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4月 14 2019

悪因悪果

前回のようなブログを書かくと、いきり立って「俺はビビっていないんだ」みたいな人がたくさんいて(苦笑)嫌がらせしてくるんですが、そうはいっても車が(人も…)減っているのは確かなのです。

あまり無理しても危ないだけです。

素直に頭を下げ神理に従われてはどうでしょう。神の業が次々に現れているのは事実であるからです。

しかし、この辺りの人たち、それだけ悪いことをしていたら悪いことは起きますよ。その自覚は持った方がいいでしょう。

自分は悪いことをしているという自覚がないと「悪いことはお前のせい」という思いが消えないからです。

いっている意味が分かる人がどれだけいるのか知りませんが(この辺りは「はあ、悪いことをしているのはお前の方だろう」と思う人ばかりで)別に布施まではしてもらわなくてもいいんですが(それは自由ですから)少しくらいの感謝の心は持ってはどうでしょう。

そういう心もなくて一方的に私に嫌がらせをしているだけでは、これだけひどい人もいないからです。

だってそうでしょう。この辺りの人たちは大方、私のブログを読んでいるのです。

にもかかわらず、誰も感謝しないのです。

そういう態度はひどい態度ではないのですか?

長い間、私のブログを見ているのなら、心が救われた人もいるでしょうし、神や心の知らなかったことを教えられた人もいるでしょう。

そういうことはないと、この辺りの人たちは私のブログを見て、心が救われたこともなければ知らないことを教えられたこともないという人ばかりかもしれませんが、そういう物知りで優秀な人たちでもです。(苦笑)

このブログを長く見ているのなら、暇つぶしくらいにはなっているのではないですか。どこかよいところがなければ見る必要もないからです。

どういう心でこのブログを見ている人が多いのかは知りませんが、この辺りは、私のブログを見ている人が多いのは確かなのです。

そうであるなら、そのことについて少しの感謝くらいはするべきなのではないでしょうか。

まったく意味がないものを(あるいは自分にとってマイナスにしかならないものを)読む人はいないと思うからです。

何かプラスになっているから、このブログを読み続けていると思うからです。

では、そのプラスの分くらいは感謝されてもいいのではないですか。

それくらいの感謝もなければあまりに人として傲慢であるからです。(こっちはお前のブログを読んでやっているだけだ、などという人がいたら、どんだけ傲慢なんだと誰でも思うはずですから)

ところがこの辺りの人たちは、長年、このブログを見ている人が多いのに誰一人、私に感謝しないのです。

感謝するどころか、一方的に嫌がらせをして行く人ばかりなのです。

これ悪いことではないのでしょうか?

先ほども書きましたが、人のブログを感謝もせず、当たり前のように読んでいるだけでも傲慢なのです。

それプラス嫌がらせです。

ではそういう人は、どれだけひどい態度を取っているのか、という話にもなるはずです。(なりませんか?)

そう考えれば、バスやトラックの運転手などずいぶんひどいことをしているのではないでしょうか。

散々、私のブログを読んで、自分たちは得しているのに(心が救われたり、知らないことを知ったりして)まったく感謝もせず、逆恨みして怒りまくって一方的に(ブシュと)嫌がらせをするだけして走りさっていくからです。(物を投げられたこともありますし)

こんな自分勝手でひどい態度もないのではないでしょうか。こちらの言い分などまるできこうとしないからです。(というか、いう暇もなく行ってしまいますから)

だから、これだけトラックが減ってしまったのです。その自分たちの自分勝手で傲慢な態度が自分たちに返ってきてです。

だからいっているのです。自分たちが悪いことをしているという自覚を持たないといけないとです。

そうしないと、悪い結果がなぜ現れてきているのか、正しく理解することが出来ないからです。

悪い原因を正しく理解していないから(それを私のせいにし続けているから)ずっと出続けているのです。

悪い結果がです。

自分たちが悪い原因をつくらない限り、自分たちに悪いことが起きてくることはないのです。

悪因悪果というのは神理であるからです。

自分たちが悪い原因をつくらない限り、自分たちに悪いことが起きてくることはありません。その悪いことを止めたいのであれば、自ら悪いことの原因をつくらないことです。

そうすれば、その悪いことは黙っていても止まるからです。

この世は、そのような法則通りのことしか起きて来ないということを、せっかくこのブログを見ているのなら、よく理解してください。

そうしないと、このブログを読んでいる意味がないからです。(苦笑)

追伸…最近の週刊誌の皇室たたきは異常ですね。あまりに度が過ぎています。

まして愛子天皇という言葉まで出てくるとなると、もはや狂っているとしか思えませんね。

日本の皇統を(男系男子というです)壊そうとでもしているんでしょうか?この連中はです。

そうだとしたらずいぶん恐ろしい考えです。それは自らをも破壊する行為であるからです。

日本の人々が、日本の根本である皇統を壊そうとすれば、自分自身も壊れることになります。それは自分自身を(日本人自身を)壊そうとすることと同じ行為であるからです。

こちらでは、そのような現象が次々に現れています。(日本に必要な〔そうして世界にも必要である〕正法神理をつぶそうとしている人が多いため、自らがつぶれていっている)同じことをすれば同じ災いが起きてきます。

いい加減にしたらどうでしょう。それだけ恐れ多く危ない行為もないからです。

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4月 11 2019

正しい判断をするのか、間違った判断をするのか

哀れですね。もう人の顔を見てべそをかいているオバちゃんまで出てきました。

泣いている暇があるなら私のいうことをきくことです。そうすれば、奇跡が起きて幸せになれるからです。

信号で止まって、ブシュとやって来て、私をにらみつけてくる運転手もいますが「そんなに突っ張っても屁の突っ張りにもならない。自分もそのままでは癌になるんだぜ」というと下を向き、頭を抱えています。

もう苦しんでいるのがまるわかりの人たちがあちこちから出てきました。

それはそうでしょう。この状況で普通でいられるわけがないからです。

なら、頭を下げてはどうでしょう。この(恐ろしい)状況から救われるにはもうこの教えを実践するしかないからです。

それに、この状況では突っ張れば突っ張るだけ危なさが増すだけです。(この近所はもう凄いみたいですから。なんせ突っ張っている人たちばかりです。最近は朝も晩も必ずどこかで誰かが烈火のごとく怒っています)

突っ張っている暇があるなら私に頭を下げることです。それが出来た人から救われ行くからです。

それだけすばらしい教えを私は知っているからです。

まだ平気な顔をして嫌がらせをして行く人もいるにはいますが(ほとんどの人はこわばった顔をして嫌がらせをしていきますが)そういう人は単に無理をしているだけなのです。

心の中では苦しんでいるのです。(多分、超がつくほどです)

もう誰でもそうでしょう。(この正法神理を実践せずにいて)この状況で平気でいられるはずがないからです。

正法の世になったのなら正法の心にならないと不幸になるのです。しかし、大方の人は(前時代の)末法の心のままなのです。だから、不幸になっているのです。時代と心が合わないからです。

とはいえ、末法の心の人はそう簡単に正法の心になどなれません。(末法の心がしみついてしまっているからです)だから私のいうことをきいた方がいいといっているのです。

私はその正法の心を知っているからです。

どれだけそれを認めなくても、次々に起きる奇跡が、私が正法の心を知っているという何よりの証拠なのです。

にもかかわらず、多くの人はまったく奇跡が起きていない人のいうことを、それどころか災いが起きている人のいうことを、そのままきいています。

これほど愚かなことはないでしょう。

そんな人のいうことをきいていれば、必ず災いが起きてくるからです。

そのような人のいっていることは間違っていることが多いのです。だから災いが起きてくるのです。そういう時代になっているからです。

また、そんな人に限って私の悪口を散々いうのでしょうが、何度もいいますが、そういう人はいっていることに間違いが多いのです。

では、私のことも間違いが多いのではないですか。正しく私のことを見ているのなら、そんな災いは起きて来ないはずであるからです。

だいたい、そういう人はろくなことをいわないのです。あいつが人を病気にしているだの、あいつのせいでこうなっただの、見たままの(浅い)適当なことしかいわないのです。

その見たままのことでもです。そういう人は自分たちに都合のよいことだけいい悪いことはいわないのです。私に鳥や魚が寄ってくることや電車など乗っていて人に席を譲ったことなどいわないはずです。

私は、そういうよいこともたくさん起きているし、しているのです。(鳥など毎日寄って来ているし、電車で席なんか何度譲ったか分かりません)

しかし、私の悪口しかいわない人はよい部分は絶体にいわないでしょう。そうして悪い部分だけ強調していうのです。

それでは誰でも悪者になってしまいます。

だいたい、私が人を病気にしているといってもです。本当にそうなのかどうなのか分からないでしょう。

その病気の原因が、私なのか、それとも、その病気になっている人自身の問題なのか、確認しようがないからです。

私の意見をいわせてもらうならです。

それは私がその人を病気にしたのではないでしょう。(前回のブログにも書きましたが)もし、私が人を病気にしているのなら、それが自分にも返って来て、私自身も病気になるはずであるからです。

その人は(これもまた前回も書きましたが)自分自身の行いが悪かったため、そのような病気になっているのです。

自分でいうのも何ですが、現時点で私ほど多くの人たちの心を救っている者はいないのです。

本当の神の教えを(神理を)これだけ長い間(もう十年近く)説き続けた人は近年ではいないからです。(過去ではもちろんいましたよ。園頭先生など二十年以上も神理を説かれましたし、釈尊に至っては四十五年も説いていられましたから)

それほどの善人にです。その心を救われている人たちが(こういう人たちはみな私のブログを見ていますから)感謝もせずに嫌がらせをしてくるのです。

このような行いはどれだけ不遜で罪になるか知れません。(神理を伝えられている者に悪の行為をしているのですから、信じられないくらい悪いことをしています)

その自分がつくった罪が自分自身に返り自分が病気をしているのです。

つまり、その人はそれほどの(自分が一発で病気になるほどの)悪いことをしているということです。それだけ神理を説いている者に対する罪は重く深いからです。(それは釈尊でもキリストでも、高橋先生でも園頭先生でも同じです。未来の連中など園頭先生の悪口をいっただけで癌になる人が続出したのですから)

それと、これももう何度もいっていますが、そういう時代になっているのです。自分たちの悪い心が災いを呼ぶ時代にです。

だから、病気や天変地変が頻繁に起きるようになったのです。(それはこの辺りだけではなく日本中でです。もっといえば世界中でです)そのような正法の世が段々深まっているからです。

今この辺りで多くの人が病気になっている理由は、自分の行いの悪さと時代が変わったことによりそうなっているだけで、私のせいではないのです。

それが正しいのです。私は正しいことを書いているから奇跡が起き続けているのです。

しかし、その私のいうことを否定する人たちには何の奇跡も起きていないのです。奇跡が起きていないどころか、そういう人たちに次々に災いが起きているのです。

そのような起きてくる現象が正しいか正しくないかを教える基準であるのです。

正しい者には奇跡が、間違っている者には災いが、必ず起きるのです。

もうそれを認めるしかないのです。そのような正しい判断をしていくことが自分自身をも救うことになるからです。

自分自身が間違った判断をしているから不幸になっているのです。この辺りの人たちは、その判断の悪さを責任転嫁しているだけなのです。

いつまでも間違った判断をしているから、いつまでも災いが続くのです。

その時、その時で、正しい判断をしていかなければよいことは起きてきません。時代が変われば正しい判断はより難しくなります。

しかし、それでも正しい判断をして行かなければ幸福は得られないのです。

誰が正しいことをいっているのですか?

正しいことをいっているのは、奇跡が起きている人だけなのです。

(正しいことをいっている人の方が圧倒的に少ないのです。間違ったことをいっている人の方が圧倒的に多いのです。だから、多くの人が間違えるのですが〔だからより判断が難しくなってくるのですが〕そこで正しい判断が出来る人だけが救われて行くのです)

追伸…日本などの国際チームが、地球から遠く離れたブラックホールの撮影に史上初めて成功したそうですね。(それはすばらしい)

このブラックホールは、地球から約五千五百万光年も離れたおとめ座のM87銀河の中心にあるそうですが、どんだけ遠いのでしょう。

あまりに遠すぎて(五千五百万光年って、光の速さで五千五百万年もかかるということですから)もう想像がつきません。(笑)

しかし、これだけの距離とてこの大宇宙から見たらほんの近所にすぎません。大宇宙は無限の広さを有しているからです。

この大宇宙の広さを想像してみてください。私たちの考えがいかに小さなものであるのかよく分かるはずだからです。

この教え(神理)を勉強し、悟りを開くなら、この大宇宙と同じ心の広さを得ることが出来るのです。(だから悟ることを「宇宙即我」というのです。大宇宙がすべて自分の心の中に入る、釈尊やキリスト、高橋先生や園頭先生はこのような境地になられています)

これほどすばらしい教えは他にありません。(この広大な大宇宙にも存在しません。他の星にいる人々も皆、この教えを学んでいるのです。いずれそのことも分かる時がくるのです)

いつまでも小さなことにこだわっているのではなく、大宇宙の広さも今回のブラックホールのことで少しは実感できたことであるのだし、もっと広い心になって素直にこの神理を学びませんか。

そうすれば救われるだけではなく、想像を絶するようなすばらしい体験もすることが出来るからです。

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4月 09 2019

知ってする罪と知らずにする罪

皆さん(この辺りの)いい加減、理解してください。

すでに災いは全国で起きているのです。天変地変があちこちで起き、癌もいまや二人に一人がなるくらいに増えて来ているのです。(まだ増えるんでしょうね。これから。〔汗〕)

何でこんなことが起きているのですか?

何度もいっていますが、もう時代が変わったからです。末法の世から正法の世にです。

だから、心が汚い人たちに次々に災いが起きているのです。心と時代が合わないからです。

時代と心が合わなければ、そこに災いは現れます。だから、日本中で様々な災いが現れているのです。

心のきれいな人が少ないからです。(そういう自覚のある人が多いのではないでしょうか。自分の心はきれいではないという自覚がある人がです。自分でも分かっているんですから、これだけ正しい話もありません)

こういう時代になっているのに、この辺りの人たちは汚い心をよけい汚しているのです。自分たちの間違った行いによってです。(なんで、心を救われている者に感謝もせず、嫌がらせをしているのでしょう。このような行いは大きく心を汚すのです)

そういう人が多いから、よけい災いが起きてくるのです。ただでさえ汚い心をよけい汚しているからです。

それにもかかわらず、その自分たちが悪いせいで起きている災いを全部私のせいにしています。

あまりといえばあまりの態度でしょう。

それは他の地域の人で考えてみれば分かるはずです。他の地域で「自分が癌になったのはお前のせい」とか「この地震が起きたのはお前のせい」などという人がいるのでしょうか?

そんな人いるはずがないのです。普通は、そんなことをいう人がいたら、頭がおかしいと誰でも思うからです。

しかし、こちらはそういう人たちばかりなのです。

では、そういうことをいう人が、いかに(人として)外れたことをいっているのかちょっと考えれば分かるはずです。(私に変わったことが起きているから、そういうことも起きると勝手に思い込んでいる人もいるのかもしれませんが、何度もいいますが、人を病気になどしていたら自分も病気になります。因果応報という法則は絶対であるからです。それを考えるなら、私が病気になっていないのだから、私が人を病気にしているなどということはありえないわけです)

それにもかかわらず、それを間違っているとはまったく思わず、しかも、それだけ大ハズレなことをしているのに、そのような自分たちの間違いは一切認めず、その自分たちの罪まですべて私一人にかぶせている。

この辺りの人たちは、どこまで人として外れたことをすれば気が済むのでしょう。この辺りは、そういう大間違いな行為を皆が皆、平気でしているのです。

しかも悪いとも思わずです。

実はこれが一番いけないのです。

私は前から書いていますが、知っていながら悪いことをしている人と知らずに悪いことをしている人。

これはどちらがより悪い人ですか?という問題です。

道徳的に見れば、知っていながら悪いことをしている人の方が、知らずに悪いことをしている人より悪いということになるのですが(知らないのなら仕方がないということになってです)正法的に見れば(心の面から見れば)知って悪いことをする人より、知らずに悪いことをしている人の方がなお悪いということになるのです。

知らずに悪いことをしている人は、そういうことが悪いことだと理解できずにしているのですから、そういう知識もなく(つまり、その分バカであるということです)その知識がないため(それが悪いことと認識できないため)際限なくその悪いことをしてしまうからです。

そうなれば、その罪はどれだけ増えるか分かりません。

だから、知らずに悪いことをしている人の方が、知って悪いことをしている人よりなお悪いということになるのです。

残念ではありますが、それが(正法的に見た方が)正しいということをこの辺りの人たちが証明してしまっているのです。

つまり、この辺りの人たちは自分たちのしていることが間違いであると分からないため、際限なく悪いことを(私に対する嫌がらせを)し続け、その反動で起きてくる現象もすさまじいものになってしまっているということです。

この辺りの人たちが、自分たちのしていることが間違いであると、理解しているのなら、これだけひどいことは起きなかったのです。

間違いだと知っている人たちばかりなら、私に対する嫌がらせもこれだけ多くの人がしてこなかったはずであるからです。

そうなれば当然、その反動も小さくなります。

しかし、この辺りの人たちは、自分たちが悪いなど少しも思わなかったため、私を一方的に悪人と決めつけ、ドンドン嫌がらせをして来た。

その結果、返って来る反動もすさまじいものとなってしまったということです。

恩を仇で返し続けているからです。

この辺りの人たちは、私から本当の神の教えを知らされているという大恩には一切感謝せず、私に対し怒りや恨みの心しか持たなかった。

つまり、私がしていることはすべて悪で自分たちは善であるとしか思わず、自分たちの態度をまったく反省しなかった。

これでは癌になる人が次々に現れてきても決して不思議ではありません。本当の神の教えを知らされていながらこれだけ不遜な態度もないからです。

しかし、この辺りの人たちはそれが全然分からない。

だから、そういう病気が現れてくると、それが自分たちのせいとは思わず、それもあいつがしているということになって、あいつが悪いとよけいに私に恨みを持って嫌がらせをしてくる。

そうなると、よけいに災いも現れてくるという具合で、それで段々車まで減ってきたということでしょう。

運転手連中も含め、この辺りの大方の人が、自分たちの行いは棚に上げ、私に対し、そのような恨みつらみの思いしか持たなかったからです。

自分たちが悪いことをしていると全然理解できないため、その悪いことをとことんまでしてしまう。

そうなると、そのお返しもとことんまで現れてきます。

それが今の状況であるということです。(多くの人が病気になりトラックも減りに減り、道路もガラガラ)

これだけ多くの災いがこの辺りで集中して起きているということは、それだけ大間違いな態度を取っている人が多いということに他ならないのです。

昨日もそうでした。私が出て行く時に嫌がらせをした近所の会社がありました。(どこかの会社以外のところですが)

そこは私が通るとよく嫌がらせをしてくるところで「またやってるよ」と思いなが「そういうことをしているから悪いことが起きるんだ」などと、辻説法をしながら出て行ったのですが、夕方帰ってくると、その会社が行くとき以上に怒っているのです。

もう、ガンガンでかい音を立てまくっています。

私が出て行ってから帰ってくるまでの数時間の間に、何か起きたということがすぐに分かりました。(癌になる人でも出たんでしょうか?)

だからいっているのです。もう理解しないといけないとです。

正しいことをです。そうしないと、悪いことが際限なく起きてくるからです。

どれだけ自分たちが正しいと主張しても(また、そういう人がどれだけ多くても)間違ったことをしているのなら、間違ったことが返ってくるのです。

因果応報、善因善果、悪因悪果という法則は絶体であるからです。

だから、悪い原因をつくり続けているのなら、悪い結果しか現れて来ないのです。

また悪い結果しか現れて来ないようなら、自分たちが正しいと思いしていることが間違っているのでしょう。

だから、悪いことしか現れて来ないのです。

その正しいと思いしていることが、自分たちがそう思っているだけで実際は間違っているからです。

自分たちに善いことが起きてほしいのなら、間違ったことを反省し、善い原因をつくらないと善いことは起きてきません。

これほど多くの悪いことが(災いが)この辺りには起きているのです。

そうであるなら、この辺りは相当多くの人が多くの間違いをしているということになります。

もう素直にそれを認めるしかないのです。そうしてその間違いを反省するしかないのです。そうしない限り、起きている災いは止まらないからです。

その間違いを反省し、善い原因をつくれた人だけが善い結果が現れてくるのです。

自分の間違いを理解するか、しないかで、この後の人生は大きく変わってきます。

それでもまだ自分たちの間違いを認めようとはしないのですか。それだけ愚かな態度もないのです。

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4月 07 2019

神の後ろ盾(うしろだて)

だっ、大丈夫でしょうか。(汗)メチャメチャ出ているようではないですか。どこかの会社などです。(ザマーミロですね。この連中、嫌がらせばかりしていますから)

他でもやたら怒っているところ(会社)がありますが、これだけ車が減っているのです。(昨日も少なかったです)もう相当出ているのでしょう。

災いがです。

その災いを止めたければ、詫びを入れて感謝して布施するしかありません。申し訳ありませんが、どれだけ怒っても、それをしない限り起きている災いは止まらないのです。

もう観念して頭を下げてください。悪いのは自分たちの方であるからです。(もういい加減、認めなさいよ)

私のブログを読んで心が救われているのに、何で救われている私に嫌がらせをしているんですか?(本当に不思議な行動です)

そんな恩を仇で返すような行いを繰り返していては、絶対にいいことは起きません。それに正法の世はドンドン深まっていきます。

そうであるなら、そのような不遜な心と行いを反省しない限り、災いは増えることはあっても減ることはないでしょう。

正法の世が深まれば深まるだけ、心の悪い人たちには災いが現れてくるからです。(所詮、そのような行為を繰り返している人たちは悪人でしかないからです。その悪の行為を反省しない限り、いいことは起きて来ないのです)

だから、どれだけ怒ろうが、どれだけ災いを私のせいにしようがどうにもならないのです。

自分たちが反省しない限り、絶対に、絶対に、絶対に、災いは止まらないからです。

現に止まらないでしょう。災いは。止まるどころか、増えています。

どれだけ罪を私にかぶせ、怒りまくっていても、自分たちの行いが間違っているからです。

だから、その間違った行いを反省し、恩は恩で返さない限り、よいことは起きてこないのです。(そんなの当たり前のことでしょうが)

では、そうされたらどうですか。それ以外で救われる道はないからです。

もう、自分たちの間違いを認め、そうして神を信じて、この神の教えに従ってください。

そうすれば、災いなどすぐに止まり、奇跡が起きてくるからです。実際に、私たちには奇跡が起きているのですから、これだけ正しい話もないわけです。

それにもかかわらず、自分たちがその間違いをいつまでたっても認めず、私たちの奇跡も認めずに、自分本位なことばかりしているから、恐ろしい現象が次々に現れくるのです。

神も認めず、この神の教えも認めようとしない、これだけ不遜な態度もありません。

少なくとも(他の地域の人たちはともかく)この地域の人たちはもう認めてはどうでしょうか。

この教えが本当の神の教えであるとです。

この教えに逆らうことの恐ろしさを、この地域の人たちほど知っている人たちもいないからです。

他の地域の人たちでは分からないでしょう。こんな(個人的にひどい)ことは起きていないんですから。

しかし、この辺りの人たちは、もうボンボン癌になっていってるのです。(実際そうなんでしょう。しかも大人から子供まで。だからこれだけ怒っているんです。大人から子供までです)

では、そういう事実は事実として認め、自分たちが間違っていたと(実際そうなんですから)神と、そうして私に頭を下げるべきです。

そうしない限り、その癌を止める方法はないからです。

もうどれだけ腹が立とうが、頭にこようが、そうする以外、救われる道はないのですから、いつまでもグダグダ(ビクビクで)私に嫌がらせなどしていないで、潔く自分たちの罪を認め、この教えに従うべきです。

くだらない嫌がらせをどれだけ続けたところで、災いしか(癌しか)現れて来ないからです。

しかし、この教えを勉強し、実践し続けるなら、奇跡が現れてくるからです。

この地域は、大人から子供まで恐ろしい災いが現れ続けています。そうであるなら、早く反省し、この教えに帰依してください。

それが一番、安心、安全を得られる道であるからです。

それにこの教えは(一人でやっている私がいうのもなんですが)どちらにしても近い将来、多くの人が帰依するのです。(もちろんそれは日本だけでなく世界中の人々がです)

これだけ奇跡が起きる教えなど(ということは、これだけ正しい教えなど)他にないのですから、それは誰でも分かると思います。(それくらいの先が読める〔予想がつく〕人はたくさんいるはずです)

なら、早くしておいた方がいいのではないでしょうか。その時に、指導者になって活躍してもらわなければいけない人もいるからです。

これから時代も令和に変わります。(心の時代はもうとっくに正法の世に変わっています)

心機一転、これまでのような小さな心は捨て、大きな心で、早くこの事実を、一人でも多くの人が認めてくれることを願ってやみません。

いま現在は、天変地変が少し落ち着いていますが(あまりに災害大国などというものですから、天がそれならと、個人に対する災いを増やしているため)しかし、まだまだ多くの人が、神を認めようとしないため(そうして、この神の教えも認めようとしないため)大きな災い(天変地変)も起きてきます。

そのような時に、この教えを勉強し実践しているのなら、神の後ろ盾が常にもらえます。

そうであるなら、どこにいても安心、安全は得られるということになります。神ほど力を持たれた方は、この世界には存在しないからです。

いい加減、私のいうことを信じてもらえませんか。その私のいうことを信じ行っている人には次々に奇跡が起きているからです。(そうして、その私のいうことに逆らいまくっている人たちには、すさまじいまでの災いも起きています。このような教えが天下に拡がらないと思いますか?)

すでに、神を信じ、神の教えを行わなければいけない時代に入っています。早くその事実を理解してください。

そうすれば、災いなど起きなくなり、多くの奇跡が現れてくるからです。

追伸…神を信じる人が一人でも二人でもいるのであれば、もっと協力させてもらおうとは思うのですが……。(せっかく正しい政治、経済を伝えるというのですから)

どちらにしても、神を信じようとしなければ、どれだけ正しいことをしていてもうまくいくことはありませんし、正しく神を信じるなら、どれだけ無勢(ぶぜい)であってもことはなるのです。

それは私たちを見てくだされば分かると思います。(一人でやっている私の方にドンドン奇跡が現れ、その他大勢のこの神の教えに逆らっている人たちにはドンドン災いが現れている)

多勢に無勢であるのなら、なおのこと正しく神を信じなければいけませんし、せっかく正しいことをするのなら、心まで正しくしてもらいたいからです。

布施の一つでもいただけませんか?

そういう行いが一人でも二人でも出来る人がいるのであれば、それは神を信じる人がいるということで私も認めますが、その程度のことも出来ないというのであれば、神を信じる人はいないということで、そういう人たちがどれだけ正しことを主張されても、それは上辺だけにすぎないと、所詮はこの人たちに人を救うことは出来ないと、そう思うだけです。

神に対し、善の行いが出来るのであれば、私も(出来る範囲で)協力したいと思っています。

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4月 04 2019

迫りくる危機

センバツ高校野球は愛知の東邦高校が優勝しましたね。

これで平成の最初と最後の年のセンバツ優勝校が愛知の東邦高校ということになり(平成の最初の年のセンバツも東邦が優勝したそうですから)きりのいい記録が出ましたね。

平成のセンバツ高校野球は愛知で始まり、愛知で終わったということになるからです。

もしかしたら、これで愛知も終わりなのかも知れません。(これで愛知は滅ぶのです。〔涙〕)だから、こういうきりのいいことが起きたのです。最後に神が愛知県の人たちに夢を観させてくれたからです。

などと縁起でもないのですが、それが一概(いちがい)に冗談ともいえないようなのです。ずいぶん災いが起きているようだからです。

この辺りはです。(もう朝からどこも凄いお怒りです)

しかし、この辺りの人たちも怒ってばかりいても仕方ないでしょう。(ほんと、やたら怒っています)

もう癌などそこらじゅうで出ているのです。この辺りの人たちに、それが頻繁に出てきたとしても、それはそれで仕方がないのではないでしょうか。

行いが悪いからです。(誰も認めようとしませんが)

どれだけ私に怒っても癌は止まりませんし、それに私だって癌になるかもしれないのだから同じことでしょう。条件は同じなんですから。

ただ、私は自分がこの正法神理を実践しているから(そうであるなら、神に守られますので)大丈夫であろうと、勝手にそう思っているだけで実際は違うかもしれないではないですか。

だから、条件は同じだといっているのです。同じところにいるわけだからです。

しかし、皆さん方と私で違うところが一つだけありますよね。

その違いが大きいのかもしれませんが、もちろん、その違うところというのは、私には奇跡が起きているが、皆さん方には起きていないということです。

その奇跡が私には次々に起きているから大丈夫であろうと信じられるわけで、奇跡が起きなければ、さすがの私も怖かったでしょうね。

これだけ車が減ってしまってはです。そうしてこれだけ周りの人たちが怒っていてはです。

一体、何が起きているんだろうと心配になってです。(未来にいた時に、そういう〔人が次々に癌になる〕体験もしていますから)

しかし、奇跡という裏付けがあるから私はどんな災いが起きていても平気なのです。

神を信じているからです。(神の力が現れなければ奇跡は起きませんから。ということは、神に守られているということになります)

心から神を信じているから奇跡も起きるんでしょうが、それに文句があるなら、自分たちも私と同じことをすればいいのです。(誰もやるなとはいってないのですから)

そうすれば、同じ奇跡が起きてくるからです。

私は、この教えを誰にも教えていないというのではないのです。皆さんおおいに勉強してくださいと、このブログに事細かくこの教えのことを書いて、そうして(正法会員でしか見ることが出来なかった、園頭先生が正法神理のことをより分かりやすく書いてくださっていた)正法誌まで抜粋して、皆さんに提供しているのです。(もう、至れり尽くせりです)

正しい教えがあるのに、自分だけ知っていて誰にも教えないとか、自分だけ実践しているとか、そういうケチくさいことをしていて、自分だけが助かっているというのなら「何だ自分だけ助かればそれでいいのか」と怒るのも無理はありませんが、私はこの教えを堂々と公開し、そうして、どこの誰でもこの教えを実践してくれていいですよと、仮にそれがどこかの宗教団体であろうと、別にかまいませんよと。

おおいに、その宗教団体でこの教えを実践してくださいと、そういっているのです。

それにもかかわらず、私のいうことを一切無視して好き勝手やっておいて、それで何か悪いことが起きたら私のせいって、一体どういう神経しているんでしょうか?

この辺りの人たちはです。

あまりにも都合がいいのではないでしょうか。そのような(私に八つ当たりしてくる)人たちはです。

何度もいいますが、文句があるならやればいいのです。そうすれば災いからは逃れ、奇跡が起きるということも実感できるからです。

しかし、癌などなったらつらいでしょうね。そのつらさをブログに書いている人もいますが、あの白血病になった水泳選手でも、自分が想像していたより、何十倍も、何百倍も、何千倍もしんどいといっているのです。

あの水泳選手は高校生とはいえ、そこらの「無理をさせてはいけない」とか「体罰はいけない」とか、いわれている、ちょっとつらいことがあるとすぐに自殺するような、そんな弱い中、高校生とはわけが違うのです。

つらい練習に耐えに耐えて、そうしてトップ選手にまで上り詰めたスーパー女子高生なのです。

そういうスーパー高校生がそれほどの弱音を吐いているのです。

では、そういう病気になればどれだけつらいのか、ということになります。

だから、もう怒っている場合ではないと私はいっているのです。

そのような(本当につらく苦しい)病気がもう多くの人の目の前にまで迫っているからです。

迫りくる危機から逃れることが出来るのは、この教えを実践することだけなのです。いつまでもくだらない意地など張っている場合ではもうないのです。(凄い勢いで恐ろしい病気が現れているようですよ。この辺りは)

今すぐにでも、この正法神理を勉強し実践してください。そうすれば災いは離れ多くの奇跡が現れてくるからです。

刻一刻と危機が迫っています。救われる道はもうこれしか(この教えを実践するしか)ないのです。

追伸…先ほどもちょっと書きましたが、無理をさせてはいけないとか、体罰はいけないとか、最近はくどいほどいわれていますが(これも平成思想ですね。〔苦笑〕)こういうのもすぎると(いいすぎると)逆によくありません。

なんでもそうですが、ほどほど(中道)が大事なのです。

親の体罰まで法制化しようとしていますが、子供が口でいっただけで分かるのでしょうか?

もちろん分かる子もいるので、そういう子に体罰は必要ないのでしょうが、分からない子もいます。(特に私はそれを実感しています。どれだけ私がそういうことをしてはいけないといっても、私に嫌がらせをしてくる子がたくさいますから。そういう子たちにずいぶん罰が当たっているようなんですが…その罰が全部私のせいになります。自分のせいだろうといいたいです)

それに小さい時から無理をさせずにいて、大人になって社会に出て、そこで無理をするなら、その無理が少々のことであっても、その無理に耐えきれないということは往々にしてあるはずです。

最近の若者が、少しつらいとすぐに仕事をやめてしまうのも、そういうことが原因なのではないでしょうか。

それに大人や子供がすぐに自殺してしまうこともそうでしょう。

小さい時から無理はするなとか、体罰はいけないとかいわれて、甘やかせて育ってくれば、それこそ少々つらいことがあれば、そのつらさに耐えきれずすぐに自殺してしまうのです。

最近は自殺などすると、自殺した人にやたら同情しますが、しかし、そういう人も自分の心がもっと強ければ自殺するという選択はしなかったはずです。(例えば、仕事がつらくて自殺するような人は、その仕事をやめればいいのだし、学校がつらくて自殺するような学生は、ほんの数年の間そのつらさに耐えればそのつらさはなくなるのです。〔学校は嫌でも卒業しなければいけないからです〕心が強ければそういう判断は出来たはずです。しかし、心が弱いばかりに死ぬという判断しかできなかった、すべて、心の問題なのです)

自分の心が弱いばかりに、間違った選択をしてしまい、そうして地獄に堕ちなければいけない(自殺した人は例外なく地獄に堕ちます)その人の心がもっと強ければ、その人は自殺などという道は選ばず、もっと違う道を(生き延びる道を)ちゃんと探し当てたのです。

神は絶対に、そのような苦しんでいる人を見捨てるということはないからです。強い心で正しい選択をしていれば、必ずどこかで生き延びる道を示してくださるからです。

だから、心が強ければ生き延びる道はいくらでもあるのに、心が弱かったばかりに死ぬという道しか思いつかなかった、これだけ不幸な話もありません。

その心の強さは、やはり小さな頃から、鍛えておかないと強くはならないのであって、だから、あまりに甘やかすのは、結局、本人のためにならないのです。

このような平成思想は、平成の間だけにしてもらいたいものです。

次の令和の世は、このようなことも含め、少々の厳しさの中で秩序もしっかりした正しい世の中にしなければいけないと、そうしないと本当に滅びると、切に思う次第です。

(こちらの状況が状況ですから。しかし、少々のことで自殺する人たちに、私のこの過酷な状況を知ってもらいたいものです。〔もう周り中の人から嫌がらせを受け、それが何時終わるか知れない、そうして布施ももらえない・苦笑〕そうすれば、いくらか耐える心も出てくるだろうからです)

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