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3月 10 2019

平成の人々の異様さ

大阪は知事と市長の入れ替えダブル選を行うようですね。

党利党略、私利私欲のように思う人も多そうですが、大阪維新の会からすればもう大阪都構想は信仰みたいなものなのでしょう。

都構想を行えば大阪は必ず発展するみたいな新興宗教です。

しかし、冗談抜きで都構想ってきけばきくほど複雑で訳が分かりません。(それをしている大阪維新の会の議員も全員が全員、都構想をちゃんと理解しているんでしょうか?)

府と市でしている二重行政の解消とお題目のように唱えていますが(まさに信仰ですね。〔笑〕)その二重行政をなくして、都に一本化しただけで本当に一兆円もの(十年で)経済効果がえられるんでしょうか?(だとしたら、凄い経済効果ですが…何か魔法のような話です)

そういう学者もいれば、二重行政をなくしただけでは一億円くらいの節約しかできず、その手間、デメリットを考えたらどれだけ損が出るか分からない、という学者もいます。

いうことがまったく違うのですが(正反対ですね)それで二重行政はいけないからと、病院や学校まで減らすんですか?あるいは図書館とかも?(府と市が同じようにやっているものはなくすんですよね。都構想は)

大丈夫ですか?特に病院など減らしてしまってです。(では、あまったもう一つの病院を他の病院不足の自治体に譲ってあげてはどうでしょう。病院不足で困っているというところはいくらでもあるからです)それに学校や図書館を減らしてしまっては、子供の学力が落ちそうですが、そういうことはないんでしょうか?

でも、児童相談所は増やすんですよね。(昨日のテレビでそんなこといっていましたが、なぜ、児童相談所は増やすんでしょう?)

では、役所はどうするんですか?(役所を減らすと、前回も書きましたが、住民は不便ですし何か災害が起きた時に困りますが…)

都構想が、必要なものは増やして不必要なものは減らすというのなら、まだ話も分かりますが(いくら無駄を省くといってもです)何でもかんでも二重行政のものは減らすでは話にならないでしょう。

まさか、そんな単純な話ではないんでしょうが(そんな単純な話なら話にならないですもんね。都構想などです。その一点だけ見てもいりません。住民にとっては不利益だからです。それもかなりです。経済効果うんぬんの話ではありません)私たちのような他地域の者には、いっていることが複雑すぎて本当に訳が分かりません。(大阪の人たちは分かっているんでしょうか?)

どちらにしても、それだけ複雑はものはそう簡単に出来るものではないでしょう。

大阪市を特別区(の四つ)に分けてしまって、その複雑な決まりを決めるだけでも大変な作業となるでしょうし、やるにしても相当の議論が必要でしょう。

拙速に進めては、これほどの大事業はあまりに危ういと思われますが、まあ、大阪のことは大阪の人たちが決めることです。

名古屋の私があまり口を出すことでもないでしょう。

それよりこちらの問題です。こちらは本当に大変なことが起きているからです。

道がドンドンすいて行くのもそうなんですが、最近、私はよくスーパーに行くのです。母が入院してから、もう洗濯とか食事の分とかは自分がしているからです。

それがまた問題なのです。私がスーパーに行くと、スーパーの中の人たちが行くにつれ段々機嫌が悪くなって行くのです。

機嫌が悪くなるというより、店員が怒りだすのです。

起きるんでしょうね。私が行くといろいろな現象がです。

起きると思いますよ。ああいうところに行くと、必ず誰かちょっかいをかけてくるのです。そういう人たちに何か起きているんでしょう。

だから、そこにいる店員の機嫌が、段々悪くなって、最後は皆、怒りだすのです。そういう(よけいなことをしてくる)人たちが次々に病気にでもなって行くからです。

なら、ちょっかいをかけなければいいのにと、そのちょっかいをかけてくる方が悪いのにと、私は思うんですが、誰もそうは思ってくれず、お前が人を病気にいしていると思う人が多いようです。(私が人を病気にしているのなら自分も病気になってしまいますが…本当に因果応報という法則は無視です)

それだけ自分本位な人が多いということです。

しかし、こちらはこちらの事情があり、そういう場所にこれからはいかなければいけません。(私は行きたくはありませんが)病気になどなるのが嫌なら、態度を改めることです。

そうしないと、そういうことをしてくる人には何が起きるか分からないからです。(仮にすぐに起きなくても、どこかで災いは起きることになると思いますよ。そういう人たちは恩を仇で返しているからです)

「お前が来なければいい」「お前がいなければいい」と思う人もいるかもしれませんが、もし、私がいなくなれば、多分(というより絶対でしょう)日本は滅びます。

日本の人たちは神との約束をすでに違(たが)えているからです。(しかも三度もです。高橋先生、園頭先生、そうして私です。仏の顔も三度です。次はもうありません)

だから、これほどのことが起きているのです。(それは、この辺りのことだけでなく日本全体を見ても分かるはずです)

態度を間違えているのはそちらなのです。本当の神の教えを知らされたのなら、感謝して報恩の行為を行うのが当たり前のことなのです。

しかし、神の教えをきいているにもかかわらず、その当たり前のことさえしようとせず、逆らい続けているのはそちらなのです。

それでは罰も当たります。

そのような狭く小さく自分本位な平成の思想のままでは必ず滅ぼされることになるからです。

早く、気づかなければいけないのです。自分たちの異様なほどの心の狭さ、小ささ、自分本位さをです。

そのような思想は、これまでのどの時代にもありえなかったほど低俗な思想そのものであるからです。(もちろん、前に書いた、男女間の常識も含めてです)

平成以前の人たちは、例えば「保育園をつくるな」などという自分本位な考えの人はいなかったのです。

また「風鈴がうるさい」などという狭く小さな考えの人もいなかったのです。

今までこれだけ狭く小さく自分本位な考えの人たちが増えた時代はありませんでした。

これまでの時代は、このような狭く小さく自分本位な考えの人もいるにはいましたが、それはごく少数の人たちであり、そういう考えの人たちがこれだけ多く存在した時代は、これまでなかったのです。

だから、平成の世は、すさまじいまでの異常現象が次々に現れたのです。

そのような異様に狭く小さく自分本位な心の人たちがたくさん現れているからです。

その異様な心がこれほどの災いを現しているのです。

だから、早くそのことに気づかないといけないのです。自分たちは、普通ではないとです。

それに気づかないと、なんでこれだけ悪いことばかりが起きるのか、その本当の理由も分かってこないからです。(だから、日本に起きている異常現象は、温暖化のせいでも、地震の活動期のせいでも、まして私のせいでもなく、自分たちの心の異様さが招いていると理解しないといけないのです。どれだけ認めたくなくても、それが事実であるからです)

これまで、これだけ狭く小さく自分本位な心の人たちがたくさん現れた時代はありませんでした。

そのような異様な心がこれほどの災いを呼んでいるのです。

その自分たちの心の異様さを早く知ってください。それに気づかない間は、災いが止まることはないからです。

異様な心を反省しない限り、災いは続きます。

もう少し大きな心になってはどうでしょう。その大きな心が自分を救うからです。

(本当に異様ですね。それはこの辺りの人たちを見ていても、また、このブログを読んでいる人たちを見ていてもよく分かるのです。これだけいろいろ知らされて〔神のことを〕心も救われているはずなのに、ほとんどの人たちが感謝もしようとしないし少しの布施もしようとしない。布施どころか、自分に面白くないブログを書けば嫌がらせしかしてこない。本当に異様なほどのケチ臭さです。その異様さが平成の人たちはまったく分からないというのですから、これだけ異様な時代もないでしょう。平成の世とはそれだけ異様なのです。しかし、その異様さが不幸を呼んでいるのです。だから、早くその異様さに気づいてください。そうしないと起きている不幸は死んだ後まで祟るからです)

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3月 07 2019

大阪都構想と楽市楽座

前回はお隣の国の中国のことをちょっと書きましたが(絶対やばいですよね。中国は。〔全人代も暗かったし〕景気が急減速しているだけではなく輸入とかも激減しているんでしょう。それに過剰在庫もずいぶん前からいわれているし、軍拡もやめない。やっぱり近いうちにパンクしますね。中国はです)今度は名古屋のお隣の大阪のことをちょっと書いておきましょう。

また話題になっているようだからです。大阪維新の会がです。地味な名古屋とはずいぶん違います。(苦笑)

それにしてもです。府知事と市長が(というか、大阪維新の会が)私物化していませんか。

大阪をです。

別にやっかみではありませんが、はたから見ているとそう見えるからです。

だって、知事と市長が入れ替わりで出馬する「出直しクロス選」までやろうとしているんでしょう。いくらなんでもやりすぎではないのですか。大阪都構想のためだけにです。

大阪都構想はもう否決されたではないですか。それなのにまだやるのですか?(大阪の住民投票無視ですね)これじゃあ住民投票をした意味がありません。

子供が駄々をこねているのではないのですから、大阪維新がこれ以上大阪都構想を引きずっては、何か他にしたいことがあるのではないかと勘繰ってしまいます。

これでは、自分たちが大阪を牛耳(ぎゅうじ)りたいがために、都構想をやっているようにも見えてくるからです。

大阪市の金を、維新が大阪府全体で使いたい(府にはお金がないので)そうして自分たちが大阪を意のままに動かしたいと、そのためにしているようにしか見えないんですが、そこはどうなんでしょう。

だって、都構想で大阪市を廃止して特別区をつくるだの、二重行政をなくすだのいってもです。一体どれくらいのメリットがあるのか分からないでしょう。

特別区をつくって二重行政をなくしても、行政は家庭や企業とは違うのです。

例えば、無駄が多いからと区役所や市役所を減らしてしまっては、私たち住民は不便にはなっても便利にはなりません。(不便ですよね。区役所や市役所が減ったら。場所が遠くになったり、ただでさえ混んでいるのがよけい混んだりしてです)

役所はあっても困りませんし(さすがに役所をつくるなとは誰もいわないでしょう。平成思想の人たちであってもです)仮に府や市が、別々に道路などつくってくれれば車が走りやすくなるだけですし、そのインフラ整備のお金も落ちてきます。

そういうのは(住民の側から見れば)無駄とはいいません。便利になったというのです。(それにお金が落ちて儲かるところも出てきますし)

もちろん、本当に無駄なところは削らないといけないのでしょうが、こういうこと以外でも行政を減らすことでの一番の問題は、何か災害が起きた時です。

災害が起きた時に役所が遠くにあって、どうやって行政は住民の命を守るのですか?

行政の無駄ばかりを見ているのではなく、住民の目線でいうならば、安全性はどう考えているのでしょうか?

大阪維新の会は大阪発展のためとはいいますが、大阪の人々を守る方策は何もいいません。(ほんと出ません。カジノとか、万博とか金を使うことばかりはいいますが)

どちらかといえばです。発展も大事ですが、災害大国とまで日本はいわれているのですから現時点では、発展より、安全対策の方がよほど大事なのではないでしょうか。

大阪も(関西は)よく災害に遭っているからです。

去年はひどかったですもんね。あの西日本豪雨もありましたし、台風でタンカーが関空の橋に激突して関空が使えなくなったということもありました。

ああいう時の対処です。

ところが関空は民営化してしまったがため関空の橋の復旧もずいぶん遅れた。

何か大阪維新が推進していることは(民営化もそうですもんね)裏目裏目に出ているように感じますが、そう感じているのは私だけでしょうか?

そういうこともあって(何かやましい心でもあるのではないかと。だからこうも悪いことが起きてくるのではないかと)勘繰りたくもなるのですが、羽振りのいい話はたしかに人々の注目を浴びますが、行政は住民を守るということを忘れてはならないと思います。

それを忘れているとはいいませんが、大阪維新の会からはもう少し地に足をつけた改革の話をききたいものです。

まあ、あまりお隣の政党に文句をいっていてもいけませんが、そこらへんもしっかり考えて、大阪の人たちは今度の選挙に臨んでもらいたいと思っています。(これで二人とも落ちたら笑いますね。〔笑〕)

しかし、お隣の大阪の派手さに比べこちら名古屋はほんと話題がありません。(苦笑)

こちらの話題といえば、今度、名古屋の河村市長が名古屋城の天守閣を木造復元するらしいのですが、それだけでは今一でしょう。

それくらいでは大阪に負けます。こちらも、もう少し話題を振りまかないといけないでしょう。

だからどうですか、その時に一緒に前からいっている楽市楽座もやったらです。

名古屋城の天守閣復元と同時に城外に楽市楽座もひらくのです。どうです。これならずいぶん話題にもなって人も集まってくるのではないでしょうか。

もちろん、楽市楽座は無税にします。(信長がしたようにです。それに近いことをしないと話題になりませんから)その分、参加する店側に何かサービスをしてもらえばいいのです。

来てくれるお客さんに対してです。(例えば、店側に戦国時代の格好をしてもらうとかいうこともいいでしょうし。気分が出てです。名古屋には何とか武将隊とかいう人たちもいますから。〔笑〕)

楽市楽座の期間中はそこに店を出す人からは一切税金を取らない。(税金を減らすのは河村市長は得意ですから。〔笑〕何せ河村市長の政党の政党名が減税日本ですから。今度は無税日本ということでやりましょう。〔笑〕)その分、店のサービスは満点と、そういうことなら黙っていても話題になります。

名古屋城天守閣の木造復元と無税の楽市楽座が一度に出現する。これなら名古屋は超話題になるでしょう。

どうですか。この提案、地味な名古屋でやる価値は十分あると思いますが。

これくらいのことをすれば日本中から(もちろん世界からも)人が名古屋に集まって来て、それこそ名古屋中の経済効果は大変なことになるでしょう。

楽市楽座を無税にしたところで、他で儲かるのですから文句はないはずです。

これくらいのことをしないと大阪には勝てません。(笑)これくらいやってください。そうすれば大都市で一番人気がない(苦笑)名古屋の人気も出てくるからです。

そうして信長にならい、その楽市楽座をしている名古屋城から天下統一を目指すのです。もちろん、この正法神理のです。

そうして、この正法神理が日本中に拡がれば日本は平和になって災いも止まり、奇跡も起き出します。

もうよいことづくめなのではないでしょうか。(笑)

今度は、この正法神理で名古屋から天下統一を目指す、などという妄想も、たまにはいいのではないかと思う今日この頃です。(妄想で終わらせたくはありませんが…)

追伸…この辺りは、相変わらず皆さん、ずいぶんお怒りのようです。(ほんと呆れます)

そういえば、あの白血病の水泳選手がツイッターを更新して「思ってたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどいです」という心境をつづっていましたね。

あれだけ苦しいことに耐えてきた一流の水泳選手でもこうなのです。

それだけ白血病などになってしまったらつらく苦しいということなのでしょうが、そうであるならです。そういう病気になる前に心を入れ替えた方がいいと思います。

心を入れ替えるなら、そのような病気になることもないからです。(何度もいいますが、病気とは気の病ですから。その気〔心〕を入れ替えるなら、そのような病気になることもないのです)

ここに書いてある通りのことを行うなら奇跡が起きてきます。

しかし、このブログを読んでいる多くの人は、ここに書いてあることに逆らっているのです。だから、逆のこと(災い)が起きているのです。

このブログを読んで心が救われた人もずいぶんいるはずです。(年寄りもこのブログを読んでいる人が多いので、そういう人たちなど、すでにこのブログを読むことが唯一の楽しみなどという人もいるのではないですか?お年寄りなどそうは楽しみもないからです。〔笑〕)それなのに感謝もせず、それを書いている者に嫌がらせをしているようではよいことが起きてくるはずがないのです。

早く理解してください。悪いのは自分たちであるとです。

それを理解し、その行いを反省し、感謝した人から救われて行きます。

何度もいいますが、それ以外で救われる道はないのです。

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3月 05 2019

平成思想

今日の中日新聞の一面に、新元号の原案に対する意見をきく有識者懇談会のメンバーが出ていましたが、前回も書きましたが希望ある元号を望みますね。

次の元号はです。

何しろ平成はひどかったですから。何かにつけてです。(ただ戦争が起きなかっただけで平和でも何でもなかったですからね。災いが起き通しでです)

とにかく平成ほどこれまでにない発想を多くの人がした時代はなかったのです。しかもそれが正しければよかったのですが間違っていたのです。(それも大きくです)

それが、千年に一度といわれた東日本大震災を筆頭とした数多くの災いを(神から)現された原因となったのです。

そうであるなら、愛も慈悲も調和もない、そうして中道でもなく、結婚を神聖視もしない平成の思想はもう捨てないといけないのです。

これだけ堕落し呪われた思想もないからです。

そういう思想のままでいては、まだこれからどれだけ災いが起きるか分からないのです。

もう少し愛や慈悲や調和の心を持たれてはどうでしょう。そうすればこれほどの災いは起きて来ないからです。

そうしてそれは私生活だけでなく、経済においてもまだこれから大きな災いが現れつつあるようです。

今日からお隣の中国は、全人代(全国人民代表大会、日本の国会のようなものです)が始まるようですが、その中国がずいぶんやばそうです。

中国最大の民営投資会社がデフォルト(債務不履行)を起こしたそうですね。

そればかりか中国は、そのようなデフォルトを起こす企業が昨年くらいから続出しているそうではないですか。

その影響で、いよいよ中国自体も(前からいわれてはいましたが)財政破綻を起こすのではないかと(日本のことをいっている場合ではありません)もっぱらの噂です。

中国は去年の経済成長率が6.6パーセントもあるのでまだ大丈夫だ、などといっている人もいますが、寝言は寝ていってください。そんな数字はまったくのデタラメなんでしょう。(日本もそうですが、中国のごまかしはその上を行くようです。〔苦笑〕)

だいたい、中国は例のアメリカとの貿易戦争で景気が急減速しているのですから、そんな数字が出てくるわけがありません。それに前から、中国の経済成長率の数字は相当ごまかしているといわれていたのですから、そのつけがアメリカとの貿易戦争で一変に現れてきて、ついに中国は破綻するという予想は、別に大きく外れているわけではないのではないでしょうか。

そのような噂(中国の破綻)は前からあったからです。

それにもかかわらず日本の経済界は中国との貿易を増やそうとしている。ありえないことをしています。平成の経営者は儲けのことしか頭になく、まったく危機意識がないようです。(それはどこでも同じですね。この辺りの人たちもどれだけ危ない現象が起きても、全然、危機意識がありません。よほど痛い目に遭わないと分からないようです…これも平成思想ですね)

中国が危なくなれば(北朝鮮はもちろんですが)韓国もやばいでしょう。(韓国の経済危機も相当だと噂ですから)これも前からいっていますが、じわじわ引いた方がいいのではないでしょうか。

このような国々は危ないだけではなく、性格的にもあわないからです。(苦笑)それにこちらが引けば、向こうから来ます。(困った時だけは来ますからね。こういう国は)

その時に話せばいいのではないですか。とりあえずそれが(現時点では)一番よい方法でありそうだからです。(ほんと触らぬ神に祟りなしです。危ない噂があるところに行くほど愚かな行いもありませんから)

このような近隣諸国だけではなく、EUも混乱しそうですし、中東も危なそうです。アメリカだって中国との貿易戦争でどうなるか分からないのです。

だからいっているのです。とりあえず国内に力を集中するべきであるとです。

もうILC(国際リニアコライダー)の誘致の返事が迫っているんですよね。この状況でまさか政府は断らないとは思いますが(これでILCを断るようならもう終わりですね日本の経済もです)さっさと決めて、インフラ整備などの段取りも早めにした方がいいのではないでしょうか。

そうすれば国内事業が忙しいので(オリンピックもありますし)中国、韓国など冷たくあしらっても恨まれないからです。(まあ、あのような国はどうやっても恨みますが…韓国など徴用工と慰安婦問題が解決したら経済問題を話しましょうでいいですし、中国も尖閣の問題が解決したらでいいんじゃないですか。弱みに付け込むのはお互い様ですから)

どちらにしても、今のような考えのままでいては、災いばかりが起こります。もう時代も変わります。

平成思想は変えていかないといけないのです。

(愛も慈悲も調和もない、強欲でしかない平成思想はです……今日はブログの調子が悪いので〔なんかすぐに場面が変わって書けなくなります〕これくらいにしておきます)

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3月 03 2019

新元号

しかし、よく考えてみればです。三十才以下の人たちは平成の時代しか知らないんですよね。

では、平成の常識が常識になってしまって、前回、前々回のブログで、私がおかしいと書いていることの方がおかしいと思う人の方が多いのかもしれませんね。

三十才以下の人たちなどはです。(それ以上の年の人もそうですが…そう思わない人。三十才以下の人たちでそうは思わない、私の書いていることの方が正しいと分かる人たちはそれなりに心が高い人たちです)

できちゃった婚とか、出産に立ち会うこととか、一体何がいけないのかと思う人も多いのかもしれませんが、このようなことはやはりこれまでしてこなかったことなのです。(平成以前の常識ではです)

出産に男が立ち会うことは、園頭先生が説明されていますのでそれ以上書きませんが、できちゃった婚などもそうです。

普通であるなら、結婚してから子供はつくるものです。それが結婚前に子供をつくってしまうのですから明らかに順序が違います。

だから、平成前の昭和の時代にこのようなことをしている人たちは白い眼で見られたのです。順序も守らずだらしがないとです。(ところが平成の時代は、結婚前に子供が出来ているのに「おめでとう」などといっているのですから、完全にずれています)

それは同棲なども同じで、結婚もしていないのに、男と女が一緒にいるなどはしたないと、男女が一緒に住むのならちゃんと結婚しろと、昭和の時代から以前は、そのような約束事はしっかり守られていたのです。

それが人としてのけじめであったからです。

結婚とは、人と人ではなく(縁を通して)神が結びたもうものと昔は多くの人たちが思っていたのです。

だから、その神聖な結婚を通さずして軽はずみなことはしてはならないとみな戒めていたわけです。

ところが平成に入ると、その結婚がずいぶん軽く見られるようになります。恋愛の延長みたいにです。

だから、好きになれば一緒になればいいし、嫌になれば別れればいいと軽く考え、すぐ結婚したり、ちょっとうまくいかなくなるとすぐに離婚したり、一緒に住んでみないとあうかあわないか分からないからと簡単に同棲したり、結婚前に子供をつくったり、それで結婚したのはいいのですが、結婚を神聖なものとは考えず、ただの恋愛の続きくらいにしか思わない人や結婚する気がないのに、子供が出来て仕方なしに結婚する人まで出てきては、もはやうまくやれるわけがありません。

そういう人がドンドン増えたのが平成の世でした。

こういう順序無視のいい加減な結婚が増えたから、結婚生活の不和や不幸が増え、子供への虐待も増えたのです。

夫婦愛がうすいから当然そうなります。

どちらにしても、このように結婚を軽く見て、結婚生活をいい加減にしていたら、結婚は神が結びたもうものなら、当然、その神の怒りを買います。

平成の世の人たちは理解しないのでしょうが、しかし、結婚は本当に神が結びたもうものなのです。人と人がたまたま知合って結婚するわけではないのです。

そこには過去世からの深い縁があり、神との約束があるのです。

それはキリストが結婚のことを「神が合わせたもうもの人これを離すべからず」といわれた言葉でも分かります。

その神が合わせたもう結婚を平成の世の人たちはないがしろにしているのです。

それでは不幸にならないわけがないのです。(神の怒りを買わないわけがないのです)

また平成の世は、このようなことばかりでなく他にも神の怒りを買うようなことをたくさんしているのです。

例の自分の家の周りに保育園(児童相談所なども同じですが)はつくらせないということもそうでしょう。

重箱の隅を楊枝でほじくるように、細かいことに反応し、SNSなどで袋叩きにすることもそうでしょう。

あおり運転などもいま問題になっていますが、少々のことで烈火のごとく怒る、このようなことでもそうでしょう。

そうかと思えば、何でもかんでも何とかハラとか言い出して問題にすることもそうなのです。

このような自分本位で細かいことにいちいち反応するなど、平成以前では考えられなかったことなのです。(昭和の頃など、小さいことでギャーギャーいう人など小さい奴と笑われていましたから)

昭和から前の時代は、もっとおおらかで多くの人が約束はちゃんと守り、人生は少々の苦労は当たり前で小さなことにいちいち腹も立てなかったのです。

昭和から前の時代は、子供は近所の者たちが守り育てるというのが当たり前で、悪いことをする子がいれば誰かれとなく注意して、ケンカをする人もいましたが、あまり一方に肩入れするのではなく、両方の話をきいてうまくおさめて近所づきあいをする人たちばかりでした。

それほど極端なことをいう人もする人も少なかったのです。

ところが平成になって、このような生活習慣がガラッと変わります。

近所づきあいはしない、何かあるといちいち文句をいい、自分勝手なことばかりしている、そういう人が増えたのです。

つまり平成の世になって、周りのことを考えない自分本位で、極端で、いい加減な人が増えていったということです。

このような、愛もなく、慈悲もなく、両極端で中道でもない人たちが増えてくれば当然神の怒りを買います。

そのような人たちの心が平成にこれほどの災いをもたらしたのです。(それは企業も同じでしょう。平成の大企業は愛のないことばかりして儲けばかりを考え、人件費が安いからと中国などに会社をつくればそこに暴動が起き、タイにつくれば大洪水が起き、それではと日本国内に仕事を集中させれば、そこに大地震が起きる〔熊本〕と災いの連続なのです)

平成にこれだけの災いが集中して起きたのも、起きるだけの理由がちゃんとあったということを知るべきなのです。

そうであるならです。もう平成の時代は終わります。少なくとも次の時代は、平成よりはよい時代に(災いが少なく不景気でない時代に)したいと思うのは誰でも同じでしょう。

だとすれば、次の時代はどういう時代にすればいいと思いますか?

それはもう想像がつくはずです。

そうです。そうなのです。そうだとすれば次の時代の元号は「昭和」にすればいいのです。(戻すんかい)

そうすればこれほどの災いは起きなくなるからです。そうして不景気でもなくなるからです。(昭和は、平成ほど災いは起きなかったですし景気もよかったですから)

冗談はともかく、少なくとも昭和から以前は、今の平成のような考え方をする人は少なかったということを知ってください。

だから、災いが少なかったのです。人の道から外れている人が少なかったからです。

平成の時代は明らかに人の道から外れた考え方をしている人が多いのです。(人の道とは即ち神の心ということであり、愛、慈悲、調和、そうして中道、ここから外れない道をいうのです)

いま現在の平成の人たちの常識は他の時代の人たちから見ると、非常識な部分が多いのです。平成の世の人たちは、これまでしてこなかったことをしている人がかなり多いからです。

前にも書きましたが、これまでの歴史上したことがないことをしているということは、人としての進歩ではなく堕落であるのです。

堕落した人が多ければ、災いが多くなるのは必然です。(神の怒りを買う人が増えるから)

とりあえず平成以前の常識を取り戻しませんか。

まずはそこからはじめないと、起きている災いは減ってはいかないからです。

追伸…新元号の話ですが(最近、そういう話題が増えて来ましたから。〔笑〕)まあ昭和はともかく、私の希望としては「光」という文字が入るといいなとは思っています。

だって、平成がこれほど災いが多かった時代なのです。

そこから光が射すとか、光が現れてくるとか、神の光が降り注ぐとか、次の時代が、そういう光明の世になればよいと思ってです。

どちらにしても、これからは光通信とか、光なんとかとか、光の時代ですよね。そのようなこれからの時代にも「光」という文字は合うとも思うからです。

どちらにせよ、次の時代は、これほどの災いは勘弁してほしいものです。

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2月 28 2019

平成の堕落

前回の話をもう少し書きますが、なかなか理解は出来ないかもしれませんね。

今のような考え方(男女平等、子育て、出産に男が立ち会うなどなど)が定着してもう三十年近くになります。

こういう考え方はまったくおかしいと今さらいってもです。

しかし、間違っているものは間違っているとちゃんといい続けないと災いはドンドン起きてきます。(神の怒りはますます激しくなります)

たとえ私一人であろうと正しいことはいい続けます。どちらにしても私は前からこのようなことはいっていましたから。

結局、男女平等にしても、自分中心の子育てにしても、最近は個人の尊重などと普段からいわれているため、それが正しいと思い込んで、皆、個人重視の(自分さえよければいいという)考え方をしすぎているのです。

それと秩序も段々壊れてきています。(例えば、男が出産に立ち会うこととか、最近は出来ちゃった婚が増えていますが、こういうことなどもそうです)

人への愛や調和を無視して、何でも自由で何でもOKではありません。すべてのものに秩序があり順序があるのです。

その秩序、順序も考えず自分だけで勝手に進めてしまっては揉めるに(不調和になるに)決まっています。

にもかかわらず、それを悪いとも思わない、逆に進歩的と勘違いしている人が多いから災いが多発するのです。

間違ったことを進歩しているなどと勘違いしているのではなく、もう少し全体的な、歴史的なものの見方をしないと、正しいことは分かってこないのです。

歴史上、誰もしなかったことをしているということは、進歩なのではなく堕落であるということを知るべきなのです。

だから、災いが次々に起きているのです。堕落している人が増えているからです。

よく考えてみれば平成の三十年は、このような間違った考えに強く支配された時代でした。だから、平成は多くの天変地変が起きたのです。

これだけ神の心(愛と慈悲と調和)に反した思いもないからです。

平成の時代、このような神の心に反した、自分本位な考え方は私生活だけにとどまりませんでした。

だから、デフレが続いているのです。神の心に反した自分本位な心が経済にまで影響しているからです。

実際そうなのです。バブルがはじける前まで(だから1990年代以前)はインフレが続いていたのです。

その頃までは、まだ多くの大企業が下請けのことも考え仕入れ値を毎年上げてくれていたからです。

だから、この頃までの大企業は、どこも下請け企業に対する買値を上げるのが当たり前であったのです。

今では考えられませんが、その頃までは大企業は下請け企業がいなかったら、自分たちの仕事も成り立たないと(実際にそうですし。自分たちが出来ないところを下請け企業がカバーしてくれているのですから)感謝して、下請け企業を自分たちの子会社(というより家族)のように考え、ちゃんと自分たちの利益を下請け企業にまで回していたのです。

つまりこの頃まではどの大企業もみな愛があったということです。

下請け企業の売値が毎年上がるなら、下請け企業は設備投資も出来ますし、従業員の給料も上げることが出来ます。

設備投資も増えて、従業員の給料も上がるなら、当然、景気はよくなります。多くの金が世の中に出回るからです。

つまり、その世に出回っているものは物質的に見ればお金ということになりますが、心の面から見れば、それは愛ということになります。

その愛が巷にあふれていたのです。だからインフレが続いていたのです。その多くの愛のため景気が本当によかったからです。

しかし、バブルがはじけたのち1990年代後半くらいからでしょうか。その愛が段々なくなっていったのです。

つまりどの大企業も、この頃から(だから平成のはじめくらいからでしょうか)売値を全然上げてくれなくなったということです。

上げるどころか、毎年値下げを要求するようになっていったのです。(つまり愛が急速に〔急速にです〕なくなっていったということです。何でこれだけ急にと思いましたが、アメリカなどの他国の影響があったように思います。そういう話を〔アメリカ式、アメリカ式などという言葉を〕その頃さかんにきいていたからです)

これでは下請け企業は持ちません。つぶれるところや貧困化する中小企業が続出したのです。

確かに(バブルがはじけたため)景気も悪くなっていったということもあったのでしょうが、それ以上にこの頃から多くの人々に愛がなくなっていったのです。

なぜなら、これまでも景気が悪い時などいくらでもあったからです。しかし、大企業が下請け企業に対し、これだけ値下げを要求したことなどなかったからです。

これまでならです。どれだけ苦しい時でも、大企業は下請け企業に対し、今年は儲かっていないので値上げは出来ないが来年は頑張るからと、ことわりを入れ、そうして、実際に翌年は値上げしてくれたところがいくらでもあり、昭和の時代までは、大企業は下請け企業を(自分のところ以上に)大切にするということが当たり前のように行われていたのです。(これはつくり話でも何でもなく、本当の話ですから。実際、私の若い頃は〔だから三十年くらい前までは〕そういう話をいくらでもききました。「今年は上げられないが来年は頑張るからと親会社がいっているので、今年は我慢する」とか「今年はこれだけしか上げてくれなかったが、来年はもっと上げるからといってくれた」とかいう話を中小企業の社長からよくきいていました。昔は売値が上がるのが当たり前だったのです。今から考えると、まるでおとぎ話のようですが〔苦笑〕しかし、昭和までの時代は本当にそういう〔売値が上がることが当たり前の愛にあふれた〕時代であったのです)

それだけ大企業が下請け会社を大事にしてくれるのですから、当然、下請け会社も頑張ります。

そのような愛の循環が好景気を呼んでいたのです。

しかし、平成に入ってからは、大企業は居丈高になり、下請け企業に毎年、値下げを強要するようになります。それが嫌ならやめろとです。

こうなってからです。デフレとなって不景気となっていったのはです。つまり段々、愛がなくなっていったということです。

だから、好景気のわけがないのです。これだけ巷に愛がなくなって好景気になるわけがないからです。

だから、今、さかんに政府などがいっている好景気というのは統計不正によるでっち上げの嘘なのであり、もう平成に入ってからは(デフレになってからは)景気がよくなったことなど一度もないのです。

何度もいいますが、これだけ愛がなくなって好景気になるわけがないからです。

このように私生活から経済に至るまで(もっというなら政治や教育までもそうですが)愛がなくなり、堕落していったのです。

平成の世はです。

だから平成はこれほどの天変地変が起き、いま現在もそのようなことも含めた異常現象が止まらないのです。

多くの人々が堕落しているからです。

しかし、その平成も今年で終わります。それでもまだ(次の時代も)この平成の堕落を引きずるのですか?多くの人がです。

それでは不幸は続くのです。

古いものは悪と決めつけるのではなく(新しいものでも悪などいくらでもあるからです)昭和の時代のよき愛の心をもう一度思い出さないともう日本は持たないのです。(ほんと滅びそうです)

そのような愛の心があるなら、また奇跡は現れてきます。

このまま心を変えぬままでいくのなら、次々に不幸が起きてきます。愛と調和の心を、そうして秩序と順序をもう一度取り戻しませんか?

それ以外で不幸から逃れる術はないからです。

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