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3月 13 2011

東日本大震災①

東北と関東で巨大地震が発生しました。明治以降では最大規模とのこと各地で大きな被害が出ています。

もう政治の話はいいかなとも思っておりましたが、このようなことが起きると書かないわけにはいきません。繰り返しになりますが、何度でも同じことを書きます。

私は前から言っています。

『今の政権が続けば恐ろしいことが起こる』と。

再三、私は民主政権はいけない、早く政権交代したほうがいいと言ってきました。しかし、今だそれはなされておりません。何度同じことを言えばいいのでしょう。去年あれほどの異常気象が起きていてまだ分からないのでしょうか?

なぜ、今これほどの災害が立て続けに起きているのでしょう?今回の地震など現代の日本が初めて直面する「巨大複合型災害」であるとか、百年に一度の異常気象に続いて、今度は千年に一度の超巨大地震が発生してしまったのです。

自民の世でこんなことが起きたのでしょうか?自民党の世では起きていないことが、民主党の世では立て続けに起きているのです。

今の政権を天は望んでいないのです。現代の日本の国家ではありえなかったような悪の政権が、政権をとっているため、今までありえないような災難が立て続けに起きているのです。

それほど共産主義とは恐ろしいのです。天が望んでいないことを続けていれば、それが分かるまで災いは続きます。だから私は何度も同じことを繰り返して言っているのです。

『早く政権交代をしたほうがいい』と。

それはこの世の都合で今はまだその時期ではないとか、自民党でも同じだとか言っている場合ではないのです。天がその政党の政策を望んでいない以上、一日も早くその政党を変えないと大変なことになるのです。(もう大変なことが起きてしまったのですが)

どのように民主の政策は悪いのか、たとえば一つ民主の政策を具体的に取り上げてみますが、民主の政策の中に夫婦別姓問題があります。この法案を民主は通そうとしておりますが、自民や公明の一部の議員が猛反対し、この法案はまだ棚上げ状態にあります。ということは、つまり民主党は夫婦別姓には賛成であるということです。

この夫婦別姓は賛成か反対かどちらがいいのか、よく議論になります。夫婦別姓に賛成する人は選択肢が広がるのでよいであるとか、役所の手続きなどするときに便利だとか、また、反対する人は家族の一体感がなくなるとか、生まれた子供がどちらの姓にすればいいのか困るとか、様々な意見がなされて、では、どちらが正しいのか、ということがよく分かりません。

独り者の私が夫婦別姓の問題を論じても、まったく説得力がありませんので、キリストが夫婦のあり方を、どのように言われているのか書いてみましょう。

キリストは次のように言われています。

「開闢(かいびゃく)の初めより『人を男と女とにつくりたまえり』『かかるゆえに人はその父母を離れて、二人のもの一体となるべし』さればはや二人にはあらず、一体なり。このゆえに神の合わせたもうものは、人これを離すべからず」

つまりキリストは、神は男と女を分けてつくられたのであるが、その男女が縁があって一度(ひとたび)夫婦となるならば、それは別々ではなく一体なのである、だから勝手に別れてはならない、と教えていられるのです。

であるならば、夫婦別姓が正しいことなのか、間違いなのかはおのずと答えがでてきます。

夫婦別姓などまったく正しいことではないのです。夫婦は一体なのであって、その一体である夫婦が別々の姓では、一体である夫婦の勉強ができないということになります。

神がどのような目的で人を男と女につくられ、その男女が縁あって夫婦になるならば、どのような勉強をこの世でしなければならないのか、ということを知るならば、こんな夫婦別姓の問題など議論にもならないのです。この世で便利であるとか不便とか、個人の自由であるとか、そんな低俗な理由で神の心を知るための勉強を放棄してはいけないのです。どれほどの困難があろうと夫婦は一体となって共に協力しあって、そのような困難を乗り越えていってこそ、それぞれの魂の向上があるのであって、すぐ、こっちの方が便利だからとか、楽だからとかそのような理由だけで、一体であるべきものを勝手に分けてはいけないのです。

キリストの福音と共産主義との一番の違いは、共産主義には“愛”がないということです。

キリストは愛を説かれましたが、共産主義は人を物と同じように見て人にとって一番大事な愛がないのです。共産主義は何でもかんでも平等と言い、人は皆平等、男と女も平等だから男女共同参画賛成と言いますが、人は生まれつき体の大きい人や小さい人、頭がいい人や運動神経がいい人と、皆能力の差がまちまちでそのような意味で言えば、皆不平等に生まれてきます。男と女も生まれたときから姿形が違い、その能力も違ってやはり不平等につくられています。

それなのになぜ、それを無視してわざわざ皆を平等にしなければならないのでしょうか?

会社の上司と部下が人は皆平等だからと、部下が上司の言うことを聞かなかったら、その会社は成り立つのでしょうか?夫婦が男女平等を言い互いに好きなことをして、好きなことを言っていたら、先ほどキリストが言われた一体であるはずの、夫婦の勉強ができるのでしょうか?

過度の平等は秩序を破壊します。愛のない共産主義は男女の役割をなくし、すべての秩序を破壊してしまうのです。そうなると世の中はどうなるのでしょうか?人と力をあわせて何かをしようという気がなくなり、各個人でバラバラになり独裁者に支配されます。それは現代の中国や北朝鮮を見れば分かると思います。

神の心は調和と安らぎです。共産主義など神の心からもっとも遠い思想でしかないのです。

民主の政策は一事が万事、このような神の心から離れる政策であり、だからこれほど天が怒っているのです。

天災は天が勝手にそのような災いを起こすのではなく、人の心が原因として起こされた人災なのです。

私は前の名古屋のトリプル投票があったときに、民主の推薦する二人の候補が知事と市長に当選するようなことがあれば、名古屋を震源地として、東海大地震が起きるかもしれないと書いたことがあります。

起きてから言うなと言われるかもしれませんが、私は大分前から、関東方面に大きな地震が起きるのではないか、ということを心配しておりました。それは次のような話を知っていたからです。

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3月 11 2011

部分と全体

「群盲、象を評する」という諺があります。これはシャリー・プトラーが説いた教えであると言われています。

ある時、盲目の人、数人が象を知りたいと思いました。そこで象をつれてきて、その数人の盲目の人に触らせ、その人たちに象とはどのような生き物であるかを聞きました。すると、ある人は「象とは大木のような生き物である」と答えました。またある人は「象とは壁のような生き物である」と答え、またある人は「象とは蛇のような生き物である」と答えたのでした。

その盲目の人たちに象の印象を聞くと、皆、違った答えが返ってきたのです。なぜ、このような答えになったのでしょうか?

象を大木のような生き物であると答えた人は、象の足を触っていた人でした。また、象を壁のような生き物であると答えた人は、象の腹を触っていた人でした。そして、象を蛇のような生き物であると答えた人は、象の鼻を触っていた人でした。

盲目の人が象の足や腹、鼻などを触って象を評しても、それは象の体の一部分を知ったにすぎず全体を知ったわけではない。

部分と全体。一部分を見ただけでは正しいことは分からない、全体を見なければ正しい事実は分かってこないということを、この「群盲、象を評する」という諺は教えています。

私はこの前の愛知県の知事選の前に、知事となる人は自分の地域だけ見ていてもいけない、日本全体を先に見て、そうして地元はどうあるべきなのかということを言わなければならない、ということをこのブログに書きました。

それは、園頭先生からそのように教えていただいていたからでした。部分だけ見ていてもダメで、先に部分を見てそれから全体を見ても、やはり正しくは見れないのです。先に全体を見て、それから部分を見ないと正しいことは分からない、と師は言われておりました。だから、そのように私は書いたのですが、それは日本を見る時でも同じなのです。

現在の日本は世界から見たらどのような立場にあるのか、日本だけ見ていてもいけない、先に世界を見てそれから日本を見ないと、現在の日本の立場は正しく理解できないということです。少なくともそのような見方をしている人は、今の日本の政府にはいないのではないでしょうか。

日本が孤立している時にアメリカとの同盟は修復できないわ、ロシア、中国にちょっかいをかけられても何もできないわ、北朝鮮の拉致問題など忘れてしまったかのようで、おまけに韓国に媚を売っている人までいます。しかもこの状況で外相が辞めますかね普通、まったくでたらめです。

今のままでは日本は孤立を深めるだけでしょう。内政をギャーギャー議論してる場合ではないのではないでしょうか。

普段、外交外交といいアメリカとの同盟は危険であると言って、防衛費を削れと言っている社会、共産主義者の人たちは、今が絶好の機会でしょう。そう言われている人たちの正しさを、証明できるチャンスなのではないでしょうか。

どうぞそのような人たちは、アメリカとの同盟がしっかりなされていない今、その得意の外交でロシアを北方領土から、中国を尖閣諸島から、韓国を竹島から撤退させ北朝鮮の暴発を抑え、なおかつ拉致問題の解決をお願いしたいと思います。今の政府ではもうどれも解決できません。その方々が普段言われている通りの外交だけで、そのような問題がすべて解決できるものなら、私は明日からでも社会、共産主義者になります。(アメリカとの同盟もいらないと主張します)普段からあれほど言われているのですから、よほど自信があるのでしょう、今の日本を救えるのは、あなた方しかいません。頑張ってください、よろしくお願いします……できるものなら…。(それとも口だけですか…)

くだらない冗談はこれくらいにしまして、アメリカとの同盟より、今の状況のほうがよほど危険なのではないでしょうか。

名古屋では今週末も選挙です(出直し市議選)。その後、統一地方選、解散総選挙と続きます。(勝手に解散総選挙と決めてますけど〔笑〕)

その選挙で政治家を選ぶ時、やはり先ほど私が書いた、全体を見れてそうして部分まで見えているのか、普段からどれだけ政治の勉強をし努力を続けているのか、その人の考え先見性などよく知って、決めなければならないと思います(そんなに自分の希望どうりの人はいませんが、明きめくらのような人も多いので)。人に頼まれたからその人に票を入れるとか、皆が入れているからその人に票を入れるとか、ではいけないのです。私たちもしっかりとした人を見る目を持たなければならないのです。あの政治家はいけないと言っても、その政治家を選んだのは私たち自身です。だからおかしな人を選べば私たちにも災いが生じるのです。

これから大事な選挙がいくつも続きます。よくよく人を見て判断しなければならないと思います。

(名古屋市の中心部の地域を中国に売却するなど絶対に反対です。だいたい共産国とあまり深い付き合いなどしないほうがいいのです。いずれ崩壊するのですから〔深い付き合いをしていると、その共産国家が崩壊した時こちらもまともに被害を受けます〕。河村市長、大村知事頑張ってください)

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3月 08 2011

宗教法人に課税せよ

週刊新潮の三月十日号に『四兆円の財源が飛び出す「宗教法人」に課税せよ』という記事が載っていました。

「宗教法人に課税」せよということは私もこのブログに書きましたが、この新潮の記事によりますと、たとえば創価学会の総資産は十兆円もあるといいます。

この前、どこやらの国の独裁者が数十兆の金を溜め込んでいた、とニュースでやっていましたが一国の独裁者ならともかく、日本の一宗教団体の総資産が十兆円とは、また、たまげた話です。

それどころか、巨額の資産があるのは創価学会ばかりではありません。

「幸福の科学」は年間三百億のお布施が入り、この前話題になっていた(二億円の申告漏れで)京都の名刹の「金閣銀閣」の住職など、東京の南青山の一等地に金閣寺の道場を作り(それは名ばかりで、住職個人の別荘ともっぱらの噂だそうです)しかもその費用が五十億ほどかかったそうですが、それを恐らくキャッシュで買っているということでした。(一体いくら現金があるのでしょうか?)

<十兆円の資産を築け、住居も非課税で坊主丸儲け、挙げ句に法人売買も横行しと、斯くの如く、わが国の宗教法人税制は問題だらけ。欧米諸国と比べると、より問題点が鮮明になってくる。>

と書かれてありました。

日本の約十八万ある宗教法人のなかで、収益を上げているのは一パーセントほどとのことですが、その一パーセントの宗教法人のなかに、莫大な利益を上げている教団があるのです。この一パーセントの団体の収益、資産を推計し優遇措置(宗教団体がやっている営利事業には課税されますが、それも一般の企業から見れば税制は何パーセントも安く優遇されています)をなくして、適正に課税した場合の税収を試算すると約四兆円も出てくるとのことです。

上記の教団以外でも天理教、PL教、立正佼成会など、大きな教団のほとんどが信者の献金と人脈を利用して、幹部が営利事業に狂奔しています。

釈尊は煩悩執着を絶てと説かれたのに、大教団は真逆のことをやっているのはどうしたわけでしょうか?

こんなことをしているから、園頭先生はこういう宗教団体を宗教産業と言われたのです。

こんなことで釈尊の教えが説けるのでしょうか(前に書いた政治家ではありませんが、言うこととやることがまるで違います)これで煩悩執着を絶てと説いたら、これでは宗教家ではなく詐欺師です。

このような団体が多いから宗教法人に課税せよと言っているのです。宗教団体自体を課税対象にしないと、一体どれくらいの資産があるのかよく分からないのです。

先ほどの創価学会でもそうですが、学会は資産の詳細を一切公開していませんから(それでも十兆円という数字はそれなりの根拠があってのことですが)推定の資産額でしかありませんので、はっきりした総資産額は分かりません。もしかするともっと出てくるかもしれないのです。このような団体は創価学会だけではなく、大教団のほとんどがそうなのです。

政治家などは資産を公開せよとうるさく言うのに、なぜ、宗教家は一切そのようなことを言われないのでしょう?これだけの資産やその教祖の豪遊ぶりはつとに有名なのに。

しかも、そこの教団の信者が救われているのかどうなのか、さっぱり分かりません。(破産された人もいるといわれますが、そこら辺はどうなのでしょう、詐欺師が人をだましてそのだまされた人が破産したら、その詐欺師は罪に問われるのに、宗教家に寄付しすぎて破産した人がいるのに、その寄付された方の宗教家は罪に問われないというのは、おかしいのではないでしょうか、そんな破産された人が出るのは、その宗教家の教えが間違っている証拠なのではないでしょうか)

日本は年間の自殺者が三万人を超えるといわれます。その原因を政治のせいにしていますが、では、現代の宗教は何をしているのでしょう?そのような自殺する人を救うのは、本来は政治ではなく宗教の役割なのではないでしょうか。

いくら他国は、宗教法人に課税してないとはいえ各国事情は違います。日本は他国に比べ宗教に対する非課税額が緩すぎ調査も甘いとのこと、それでは宗教法人はやりたい放題でしょう。宗教法人の宗教活動については非課税が原則とはいえ、宗教が本来の目的(煩悩執着をなくし、悟りに導く)を果たしているとは思えない以上、やはり課税すべきです。

いずれにしても、このような記事が週刊誌によく出るようになり、気運が高まれば国も宗教法人に課税しなければ収まりが付かなくなります。大いにこのような記事を週刊誌などは書くべきでしょう。

スポーツ選手、政治家、報道関係や芸能人に至るまで、本物の如来の教えである法が拡がりつつあります。ということは、現在の宗教は正しい教えを説いていないということになります。

それは、いずれにしてもこれから明らかになることです。私が言っていることが嘘か本当かは宗教法人に課税してみれば分かります。

宗教法人に課税することは(特に日本では)非常に大事なことであるといえましょう。

さて、このような記事が週刊誌に載るようになったということは、次はいよいよ本当の本丸であり、本物の魑魅魍魎(ちみもうりょう)が住む宗教改革です。

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3月 06 2011

Hey和

やばいブログは消しときましたが、私の記念すべき二百回目のブログが幻となってしまいました。(涙)

マァ私のブログなど、それほど多くの人が読んでいるわけでもないので、何を書いても、あまり関係ないといえば関係ないのですが、まずいことに(というか不思議なことに)このブログに書くと、それがそのまま現実に起きてしまった、ということが何度かありましたので、前回のブログに書いたことが、そのまま起きても洒落になりませんので消しました。

内容が内容だけに、それも仕方がないことかもしれませんが、しかし、不安をあおるわけではありませんが、世界の情勢を見るなら、あのようなことはいつ起きても不思議ではないのです。それぞれの国の事情は皆違うのですから、現実は現実として、危機感を忘れてはならないのです。

だいたい現代の人たちは、人に迷惑をかけず自分たちが楽しければそれでいいと、現実をあまり見ようとしません。横に困った人がいても知らん顔する人が多いのです。

しかし、いくら現実を見なくても現実は現実としてあり、周りの国には日常の生活にも事欠く国がいくつもあるのです。日常の生活に事欠くだけならまだしも、そのような国が危険な武器をたくさん持っているのですから、その国が何でも豊富にある日本に攻めてきたら、どうするのでしょうか?(このようなことを考えますと社会、共産主義者の言う非武装中立などという言葉が、いかに現実離れのした言葉かよく分かります)いくら人に迷惑をかけずに、自分たちだけ楽しくやれればいいと言っても、そのような国の人間はまったく事情が違います。

そのような国の人間が攻めてきたら(その国の人たちは今日の飯が食べれないのですから、人の迷惑もくそもありません)自分たちだけ、いくら楽しくやろうとしてもできなくなるのであって、そんな現実が実際にあるのです。

自分が楽しければそれでいいなどという現実など、実際はありえないのです。自分が楽しくやりたければ、世の中を平和にしていかなければならないし、世の中を平和にしたければ、一人一人が、では、どうしたら世の中が平和になるのか、ということを考えていかなければならないのです。結局、世界が平和にならないと日本も平和にならないし、日本が平和にならないと自分も平和にならないということです。

すべては、別々に存在しているようでいて実は一体なのであり、自分さえ幸せであればいいという考えは、それこそ現実を無視した有り得ないことなのです。世界が平和であろうがなかろうが自分には関係ない、ではなく大いに関係があるのです。一人一人が真剣に世の平和を考え、平和になるような運動をしていかなければならないのです。

ところで(平和つながりではありませんが)前に、このブログに書いたことがある“ゆず”の『Hey和』という曲を、この前初めて聞きました。ありゃ完全に法の歌ですね、何でこんなことを知っているのかと思ったら、ニュースZEROで(そういえば、この『Hey和』という曲を知ったのもニュースZEROでした)このゆずとゴルフの石川遼君が一緒に取材を受けていました。

献血のCMのテーマソングが、ゆずの歌っているHey和という曲で、遼君はそのCMに出演しているようでした。ということは遼君からゆずに伝わって、それでゆずがこのような曲をつくったのかもしれませんが、どのような伝われ方をしてもかまいません。要は法が伝わると言うことが大事なことであって、それでこのような歌をつくってくれるとは、ありがたいことです。この歌によって多くの人が法を耳にすることになるのですから。(ゆずって有名な歌手なのですよね、私よく知りませんが)

なんにせよ、このゆずの『Hey和』という曲が大ヒットすることを願わずに入られません。(私のブログを読んでいる皆さんもぜひこの曲買ってあげてください)

しかし、私が思っている以上に法は拡がってきているようです。スポーツ選手に続いて歌手や報道番組まで法が伝わり政治家にも伝わっています。このような状況を見ますと末法の世から正法の世(まっぽうのよからしょうほうのよ)に変わりつつあり、現在はその過渡期にあると思います。だから世界中で混乱が起き始めているのですが、いよいよ本物の教えが多くの人々に伝わる時が来ているようです。

本当ならもうとっくに(高橋先生が法を説かれた時点で)正法の世になっていなければならなかったのですが、それがここまで遅れていただけの話で、法に縁のある方がすでにたくさん世界中に肉体を持って生まれています。そのような方々は心では法を知っていますので、今の国は何かおかしいとすでに感じていました。その心の思いが爆発し法を知っていればそれに従い、調和と安らぎのうちに神の心が実現した国へと変わっていけたのですが、法を知らなかったために、今のような、力ずくで国を変えるということになってしまっているのです。

しかし、本当はそのような方法は正しくないのであり、本来なら法に従い調和と安らぎのうちに、自分の国を神の心を表す、正しい国へと変えていかなければならなかったのです。

それもこれも、すべて法が伝わるのが遅れたことが原因としてあるのですが、それを今さら言っても始まらないでしょう。法と縁のある方はすでに生まれ、正法の世となるための活動を起しています。

もちろん法に縁の深い人たちは日本にもたくさん生まれています。

そのような人たちが、私のブログを見れば即座にこれは正しいと理解できます。結局そのような法に縁の深い人たちが、プロ野球選手やゴルフ選手、政治家、報道関係者、芸能人などの人々の中にたくさんいて、それで今のような状況になってきているのだと思います。(法に縁が深くないと私のことや法のことに興味がわきませんから)

私が、ここに書いている法はこれから大きく拡がっていくことになります。この法が世界中に拡がって初めて真の世界平和が実現することになります。

しかし、確実にその時は近づきつつあります。

正法の世がいよいよこの世に現れることになるのです。

(橋下知事のツイッターはおもしろいですね。内情がよくわかり私も大変勉強になります。橋下知事、これからもその調子で頑張ってください。共産主義などぶっ潰してください)

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3月 02 2011

政治の混迷⑤

とにかく徹底的に、まず自民党から国政を学び、そのうえでよいところは真似(学ぶは真似る、からきています)をし、悪いところは捨て、そこに智慧を絞ってよい政策をはめ込んでいけば、必然的に自民よりよい政策が出来上がるというわけです。

自民は自民で、国政のことを聞きに来る人がいれば快く教えるべきでしょう。お前たちは敵なのだから敵に塩を送るバカはいないなどとは、決して思わないことです。なぜならそのような小さな考えが、今のような小さな自民党にしてしまった原因なのですから。

だいたい考えてみてください。日本の国政は自民党しか担えていないのです。ということは、自民がこの日本を背負ってきたということであり、自民のことは日本のことであり、日本のことは自民のことであったのです。ところが最近の自民党は、日本のことよりも自民党がつぶれるだの自民党がおかしくなるだの、自民、自民、と日本のことを忘れてしまったかのような言い方です。

それではいけないのです。自民イコール日本なのです。自民は自民、自民と言うのではなく、日本、日本と常にいわなければならないし、思わなければならないのです。常に日本を見ていないと自民党は発展していかないのです。戦後、社会党などの野党はありましたが、日本の政治の政権を担いまた支配していたのは自民党でした。当時の自民党は私服を肥やす政治家もいたのですが、しかし、その私服を肥やす政治家にしても、まず、日本がよくならないと私服を肥やしようがありません。そのような意味では、目的が違っても日本をよくしようという思いは一つであり、常に日本のことを考えていた人が多かったのです。(私は、私服を肥やした人がいいと言っているわけではありません。そのような人は、また自分自身で間違ったことをしたことに対し、反省させられることになります。生きている間にそれができなければ、死んだ後にそれをすることになります、地獄で)

そのように日本全体のことを、自民党の多くの政治家が考えていたから、自民は日本で第一党であり続けていられたのであるし、多くの日本国民も自民を支持していたのです。

しかし、最近の自民党は自民、自民と自分たちのことしか言いません。アメリカべったりで、自分のことしか言わない自民党など政策は偏るし、言うこととやることがぜんぜん違うしでは、それは支持する人は減ります。

自民党が今のようになってしまったのも、自民党議員の視野が狭まったことが原因であり、自民の議員はもっと視野を広げ、常に日本のことを考えなければいけなかったのです。

日本を支えてきたのは自民党なのです。その誇りはないのでしょうか?くだらない見栄やプライドはいりませんが、誇りまで捨ててしまってはいけません。その一番大事な誇りを捨ててしまったため、現在の自民は、他の野党とさほど変わらない党に成り果ててしまったのです。

であるからこそ自民は腹の太い、懐の深いところを見せなければならないのです。

国政を聞きにきた議員がいるのであれば、それが国会議員であろうと地方議員であろうと、快く教えてあげることです。自民党の政治を超えられるものなら超えてみろと、堂々と振舞うべきです。

そのような態度が結局また支持者を増やすことになり、自民党の復活に繋がるのです。また、そのように他の議員の話を聞くことにより、自民の足らないところも見えてきます。誇りは持つべきですが、謙虚さを忘れてはなりません。そうなって初めて日本国民が一番望み、また幸せになる政策が出てくるのであって、俺は自民党だ他の党の奴の意見など聞けるかと、訳の分からないプライドなど持っていると、よい政策もあれば悪い政策もあるという政策しか出てこないので、そんな政策を出したところで、今の自民のイメージでは多くの人は支持をしません。どこも変わらないとしか見てくれないのです。

自民党は、国政を聞きにきた議員には(それもこれも日本のためと思い)快く国政を教えてやり、謙虚になって他の議員の意見も聞く、ということを実践しないと復活はないのです。(ただし誰でも彼でも国政を聞いて、それに参加していいという意味ではありません。やはり国政に参加する人は、それだけの見識があって使命と役割がある人がやるべきであり、そんな力もなく、使命や役割がない人まで出張ってくると混乱するだけです)

自民党がそのような心の広い態度を取ってもらえば、仮に自民がダメでも他の党で国政を担うことができます。自民はそこまで日本のことを考えて行動しなければならないのです。それが自民党復活の唯一つの道なのです。

それはともかく、現在の国会は予算を通すの通さないのと大荒れですが、現在の日本で、差し迫って一番最初にやらなければならないことは何でしょうか?予算を通さないと市民の生活に支障が出るとか、消費税を上げないと将来日本が破綻するとか、行財政改革をしなければ同じことだとか、皆さん色々言われるのでよく分かりません。

では、何を一番最初にやらなければならないのか、と言うことになりますが、私がこれから書くことは、荒唐無稽なことでも絵空事でもありません。いつ日本にそれが起きてもおかしくないのです。(さて、私はこれから何を書こうとしているのでしょうか…これは分からないと思います〔笑〕河村市長が共通番号制に反対していられますが、私も大反対です。さすが河村市長いいとこつきます。頑張ってください)

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