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3月 25 2010

釈尊出世の予言の検証①

私が前に書いたブログの「釈尊の慈悲と予言」の中に、釈尊は「やがて私の法はマンデャ、デイシャ(中国)に伝わり、ジャブドウバーのケントマティーに伝わるだろう。私はそのとき、多くの弟子たちと共にまた生まれ変わって、この道を説こう」と予言されたと書いておきました。そして、このジャブドウバーとは、一部の仏教学者が言っている南インドではなく、この日本であると。

この釈尊がジャブドウバーに生まれ変わってくるということは、日本の仏教学者は知っていますが、一般には知られていません。というのも釈尊が説かれた仏教が、インドから中国にわたり日本に伝えられてくる間に、釈尊のような偉大な方は、もう二度とこの世に生まれてくることはないであろう、ということが言われだし、それが涅槃に入られた釈尊は、二度とこの世に出世されない、というふうに広まってしまったからです。そしてジャブドウバーという言葉も仏典から削られてしまい、そのような予言を釈尊が残されたということを知る人は、現在ほとんどいません。

しかし、原始経典『テーラガーター』に「過去六仏の踏みゆきし道をゴーダマは行けり」と書かれてありますとおり、釈尊はインドで悟りを開いて法を説かれる前に、六度この世に肉体を持ち法を説いたといわれていました。

インドの時代を含めると、七度もこの世に出て法を説かれた釈尊が、なぜ、それ以降は、この世に生まれてこられないということになってしまうのでしょう。ここら辺が聖書同様、長い時間をかけて言い伝えられてきたことの弊害といえますが、七度もこの世に出世された釈尊が、八度目がないということはありません。

また釈尊がジャブドウバーに生まれ変わってくる、という予言をされたのか、されなかったのかという疑問は、ジャブドウバーという言葉は一般には知られていませんが、日本の仏教学者たちがジャブドウバーという言葉を知っていて、それは南インドではないかといっていることを考えれば、やはり昔の仏典には、この釈尊の予言が載っていたと考えられます。

現実に中国にある『大唐西域記』に次のようなことが書かれてあります。(この大唐西域記は、今から約千四百年前の人である玄奘三蔵法師(げんじょうさんぞうほうし)が、往復十七年かかってインドから中国に経典を持ち帰り、その経典を中国語に訳された、その十七年間の記録が書かれたもので、この大唐西域記を基にして書かれた小説が、あの有名な『西遊記』です。)

玄奘法師はインドで釈尊の教えを学ばれ、それを中国に伝えようと帰国を決意されます。それを知った多くのインドの僧が玄奘法師を引き止めに来ます。そのときに玄奘法師は次のように語っています。

「むかし維摩居士(ゆいまこじ)が日輪(釈尊)はなぜ贍部洲(せんぶしゅう・ジャブドウバー)を照らしに行くかとたずねたとき、舎利弗(シャリー・プトラー)は、その蒙(くら)きを除くがためと答えたといいます。わたくしが今帰国を望む心は、丁度これであると申し上げたい」

玄奘法師がインドに行かれた千四百年前までは、釈尊がジャブドウバーで法を説いて人々を救う、という予言がまだインドに残されていたようで、それが玄奘法師の帰国を望む言葉として大唐西域記に書かれてあります。

この大唐西域記に書かれてあることでも分かりますように、やはり釈尊はそのような予言を残されていたと考えるほうが、正しいと思います。問題はジャブドウバーといわれたところが、一体どこなのかということです。

そして、もう一つの疑問は釈尊が生まれ変わって出てこられるのなら、その時はいつなのかということです。

ジャブドウバーがどこなのか、ということはひとまず置いておきまして、釈尊が生まれ変わって出世される時について、次のような説が伝わっています。

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3月 24 2010

常随なる者(じょうずいなるもの)

 

      今より二千数百年前、インドに偉大なる方現れり。

      偉大なる方多くの衆生を正道に導く。

      その方が正しき法を伝えられるとき、常に側に仕え、その法を

      より分かりやすく衆生に伝える者あり。

      世の人々その者のことを常随なる者と呼ぶ。

      偉大なる方とともに常随なる者日本に生まれり。

      偉大なる方昇天された後、常随なる者一人法を説く。

      常随なる者一人法を説くとき、神の大奇跡起これり。

      再びこの日本に偉大なる方復活せり。

      しかし、常随なる者その方の成長を待たずしてこの世を去る。

      だが、神の大奇跡再び起これり。

      常随なる者復活せり。

      この奇跡の地、日本に二度の神の大奇跡起これり。

      偉大なる方とともに、常随なる者再び日本の地において、偉大なる

      神の法を説くなり。

平成十三年二月二十日早朝、私は一つの強い思いが、心の奥より頭にガンガン響いてきて目が覚めました。

その強い思いとは別に心の奥から湧き上がってきた言葉が、上記に書いた文章です。

私は、これまで本を何冊か書いておりますが、何々れり、とか何々せり、という書き方などしたことがなく、こういう書き方があるということも知りませんでした。

自分が書いたこともない文章が、心の奥から上がってきたというのも不思議なことでしたが、この日は園頭先生の三回忌でした。この日に限って、このような思いが心から湧き上がってきたのも不思議でした。

このような体験を通し分かったことは、これより後、高橋先生と園頭先生と同じ法を説く方が、お二人出てこられます。ただし、それは法の勉強をしていないと分かりません。

私は、そのことを証明するため上記の文章をこのブログに書いておきます。

上記の文章をよく覚えておいてください。

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3月 23 2010

この半年間にあったこと⑥(H21年10月~H22年3月)

食事をしなくなって早一ヶ月、体は急激に痩せてしまい見る影もありません。髭や髪の毛も伸び放題で体もがたがたです。そして座っている分にはいいのですが、立ち上がろうとすると膝はガクガクして心臓があぶってきます。一歩、歩くだけでも体中がだるく心臓麻痺をおこしそうです。「よく生きてんなぁ」と自分でも不思議でした。しかし、何日たっても死ねません。

一ヶ月以上食事を取っていないのに死なないのです。朝、目が覚めると「あれ、まだ生きてる」とがっかりする日が続きました。何日食事を抜いても死なないので、一体いつになったら死ねるのだろうと不思議でしたが、体はやせ細り、もう一人では動くこともできなくなっていました。

四十日ほど過ぎた頃でしょうか、私のいる公園を管理している会社のガードマンが、私のいるトイレにきて「ここから出てくれ」といいます。どうも公園を利用していた人から苦情が出たようで、トイレの外にあるベンチにでも行ってくれといいます。しかし、四十日も食事を抜いているので、動こうにも一人ではまったく動くことができませんでした。

結局、私はこの後、警察が呼ばれ救急車に乗って病院にいき入院することになってしまい、死ぬことができなくなりました。病院について体重を量ったら、七十キロあった体重が五十キロに減っていました。入院したとたん手足がしびれて痛み出し、いろいろ検査すると栄養失調だけでなく、十二指腸と胃に潰瘍もできていて、自分が想像していた以上に体に負担がかかっていたようで、この病院に一ヶ月近く入院する羽目になってしまいました。

今年の二月の初めに退院しましたが、退院して二ヶ月近くたっても、まだ手に痺れが残り足に痛みもあって、まともに歩けない状態が続いています。また両親の世話になることになり、親に迷惑をかけたくないと思いやったことが、親によけい迷惑をかける結果となってしまったのです。

このような結果が出たということは、自分の考えに間違いがあったということでしょう。死のうという選択はやはり間違っていました。生きられる間は生きて再起の道を探すべきでした、また、その方法も園頭先生から教えられていたのですが、簡単に生きるのをあきらめてしまったのが、このような結果となって現れてしまいました。

現在は、仕事もまだまともにやれない状態ですが、少々手足が痛くても、ブログぐらいなら書けるだろうと、一度はあきらめたGTS心の研究所を、とりあえずホームページから復活し、いずれまた大きく展開できるようにしていこうと、努力しています。

高橋先生や園頭先生から教えていただいたことや、自分に起きた不思議な体験など、まだ書くことはたくさんありましたが、こういうことを書いて、おかしな宗教と間違えられても困ると、遠慮して書かなかったことも、これからはどんどんこのブログに書いていこうと思います。

もう五十も近いのに、こんな馬鹿なことをして体に無茶な負担をかけてしまった以上、私は、それほど長くは生きられないでしょう。だとすれば遠慮している場合ではありません。書くべきことは書いておきたいと思っています。ただ、現在ある、おかしな宗教(そのような宗教にだまされている人はたくさんおります)のように、根拠も何もなしにただ信じなさいというような書き方ではなく、できるだけ比較できるような根拠を示し「だから高橋先生の説かれた法は正しいのです」というような書き方をしていきたいと思っています。

私のブログを読まれた方は、どれだけ疑問をもたれても結構ですが、これは正しいと理解されたら、そのときは素直に信じていただきたいと思っています。そして、このような教えは世に広げたほうがよいと思われましたら、少しで結構ですので賛助会員となってくださり、ご協力いただければ幸いです。

いずれにしましても、一度死にかけたのですから、もういつ死んでもよいという気持ちで、この命が続く限り神がつくられた正しい法則、真の心の教えである“法”(正法神理)というものを世に伝えていきたいと思っております。

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3月 22 2010

この半年間にあったこと⑤(H21年10月~H22年3月)

高橋先生も園頭先生も言われておりますが、自殺するのはよくありません。自殺は悪であり自殺で死んだ人は皆地獄にいきます。しかし、自分がこのまま食事をせずに死ぬことは自殺ではないと思い込んでおりました。自分はやるべきことはすべてやったので、もうこの世にやり残したことはないと信じていたのです。

私は園頭先生が亡くなられてから、高橋先生や園頭先生のことを本に書きました。そうして先生方に教えてもらった法というものも、微力ではありましたが世に広めようと努力しました。今回もそうです。あるプロ野球選手におもしろい現象がでたため、これに乗じて自ら会社を起こし、法を広めようと立ち上がったのですが、わずか半年ばかりで、その夢も終わりました。しかし、この半年の間、自分なりには法を広めたつもりでした。

ホームページを作ってブログを書き、その中にモーゼ、キリスト、釈尊、シャリー・プトラーの真実の姿を書きました。私のブログなど、どれほどの人が読んでくれたか分かりませんが、法に縁があり、心ある人たちはこのブログに書いてあることは事実である、と分かるはずです。私のブログを読んでくれた人たち(それほどの人数ではないと思いますが)の中で、それが分かる人は、それほど多くないにしても必ずいるはずです「その人たちに後は託そう、親に邪魔者扱いされたのも、自分のこの世での使命が終わったからであり、だからこのまま死ぬのも、自分がこの世でやることは終わったのだからそれでよい、これは自殺ではない」とそのように思い「私がいくあの世とはどんな世界なのだろう」とすでに死ぬほうに興味がいっていたのです。

ところがおかしなことが起こります。

私は高橋先生や園頭先生の本を何度も読んでいたので、死ぬことがあまり怖くありませんでした。前にブログにも書きましたが、死後の世界は宗教の世界だけでなく、科学の世界でも認められつつあります。科学でいうエネルギー保存の法則など考えましても、人は死ねば無になるという意見が、いかに矛盾した非科学的な意見か分かっていましたので、あの世はあるし、さほど悪いこともしてないので、それほど悪い世界にはいかないだろうと思っていました。ですから一日も早く死ぬことを願っていたのですが……自分の思いとは裏腹になかなか死ねないのです。

十日たち二十日たってもまだ死ねません。腹が減っているので食べ物のことばかりが頭に浮かんできます。しかも十日も二十日も何も食べていないので、胃の中はカラで、胃液が逆流してきて気持ち悪くて仕方ありません。吐き気がするのですが胃の中はカラッポなので吐いても何もでてきません。水を飲むと気持ちが悪いのも少し収まりますが、それも少しの間だけで、すぐ気持ちが悪くなります。

頭には、あれが食べたいこれが食べたいと、食べ物のことばかり浮かんでくるのに、体は胃液が上がってきて気持ち悪くて仕方ないのです。この生き地獄のような日々が毎日続いていました。

一体いつまでこの気持ちの悪い状態が続くのかと、気分は最悪でした。早く楽になりたいと毎日死ぬことばかり考えていました。この頃には外は寒いので公園のトイレの中で過ごしていました。

平成二十一年も暮れ新しい年が始まろうとしていました。平成二十二年を公園のトイレで迎えるとは夢にも思いませんでしたが、食事を抜くようになってすでに一ヶ月が過ぎようとしていました。

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3月 22 2010

この半年間にあったこと④(H21年10月~H22年3月)

最初私は、一週間か十日ほど食べずにいれば餓死するだろうと軽く考えていました。もう寝る場所もありませんので、公園で寝るしかありません。しかし、どの公園に行ってもホームレスがいます。こんな寒空によく外で寝られるものとあきれました。もう平成二十一年も師走に入っていました。

しかし、腹は減っているのですが外でなど夜は寒くて眠れないし、昼はやることもないので暇で仕方ありません。昼に寝ようと思っても十二月では昼でも寒く、そんなに寝れるものでもありません。

そのときフッと思い立ったことがありました。私はあるプロ野球選手にアドバイスをしたことがありました。しかし、その選手とは直接話したことがありませんでした。近くにその選手が所属する球団の野球場があります。もしかしたらその選手が自主トレに来ているかもしれないと思い、その球場に行ってみることにしました。もしその選手がきていれば冥土の土産に少し話でもできないかと思ったからです。

球場について駐車場のところから中をうかがいましたが、誰が練習に来ているのかよく分かりません。どうせ暇なのでそこで待ってみることにしました。すると何人かの選手は球場から出てきましたが、私が目当てとする選手ではありません。何時間かそこにいましたが、私の目当てとする選手はきてなさそうだったので、その日は帰りました。(といっても公園で野宿ですが)

二日、三日と、その球場に通いましたが目当ての選手は現れませんでした。もうどの選手でもいいから法というものを少しでも伝えたいと思い、出てきた二、三人の選手に声をかけてみましたが、無視する選手やら生意気な態度をとる選手ばかりで、話すところまでいきません。

実際に声をかけてみると、どの選手も同じようなものかとも思い、目当ての選手がきて話しかけても、無視されたり生意気な態度をとられたら幻滅です。このまま会わずにいる方がよいかもしれないと思い直し、その球場に行くのをやめました。

一週間も食事をしないと、腹が減っているので食べ物のことばかり頭に浮かんできて、体はだるく、少し歩いただけで息が切れ心臓もあぶってきます。もう死ぬのも近いのかもしれないと思えてきました。

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