。すでに小さな子供まで守られずに災いが起きているのです。神のご加護がないからです。

だから、これだけの災いが日本に次々に現れるのです。神の加護のないところには災いしか現れないからです。

実際、私たちのような神に対する態度が正しい者にはちゃんとご加護(次々に起きる奇跡)があるのです。

昨日もそうでした。庄内川に行くとずいぶん水が引いていたのです。

その水が引いた庄内川を見ていたら、しばらくすると黒い塊が浮いて来ました。

「ん、何だあれ?」と、その黒い塊をよく見てみるとなんとその塊はたくさんの小魚たちでした。

大量の小魚がまとまって浮いてきたのです。

「うわ、凄い数」とちょっと引き気味に見ていると、そのような黒い塊があちらからこちらからと、あちこちから浮いてきたのです。

「おいおいお前ら、どんだけいるんだ。元気だな」と、その塊たちに声をかけると、そのあちこちから浮いてきた小魚たちがパチャパチャやりはじめました。

先ほどまで静かだった川面が、あちらでパチャパチャ、こちらでパチャパチャと急ににぎやかになったのです。

その小魚たちに声をかけながら見ていると「ひゅん」と何か飛んで来たんですが、それはツバメでした。

数羽のツバメが私が騒いでいたので飛んで来たようで、もうあっちから飛んて来たり、こっちから飛んで来たり、ツバメも小魚同様飛び回っています。

それ以外の鳥も鳴きながら何羽も飛び回り、川も空もにぎやかなものでした。私の顔を見ると、みな喜んで、泳ぎ回り飛び回っているのです。

本当に可愛いものです。そのような鳥や魚たちの愛をヒシヒシと感じたからです。

そういう場面を見ていたのかどうか知りませんが、後にある道路では、たまに通るトラックがよくブシュブシュやって走っていきました。

そのようなことをして走り去っていくトラックの運転手連中は、私の周りを飛び回り、泳ぎ回っている、鳥や魚たちと違い、怒りや憎しみ、ねたみやひがみの心で、そのような嫌がらせをしていくんだろうなと思うと、そのやっていること(心)のあまりの違いに、そのような運転手連中が哀れでした。

釈尊が次のような例え話をされたことがあります。

私がある人の家に招待されたのですが、その家に行くと食事を出してくれました。

私は腹が減っていましたので、その出された食事をおいしくいただいたのですが、そのいただいた食事は一体誰のものなのでしょうか?

人の家で出されたとはいえ、出してくれた食事を、私は食べて、その食事はもう私の腹の中に入ってしまっているのですから、その出してくれた食事は私のものでしょう。

しかし、その出してくれた食事を、もし私が食べなかったとしたら(お腹が一杯で)その食事をそのまま出してくれた人に返したとしたら、その食事は一体誰のものなのでしょうか?

その場合はです。

それは食事を出してくれた、その人のものということになるはずです。元々は、その人が出してくれた食事であるからです。

私は、鳥や魚たちの愛はいただきますが、後ろで走って行くトラックの運転手の怒りや憎しみ、ねたみ、ひがみの心はいただかないことにしています。

そうすると、そのような怒りや憎しみ、ねたみやひがみの心はどこに行くのでしょうか?

もちろんそれは、先ほどの例え話でも分かりますように、そのような心は皆だした人に返って行くのです。

そのような心が、自らに災いを現していると知ってください。

自分たちの出した、怒りや憎しみ、ねたみ、ひがみの心が自らを不幸にしているのです。(何度もいいますが、私がその人たちを病気にしているのではないのです。そういうことをすれば自分も病気になるからです。自分が出した間違った思いが自分自身を病気にしているのです)

この教えを実践し、私のように愛をふりまいていれば、そこらじゅうからまた愛が戻って来て、様々な奇跡が起こります。

しかし、せっかくこの教えを知っていても、まったく実践しようと(理解しようと)しなければ、知らない人と同様の(もっと悪いほどの)災いが現れるのです。

善因善果、悪因悪果の法則が、この教えを知っている人にはより以上に現れてくるからです。

このブログを書いている最中にも次々に災いが現れているようです。(どこかの会社などです。どんどん出ているようです。災いがです)

一番の神のご加護がもらえる方法が、この教えを実践することなのです。

いつまでこの教えを無視しているのですか?

それほどの愚行もないのです。

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5月 07 2019

神のご加護

ゴールデンウィークも明け、今日から始まりのところばかりのようですが(相変らずうるさそうです)しかし、いつまでも(神に対し)思考停止状態で怒っていても仕方ないでしょう。(というか、危ないだけです。そういう態度を取り続けているのはです)

神に対し、もう少し考えを進めてはどうですか。そうすれば救われるからです。(というか、そうしない限り救われません)

前回も書きましたが、日本の人々は、大きな使命を(正法神理流布)果たそうとしないからこうなるのです。

それがつくり話でも、夢物語でもなく、本当のことであるということは、私に次々に起きる奇跡で証明されているはずです。

それでも理解しようとはしないのでしょうか?そのような使命をです。

それともう一つ、無神論などというすさまじいまでの神に対する不遜さです。

そのような神の意志をまったく無視する傲慢不遜な態度を取り続けているから(しかもダブルで)よけい災いも起きるのです。

だいたい、神につくられた世界にいながら無神論を唱え、そうして本当の神の教えを無視し続けているとは一体どういうことでしょうか。

これだけ不遜な行い(というか、デタラメな行い)もないからです。

だから、日本はこれだけの災いを起こされるのです。デタラメな態度を取り続けている人が多いからです。

この教えが本当の神の教えであるから(ウナッシーさんのように)この教えに従っている人には奇跡が起きるのであるし、逆らっている人には災いが起きるのです。

そういうことが起きることが、神がいる何よりの証拠であるのだし(神の存在がなければそんな不思議なことが起きるわけがありません)この教えが本当の神の教えであるという証拠でもあるはずですが、それが分かっていながらです。(分かっていながらですよ)

いつまでも神を信じようとしないし、このブログにまったく感謝もせず、従おうともしない。

それどころか逆らいまくって平気で嫌がらせをしてくる人までいる。(しかもたくさん)ちょっと考えられない態度ですね。

このブログを見ている人たちはです。

これまでの人たちであるならです。神の存在を現象を通して教えられ、本当の神の教えを伝えられていると分かったのなら、誰だって感謝して、多くの人が真剣にこの教えを勉強されたのです。

そうした方が自分自身が(本当に)救われると分かっているからです。(誰だってそんなこと分かると思いますが…)

少し昔の人なら、本当の神の教えに出会えたのなら(そうして神の存在まで現象を通して〔口だけじゃないのです〕教えられたのなら)もう涙を流して感謝して、喜んで布施してくれたのです。

昔の人になればなるだけ、神の存在と本当の神の教えの尊さはよく分かっていたからです。

ところが、現代の人は(平成の人はと申しましょうか、このブログを見ている人は)一体どうしたことでしょう。

神の存在を教えられ、このブログに書かれたことが、本当の神の教えであると分かっても、何か当たり前のようにそれを読んで、書いてあることが自分の意見と合わないと平気で怒る人はいる、長く書かなきゃ書かないでまた怒る人はいる、いいことを書いて、それで心が救われたり、自分が知らないことを知らされたりしても、特別それを喜ぶわけでもなく感謝することもなく、興味本位で、ただ読んでいるだけみたいな人ばかりです。(ウナッシーさん以外は)

そういう冷めた態度で、いつまでたっても神を信じず、本当の神の教えの価値も理解しようとしない、それで、そういう態度が正しいと思っているのでしょうか?

そのような人たちはです。

まあ、正しいと思っているからそういう態度を取り続けているんでしょうが(それでは血も心も通っていないロボットのようなんですが、いやいやここまで来ましたか、ロボット化がです。〔苦笑〕)だとしたら、本当に哀れですね。

だから起こされるのです。これほどの災いをです。

そんな(人として)外れた行為もないからです。

何度も書きますが、昔の人ならです。これほどのことが起きているのなら皆とっくに神の存在を認め、そうして本当の神の教えなどきけば泣いて喜んで感謝して布施してくれたのです。

そして、本当の神の教えに出会えたのなら真剣にその教えを学んだのです。

それが人として(神の子の血も心も通う人間として)当たり前の態度であると理解していたからです。

だから、神のご加護もあったのです。

そのような神を真剣に思う態度を神が喜ばれないわけがないからです。また、それが人しての神に対する正しい態度であったからです。

だから、皆それなりに幸せに暮らせたのです。(これほどの災いも起きずにです)神のご加護の下です。

しかるに現代の人たちは(このブログを見ている平成思想の人たちは)先ほども書きましたが、そのような昔の人の態度とは正反対の態度を平気で取っているのです。

神も神の教えも無視する、そのような傲慢不遜な態度を取り続けていて、どうして神の加護が受けられましょう。

だから、起きているのです。これだけの災いがです。これだけ集中的にです。

それだけ神に対し不遜な(しかも超がつくほどの)態度を取る人が日本にはたくさんいるからです。

そうではないでしょうか。逆に、神のご加護などといって笑わない人が現在の日本にいますか?

そういう人を探す方が大変でしょう。

現在の日本の人々はそうなのです。神のご加護などといえば笑いとばし、そうして正月にでもなれば皆いそいそと初詣に行って一生懸命お参りする。(その神のご加護を得ようとです)

そのようなトンチンカンなことを平気でしている、神に対し傲慢不遜でいい加減な態度の人たちばかりであるのです。

都合のいい時だけ神を思い、そうして必要でない時は無神論、そういう一種、気が違っているとしか思えないようなおかしな態度を平気で取っているから、これほどの災いを起こされるのです。

自分たちの神に対する態度のおかしさが分かっていないからです。

だから、神の存在をしっかり認めようともしないし、本当の神の教えに対する価値がいつまでたっても分からないのです。

それだけあやふやでいい加減な態度を神に対し取り続けているからです。

その自覚がないと神に対し、真摯な態度は取れないのです。(ということは、この教えに対しても同じでしょう。自分たちの神に対するいい加減さを分からないとこの教えの価値も分からないのです)

少し考えてみてください。そのような(神に対する、そうして、この本当の神の教えに対するあやふやな)態度を仕事で取ったらどうなるでしょうか?

そういういい加減な仕事をする人によい仕事は来ないでしょう。(それはそうです。都合のいい時だけ、その仕事をして悪い時はしないとか、どういう仕事をもらっても喜びもしなければ感謝もしない、興味本位でしか仕事をしない、では、段々仕事は減って行くでしょう)

それと同じで、仕事に対してはいい加減なことはしないのに、神に対しては本当にいい加減なことをしているのです。

日本の多くの人々はです。

その自覚がないから、これだけの災いを与えられるのです。それでは神のご加護を得られないからです。

平成以前が、平成ほど災いが起きなかったのは、過去の人たちが、それなりに神のご加護を得られていたからです。(つまり今ほど神に対し、いい加減な態度を取る人はいなかったということです)

だから、平成ほど集中的に災いを起こされなかったのです。神の加護の下では災いは起きないからです。(しかし、それなりには起きましたけどね。昔の人でも間違った部分はありましたから。その部分には災いは現れます。間違いを反省させるための現象としてです)

現在の人たちは、あまりに神に対する態度が間違っているため、その神のご加護が(ほとんど)もらえていないのです。

その結果がこれほどの災いであるのです。

もう、これまでのような平成思想(神に対するいい加減さ)は捨てませんか?令和の時代に入ったからです。

神のご加護がないところは不幸にしかなりません。いま現在の日本にこれだけの不幸が起きているのは、神のご加護を得られていないからです。

そのような(神に対する)いい加減さを捨てませんか?真剣に神を思ってこそ、神のご加護も得られるからです。

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5月 05 2019

民意より天意

前回の流れでもう少し皇室のことを書いておきますが、共同通信社の調査では、世間では女性(女系)天皇を認めるという人が八十パーセント近くいるようですね。

しかし、こういう調査が果たして必要なんでしょうか?

なぜなら伝統と民意は別であるからです。

だいたい(高橋先生と園頭先生の弟子以外の)ほとんどの人が、天皇陛下の血筋は如来の血筋であるということを知らないんですから、そうであるなら、その重さ、大事さが分からない人も多いと思います。(そういうことを知らなくても、二千年以上も日本の中心をなしてきた天皇陛下の血筋の重さは理解しないといけないと思いますが…)

重さ、大事さが分からない人たちにアンケートを取って、それを優先してしまっては正しい道は進めないでしょう。

やはり正しさが分かる人たちの意見を優先すべきなのではないでしょうか。(それが有識者会議なのか、どうなのか知りませんが)そうしないと伝統は(正しいことは)守られないからです。

象徴、象徴などと、天皇陛下のことをいわれますが、しかしそれは単に(日本のことをよく知らない、GHQに勝手につくられた)憲法にそう書いてあるだけの話で、日本にとって、そうして日本人にとっての天皇陛下は象徴なのではなく支柱であるのです。

その支柱である天皇家の血筋を変えてしまっては日本がまとまるわけがありません。

そのような行いがいけないということは、この前の新天皇陛下のご即位の時にも分かりましたし(雨の予報が男系男子の陛下のご即位の時だけ晴れていた)一番それがはっきり分かったのが、悠仁親王殿下のご誕生の時でした。

あの悠仁親王殿下のご誕生の時に国会では何をしていたのでしょうか?

そうです。ちょうどあの時は国会で、皇室典範の改正を目指して議論していた時でした。

天皇は、男系だけではなく女系も認めよというです。

その女系天皇も認めよという皇室典範の改正を小泉総理がしているまさにその時、悠仁親王殿下誕生の一報が入ったのです。

その報をきっかけとして、皇室典範改正の話は下火となっていきます。

もし、この時、悠仁親王殿下のご誕生がなかったら、あるいは、もう少し悠仁親王殿下のご誕生が遅かったら、この皇室典範改正の話は進められ、今頃は女系天皇も認めるというように皇室典範は改正(改悪)されていたことでしょう。

あの当時の小泉旋風は、それだけ凄かったからです。(「構造改革なくして景気回復なし」をスローガンに、次々に国営企業を民営化し、そうして郵政民営化まで行いましたから、この時の小泉総理はです。それで景気は回復せずデフレが止まらなくなりましたから。〔苦笑〕)

それが、あのようなタイミングで悠仁親王殿下が誕生されたお蔭で、そのような皇室典範改悪論が吹っ飛び、誰も皇室典範に手を付けられなくなったのです。

これはまさに小泉悪旋風を、悠仁親王殿下の神風が吹き飛ばしたといっても過言ではなく、この悠仁親王殿下のご誕生は(偶然なのではなく)天の配剤以外の何ものでもなかったのです。

このように考えるならです。日本の皇室の伝統を守る、如来の血筋を守るということがいかに大事であり、天も支持しているのかということがよく分かるはずです。

こういう(天の心までの)考え方をどれだけの人が出来るのか?ということです。

まず出来る人はいないでしょうね。だから、このように天の意志で行われていることは、民意より天意に従わないといけないというのです。

そうしないと(その天の意志を無視すると)必ず不幸になるからです。

だから私は、このように天に(そうして当然、初代天皇であらせられる神武天皇にも)守られている皇室の皇統を、ダメにするようなことや汚すようなことを書くのはいけないといっているのです。

それは天の意志に背く行為であるからです。(週刊誌の皆さん、お分かりですか?)

国のお歴々はこのように民意だけではなく、天意も考え、そうして国づくりを進めて行ってもらいたいものです。

そうしないと必ず不幸な道に進んでしまうからです。

最近は、そういう天意など考えず平気で日本を裏切り陥れる(自分さえよければそれでいいという)そのような(間違った、自分本位な小さな)考えを持った(スパイのような)人も多いようですが(だから、これだけ日本も混乱するんでしょう)しかし、そのような人たちは知らないのです。

神は(天は)すべてを観ていられるということをです。

そのような人たちは、この世はよくても(自分の思い通りに過ごしたとしても)死んだ後は地獄に堕ち、長い間、想像以上の辛く苦しい生活を続けなければいけなくなるのです。

そのよう行いが、どれだけ間違ったことであったのかということを自覚し、反省出来るまでです。

くだらない下心など持たず正直な心で天意に従うことです。

それが一番正しいやり方であり、それが一番自分にとって幸福な生き方であるからです。

日本には大きな使命があります。

その使命を果たせなくしようとする者は、誰であろうと大きな罪を得ることになるということを多くの人は知るべきなのです。

(それが日本だけではなく、どんな大国の実力者であろうとです。神には誰もかなわないからです)

追伸…もしかしたらです。悠仁親王殿下が天皇陛下となられた時代に、はじめて日本は神の存在を認め、日本人全体にこの正法神理が拡がるのかもしれませんね。

悠仁親王殿下ご誕生の(神風を起こされた)奇跡を知るなら、そのようにも思えるからです。

その時代に私はもう生きていないのかもしれませんが(私は恐れ多くも天皇陛下の一つ下ですから。〔笑〕)しかし、そうであるなら、その時まではです。

今のような無神論の日本の人々を感化し続け、何としても有神論に変えさせなければいけません。

そうしなければ(日本の人々が有神論にならなければ)正法神理が日本全体に拡がるわけがないからです。

では、その時までは悪魔と思われても(ずいぶんこの辺りではそのように思われているようですから。罰当たりな人が多くて、その罰をみな私のせいにされているからです)この正法神理を説き続け現象を現し続けるしかありません。

それをし続けない限り、無神論である日本の人々が有神論に変わることはないからです。

しかし、早く気づいてほしものです。日本の大きな使命をです。(その大きな使命とはもちろんこの正法神理の世界への流布です)

それに基づいて悠仁親王殿下のご誕生の奇跡も現されたはずであるからです。

多くの日本の人々が、その偉大な日本の使命に気づかない限り、日本に不幸は現れ続けます。

その現れる不幸の多さで、自分たちの大きな使命に、日本の人々は気づかなければいけないのです。

(なぜ、日本が災害大国などといわれているのか?それは地形とか、温暖化とか、そのような物質的な理由なのではなく、日本の人々が日本の大きな使命にいつまでも気づかず、それを果たそうとしないからです。だから、これだけ集中して災いを起こされるのです。〔地形や温暖化ではこの辺りで起きている災いを説明できないでしょう〕だから、今の日本を正確にいうなら「罰当たり大国」とか「災い大国」とか、いう方が正しいのです。そういう人が〔罰当たりで災いばかり起こされる人が〕多いからです。早く気づいてください。日本の大きな使命をです。それに気づくことが出来るのはこのブログを見ている人たちしかいないからです。〔だから、いつまでも私のいうことを一蹴しているのなら、いつまでも日本に災いは起き続けるということです。あなたたちのせいでです〕)

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5月 02 2019

天の導きと皇統の重さ

昨日の新天皇陛下の即位の儀式の時には東京は晴れていたそうですね。

そうであるなら天は日本の天皇陛下は祝福していられるのでしょう。(日本全体はともかくです。この辺りはずっと雨でしたから)天皇陛下がいなければ日本は中心をなくしてバラバラになってしまうからです。

令和の時代となったので一つ書いておきますが、初代の天皇である神武天皇はアシュク如来といわれた方でした。(だから、神武天皇がお説きになった古神道は正法神理であったのです。〔注、神社神道とは別です〕)

ですから、男系男子という皇統がダメになって女系天皇にでもなれば、アシュク如来である神武天皇の血筋が途絶(とだ)えるということになります。(女系では血筋が変わってしまうかもしれませんから。結婚する男性によってです)

如来の尊い血筋が途絶えるなら、それではもう天皇陛下が日本の中心にはなり得ませんので、皇統である男系男子が途絶えるかもしれないというのであれば、それはもう旧宮家の皇籍復帰しかないのです。(旧宮家なら男系男子の方々がまだ残っていられますから)

それ以外で尊い天皇家の血筋を途絶えさせない方法はないからです。(だから私は、この「男系男子」という皇統を潰〔つぶ〕そうとしている人たちを祈りましょうといっているのです。皇統を潰されたら日本はバラバラになるからです)

だから、今回、新天皇陛下の即位の儀式の時に晴れたのは当然なのです。

今回のご即位も男系男子が守られ、如来の血をひく方がちゃんとまた日本の天皇陛下として即位されているからです。

それを天が祝福しないわけがないからです。

そのような尊い血筋の方が天皇陛下となられたことで、これでまた日本もまとまることが出来るのですが、こういう事実を知らないため、皇統の危機だからと、そうして、世は男女平等だからと、平気で女系天皇を推す人たちも出てくるわけです。

しかし、それはとんでもない話なのです。

神武天皇以来の如来の尊い血筋である天皇陛下の男系男子という皇統は、何としても維持しないといけないのです。

それでこそ、天皇陛下は日本の中心たりえるからです。(これにて女系天皇論は終わりですね。それでは尊い血筋が途絶えてしまうからです)

それに今いわれている男女平等だから、男も女も平等になどという思想は、たかだかここ数十年の話です。

では、それが本当に正しいものなのかどうかはまだ分からないのです。

たった数十年くらいの思想はこれまでもいくらでも出てきているからです。しかし、その数十年で消えてしまった思想などこれまでの歴史上いくらでもあるからです。(そのような思想は間違っていたからです)

しかし、日本の男系男子という皇統はすでに二千年以上も続いているのです。二千年以上も続いているということは、それが正しいからそれだけ長く続いているのであり、正しくないのであれば、これだけ長きにわたり続くということはないのです。(それは釈尊やキリストの神理を知れば分かるはずです。釈尊やキリストのいわれたことは正しいから、これだけ長い間〔釈尊は二千五百年、キリストは二千年〕伝えられ続けているのです)

だから、いま現在いわれる男女平等などという思想と、日本の男系男子という伝統とは全然重みが違うのであり、比べるだけでも恐れ多いということを知るべきなのです。

歴史的重みがまるで違っているからです。

何度もいいますが、たかだか、ここ数十年の(男女平等などという)思想など正しいかどうかまだ分からないのです。

実際、男女平等などといわれている世界で何が起きているのですか?争いばかりではないですか。

その男女平等が進んいる日本以外の先進国では、離婚率は高いし、デモなどは激しいし、戦争に加担しているところまであるのです。

男女平等が進んでいる国より、進んでいないといわれている日本の方がよほど平和なのはなぜなのですか?

そのような状況をよく考えないといけないのです。世界でいわれているからと何でもかんでも取り入れるのではなく、そのようなことを取り入れている国々は本当に調和しているのかと、よいことが起きているのかと、それをよく見ないといけないのです。

そうしないと、その思想が本当に正しいかどうかは分からないからです。

まあ、いま見ている限りではです。その男女平等という思想はです。取り入れれば取り入れるだけ揉めているようです。そのような国々が多いからです。

そうであるなら、男女平等思想は正しいのでしょうか?

これまでの歴史上、そのような思想はありませんでした。これまでは、男は男の役割を守り、女は女の役割を守り、そうして、互いに協力するところはして、そのように男女のすることは別々であったのです。

しかし、ここ数十年の男女平等論はそのようなこれまでの考えを破壊したのです。

何でもかんでも男と女を同じにして、同じ仕事を同じようにさせたのです。

男女の身体の違い、考えの違い、長所、短所の違いなど一切無視してです。

その結果どうなったのか?まあ、私的には完全に失敗していると(やはりこれまで連綿と続いてきた男女の役割を一切無視して同じにしてしまっては、うまくいくわけがないと、だからこれだけ揉めているんだと)そう思っていますが、それは私個人の見方であり他の人たちは他の人たちの見方があるでしょう。

だから、男女平等論を一概に間違いであるとはいいませんが(今の時点ではです)そういう、たかだか数十年の思想を少なくとも日本の伝統である皇室に持ち込んでほしくはありません。

何度もいいますが、そういう思想は間違っているかもしれないからです。数十年の思想と数千年の伝統とでは重みが違うからです。

しかし、これもまた何度もいいますが、正しいことをしているのなら、奇跡が起きてきます。(今回のように新天皇陛下のご即位の時だけ雨という予報が外れて晴れたようにです)それに対し間違ったことをしているのなら、そこに災いが起きるのです。

そのような天の導きは必ずあるからです。

男女平等を激しくいっている国であればあるだけ揉め事(ということは、それは災い)が起きています。

果たしてそういう思想は正しいのでしょうか?

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